プロローグ ー 希望の種
初めての連載小説です。よろしくお願いします。
楽しんで頂けるよう、頑張ります。
『作戦開始! --諸君、健闘を祈る』
受信機から指示を受けたルバルトは、地下シェルターから地上へ飛び出した。一緒に作戦に参加した10人の兵士も顔を顰め、今回の任務に己の命を捧げる覚悟でルバルトの後を追う。
「地球を、返してもらうぞ!」
ーー30xx年。人類は「アニモ」という化け物どもに奪われた地球を取り戻す計画を実行した。
久々に大地に足がついた。しかし、ルバルトはそれの懐かしい感触に浸っている余裕はなかった。
「ネズミ型アニモ、一体視認しました」
ネズミが、--3メートルも超えた巨体を持つネズミがルバルトたちの前に現れた。
「よし。A陣形で攻撃開始!」
この日のために何回も訓練した戦術を、ルバルトと隊員たちは連携を取り始める。
「た、隊長! ネズミ型アニモがまだ現れました!」
「数は?!」
「3、4……9体です!」
口を開けて叫びながら追ってくる巨体ネズミたちへ、ルバルトは振り向いた。灰色の毛皮にドス黒い何かが染み付いている。黄色い染みがついている牙が口からはみ出す。その歯の狭間に残る食べ滓の中には、ルバルトたちが着用している戦闘服と同様な素材、と思わせる何かが見える。
「くっそ!」
ネズミは群れて行動する。複数匹のネズミ型アニモが現れたことは予想の内とは言え、実際に9体の巨体ネズミに囲まれるとやはり体が勝手に震えてしまう。ルバルトは深呼吸して己を落ち着かせた。
「Dルートを使って、一旦撤退する」
とても戦える状態ではない。今回、ルバルトを含めた合計11人の戦士のうちにほとんどが初戦だ。もし今逃げないと、あの化け物どもがもっと近づいてきたら、がくがくと足が震えている新米たちは多分ここで命を落としてしまうとルバルトが判断した。
今は誰一人も失ってはいけない。
ーーすでに100人くらいしか生き残っていない人類にとって、これ以上人を死なせるわけにはいかないのだから。
「隊長!」
いい知らせを感じさせない声が響く。
「Dルートにご、ゴリラ型が3体……あああああああああああ!」
「こっちに犬が! --もうダメだ!」
「ネズミ型の数が増えた! ーー隊長! 指示を!」
指示もくそもねぇ、とルバルトは心の中とそう吐き捨てた。
巨体を持つ動物たちに囲まれて、鉄の剣でどう戦うと言うのだ。
「この野郎!」
『方舟より連絡。--作戦失敗。直ちに2Bポイントに向かってください!』
作戦開始の指示を受けて10分も経たないうちに、人類の敗北を意味する連絡が通達された。
ーー30xx年。人類は巨体を持つ動物、「アニモ」によって地球から駆逐された。
指示通りに、ルバルトたちは指定された場所に到着した。
まるで一つの都市のような大きい舟がエンジン音を轟かせている。
--方舟。人類の更なる発展を望み、宇宙へ進出するために作られたこの飛行船は、今は人類の絶滅を防ぐための最終手段となった。
振り向くと、さっきまで11人もいるこの小隊があっという間にわずか5人しか生き残らなかった。
戦ってもいないのに、ただ逃げるだけでこの様だ。
『ルバルト……』
すでに起動準備を整えた方舟がルバルトの前にある。けれどルバルトはいつまでもそれに乗らずにただ顔を下へ向いて、佇んでいる。
「……本当に、おれらはこの地球から出なくちゃあいけないのか」
『仕方ないです。今は、それしか……』
受信機からの声にはルバルトと同様な悔しさが伝わってくる。
ルバルトは後ろへ振り向いた。
高層ビルが横に倒され、その上に黄色砂が廃墟を飲み込む。ルバルトはその光景を見つめ、過去にここにあったはずの景色を思い出そうとした。
だが、足元から伝わってきた振動と地鳴り声がルバルトの思考を遮った。
『ルバルト、早く!』
「でもまだ人がーー」
『もう時間がないわ! --早く!』
巨体動物たちの足音が次第に近づいてくる。オペレーターの声も焦りを隠さなかった。
もしこの方舟まで落とされたら、今度こそ人類の絶滅は免れない。
『ルバルト! どこへ行くつもりですか!』
「おれはここに残る! ここにまだ人がいるんだ! 彼らをほっておけない!」
方舟はすでに地面から浮かび上がