1 - 特殊調査隊【パイオニア】
人類が地球から追い出されて、すでに15年が経った。
「いよいよだな」
精悍な顔立ちをしたルバルトは、15前のけじめをつけようと、再び地上へ上がる。
「今度こそ、地球を取り戻してやる!」
わずか3人の小隊。金髪に染めた一人隊員が武者震いを堪えながら声を上げる。
「カルト。任務を間違わないでくれ」
装備の確認を済ませて、ルバルトは金髪の隊員、--カルトを注意した。
数か月前。空から一つ銀色の箱が突如降ってきた。偶々それを拾ったルバルトが箱を地下にあるアジトへ持ち帰って開けてみると、中には見たことのない装置一つと数台の通信機と、一通の手紙が入っていた。
--「こちらは方舟です。これをもらった直ちにこちらへ連絡してください。--ただし、今地球の周りに正体不明な物質が電波の妨害をしているので、もし連絡が取れなければ、できるだけ高いところにその小型電波受信機を設置してください」
その後、ルバルトたちはアジトで試したが、通信は届かなかった。
今日はアジトの近くにある、元電波塔に行ってこの装置を設置すると彼らは考えている。
「いいか。これを設置したらすぐに離脱するぞ」
大事そうにルバルトは小型電波受信機をポーチに納めた。
「でも隊長、もし電波塔でもダメだったら……」
今度は短い髭を生やしたもう一人の隊員、--パルスが不安そうにルバルトに訊いた。
電波塔はこのへんに一番高い建造物だ。それでも、そこに行ったら必ず方舟と連絡が取れる確証はない。しかも電波塔の付近ではたくさんアニモがうろうろしている。
「それは……それまでってことだ」
重い雰囲気を取り払おうと、ルバルトは隊員たちの肩を叩いて、カツを入れた。
「なーに、こう考えるんだ。--もし今回の作戦が成功したら、これからは方舟の支援が受けられる! そうなれば今後の作戦はもっと上手く行けるさ」
腰に掛けている剣を抜き出し、ルバルトが笑顔を作る。
「15年も経ったんだ。あいつらならきっとすげぇ武器を作ってくれたに違いない。明日からはビームサーベルとかが配布してくるかもしれない。そうなればアニモなんて敵じゅないさ!」
それを聞いた隊員たちはついに目に輝きを宿らせた。
元気になった二人を見て、ルバルトが再び顔を顰める。
「さあ、そろそろ行くぞ。暗くならないうちに戻ったほうがいい」
瓦礫の陰にひそめて、ルバルトは電波塔の位置を確認してから、隊員たちに告げる。
「行動開始!」
飛び出す。
足音を殺しつつ、ルバルトたちは瓦礫の陰から瓦礫の陰へ、身を隠しながら電波塔へ近づく。
「よし、あとちょっとだ」
「アニモの気配は?」
「今のところはない」
電波塔まであと数十メートル。
ここから先にはアニモの群れがいることを知って、ルバルトたちは一旦足を止めて休憩を取った。
水で喉を濡らし、できるだけ身体を軽くするように、空になった瓶までそっと地面に置き捨てた。
「ここからが正念場だ。気を引き締めて行くぞ」
進む。進む。ルバルトが前に走っていて、隊員たちは周りへ気を配りながらついていく。
「ね……ネズミ型、3体確認」と隊員の一人が言った。
「し!」
声を押さえろとルバルトが指を唇に付けた。そして極力小声でその隊員に訊いた。
「発見されたのか?」
「いいえ、こちらに気付いた様子はない」
「じゃあ進め。足元に気を付けろ」
さらにルバルトたちが電波塔に近づいた。
視認できるアニモの数も増えていく。しかし気づかれる恐れがあるため、誰も声を出さずにいた。
今にも崩れ落ちそうな電波塔。ルバルトたちは十二分の注意を払いつつ、電波塔を登り始めた。
「これ落ちたら絶対死ぬだよな……」
「下を見るな」
ここまでは順調。でも目的がまだ達成していないため、ルバルトは気を緩め始めたカルトを小声で叱った。
「隊長、どこまで登ればいいっすか……」
日差しが眩しい。顔を上げると目が開けられない。そのためこの電波塔は実際にどれくらい高いか、今自分たちはどこまで登ったかがわからない。
「受信機の電源はもう入れたんだ。通信ができる高度までついたら連絡はくるだろ。ーーそれまでは黙って登ればいい」
汗が滲みだして、何回も手が滑りそうになった。
それでも、ルバルトは必死に電波塔にしがみついて、登り続けた。
『……ルト……せよ……』
ノイズが混じった声が受信機から聞こえた。
「来た! --隊長!」
興奮する隊員たちがさっきまでのだるさを捨てて歓声を上げた。
『こちら方舟。ーールバルト、聞こえますか』
「こちらルバルト。--さしぶり、カグヤ」
『さしぶり……無事でよかった……本当に、よかった……』
小型電波受信機を電波塔に付着させて、ルバルトは受話器に声を入れる。
「カグヤこそ、皆も元気にしてたか?」
『うん。でも、--ごめん、その話はあとで』
受話器から「いちゃいちゃしてる場合か!」という声が微かに聞こえて、カグヤがすぐに雑談を打ち切った。
『小型電波受信機を設置してください。その辺りの地図をスキャンします。ーー数分かかりますが、それまでは安全なところに隠れてください。後の脱出ルートを教えますから』
「ああ、頼んだ」
ーーついに、この日が来た。
ルバルトは顔を下へ向いた。
うろうろしているアニモたち。地球を荒らす化けども。変異する怪物。
「やったぜ隊長!」
同時に、笑顔を綻ばせる隊員たちも目に映った。
「ああ。今度こそ、地球を返してもらうぞ!」
皆がこんなに笑ったのは、いつぶりだったか。ルバルトは隊員たちの様子を見てそう思った。
「でも、まだ気を緩むなよ。アジトに帰るまでがーー」
「隊長!」
「カルト!」
隊長! と叫び声が聞こえてルバルトが下へ向くと、カルトが電波塔から滑り落ちたのを見た。
「このバカ!」
『どうした!? ルバルト状況を!」
「バカが一人落ちてしまった! --大丈夫、おれが助けに行くからそちらも速く!」
剣を抜いてルバルトは電波塔を沿って下へ走り出す。
「オレも行く!」
パルスも剣を手に持ってルバルトの後を追った。
『ルバルトやめて! あなたたちのポイントにアニモの反応が多数発見されています!』
「そんなの最初から知ってたよ!」
地面に足が付いてすぐ、周りにいる数匹のネズミ型アニモが寄ってきた。
「ギギギギィィィィーー!」
雄叫びを上げて、アニモたちがルバルトたちに攻撃を仕掛ける。
「この!」
「戦うな! 逃げるぞ!」
戦闘体勢に入ろうとするパルスを止めて、ルバルトは落ちたカルトを担いで走り出した。
「すみません、隊長……」
「喋ってる暇があれば走れ!」
右折して左へ。後ろから追ってくるアニモの群れを振り切ろうと、ルバルトたちは目的地もわからないままとりあえず走ることにした。
「隊長! このままじゃあ追いつかれます!」
せっかくここまで来たんだ。死ぬわけにいかない。
「わかった」
ルバルトが負傷したカルトをパルスに渡した。
「ここはおれが食い止める! お前たちは先に戻れ!」
「そんな……隊長!」
一人だけアニモたちに面を向かったルバルトに、二人は必死に彼を止めようとした。
「ぼ、ぼくを置いていけ。元々ぼくのせいだから」
「何を馬鹿なことを。--隊長、オレも残る。二人なら時間が十分に稼げるはずだ」
「帰れ。ーー命令だ」
一緒に戦おうと決心した隊員を、ルバルトは冷たい声で断った。
「隊長! もっとおれたちに頼ってください! おれたちだって、地球奪還のために戦ってきたんだ!」
引き下がらない隊員たちはルバルトはの前へ出た。
『そうです。ルバルト。ーー何もかも自分一人でやるのは悪いくせです』
受話器から再びカグヤの声がした。
『諦めないでください! --脱出ルートはわかりました。そのまま進みなさい!』
指示通りに、ルバルトたちは剣を納めてまた逃げ出した。
『その角から曲がって……そのまま真っ直ぐ行って……』
「大丈夫か、カグヤ。アジトから遠ざかっていた気がするが……」
『ーー救援部隊をそちらへ送ったから、まずはそちらと合流してください』
「救援部隊?」
戸惑いつつ、ルバルトは15年前のことを思い出した。
--確か、あの時戦闘人員は全員ここに残っていて、方舟に乗らなかったはずだ。
『ええ、人類最強の部隊です』
「それは心強いなもんだ」
どういうことかはわからない。しかし今はそれに賭けるほかにここから生き延びる方法はない。ルバルトたちは更に足を急がせた。
「隊長、道がーー」
ルバルトたちの前に、瓦礫の山が進路を塞いだ。
「カグヤ、このまま真っ直ぐっていいか?」
『ええ。救援部隊との合流ポイントはその先です』
「……わかった」
カグヤに返事をして、ルバルトは隊員に指示を下した。
「潜るぞ」
崩れかけている瓦礫の山に、ルバルトたちは潜り込んだ。
もし瓦礫が急に崩れてしまったら、ここで全員が生き埋めにされてしまう。--と誰もがそれ可能性をわかっているが、誰もそれを口に出さなかった。
今はこれしかない。ここが一か八かの正念場だ。
「はぁ……」
幸い、無事にルバルトたちが瓦礫の山から抜け出した。
アニモたちの足音が聞こえなくなった。
「あの体じゃあおれたちのように抜け出せないだろう」
音も気配もない。ここでようやく休めるはずだったが、さっきのことで誰もが気を緩めなかった。
「……追ってこない」
そして、この異様なまでの静かさに、ルバルトは眉をひそめた。
「ゴオオオォォォーー!」
「ご、ゴリラ……」
「くそ! やっぱりか!」
ルバルトたちから数メートル離れた先に、横に倒れたビルの裏から2匹のゴリラが、--あれはもやはルバルトが幼少期に見たゴリラではない。
5メートルを超える巨大なゴリラ。石柱のような太い両腕が足替わりにその巨体を支えて突進してくる。晴れ上がった血管がまるで無数の蛇のように両腕を巻きつき、血液を送るたびに酷く脈を打ち、もはやその両腕だけで別の生き物ではないかと疑わざるを得ない。
「ったく、こんな廃った地球で一体何を食ったらこんなにでかくなれるんだか……」
雄叫びを上げながら向かってくるゴリラ型アニモ2体を見つめて、絶望を通り越した何かを感じたルバルトは冗談を言い始めた。
『方舟より連絡!』
受信機の声を聞いたルバルトたちはさっきのような喜びを感じなくなった。
ネズミどもならまだしも、ゴリラ型2匹を目の前にしている今では、「指示」だけどうにかできるとは思えない。
15年前のあの時も、ちょうど今のような状況だったなとルバルトは思い出す。
--もう、あの時とは違うだと言ったのに。
--もう、あの時の悔しさはもう二度と味わいたくない。
「よ、最後の連絡だ。作戦失敗以外の知らせが聞きたいな」
またこの声に「作戦失敗」と告げられたら、マジであの時に戻ったような気がしてしまう。
『いい知らせになるかはあなたたち次第です。ルバルト』
今までにない、弾んだ声だった。
その声からルバルトも何かに気づいたように、絶望に侵食された目が再び輝きが宿り始めた。
『合流ポイントはすぐ前です! そちには2匹のアニモ反応が発見しましたが、それが最後です! --すぐに救援が到着します!』
「これはいい知らせだ! --その『すぐに』ってのは具体的にどれくらいだ?」
おそらく後5分で、ゴリラ型と接触する。
『……〇五一二』
「こりゃあ死ぬな」
『すみません。ルバルト。--でも、おそらくその2体が最後です……あなたたちの後ろに多数の反応がありましたが、何かに阻害されているらしく、あなたちのところにはいけないと判断しました」
後ろにいる多数の反応はネズミ型のことだとルバルトたちにはわかる。だがカグヤの話からすると、やはり方舟からではこちらのことをレーダー程度でしか捉えないようだ。
「いいさ」
二人の隊員を見回す。ルバルトは彼らに最後の指示を口に出した。
「ここまでよく頑張った。ーーさあ、武器を全部おれにくれ」
「隊長、何をするつもりですか……」
戸惑いつつも、隊員たちは腰に掛けた剣を下ろしてルバルトに渡した。
「さあ、重いものは全部下ろせ。--そして走るんだ」
隊員たちを後ろへ置け、ルバルトが両手に剣を1本ずつ構えた。
「隊長!」
そして隊員たちの声にも耳を貸さず、ルバルトが2体のゴリラ型アニモに挑んだ。
「こらああああああああああああああ! 俺はこっちだ化け物ども!」
振り下ろされる重拳を交わし、相対的に細かったゴリラの太ももに一太刀を入れる。が、その太ももを覆う毛皮が意外に硬かった。ルバルトの剣はその一回の接触で両断された。
すぐに2発目の重拳が向かってくる。ルバルトはそれを躱そうが、今回は上手く躱しきれず左肩がその拳に掠った。
「くっ!」
重くて大きい。それなのに動きはちっとも鈍くない。
掠られただけで、ルバルトの左肩甲骨がひび割れた。
倒れそうな体勢を何とか持ち直し、ルバルトは上手く2体のアニモの注意を引き付けた。
「さあ! 行け!」
通路が空いた。隊員たちは涙を風に流されたまま、ルバルトが作った道に突っ走る。
「……隊長ぉぉ!」
「バカ! 声出すな!」
ーーせっかく隊長が命かけで作ってくれたチャンスを無駄にできない、と。
「救援はまだかよ! ……もう隊長が、隊長がっ!」
「グっ! ーーああああああっ!」
ルバルトの悲鳴が響く。腕を千切れられたルバルトは痛みを噛み殺し、野獣に戻ったかのようにゴリラの拳に己の牙に刻み込む。
「この! この! ……っ!」
いくら噛みついても、ルバルトの歯はゴリラの拳に傷一つ付けられなかった。
ゴリラ型が大きく手を振り上がって、ルバルトはそれで突き飛ばされた。
「ここまでか……」
この地球に残ると決めたあの時から、こんな死に方になるだろうとルバルトはとっくに覚悟していた。
しかし、実際にその時がすぐ目の前まで迫ってくると、やはり恐怖というものを感じてしまう。
少しでもこの恐怖から逃れようと、ルバルトは目を瞑った。
と、その時、
『特殊調査隊【パイオニア】、目的地に到着しました。--アニモ2体と、救助対象5人を視認しました。これよりアニモの殲滅行動に移行します』
聞き覚えのない、幼い声だった。
『対象の救助を最優先に! --後のことは現場に任せますから、行動を開始せよ!』
カグヤの指示が聞こえて、すぐに受信機から子供と思われる幼い声が三つ、同時に返事をした。
--『了解!』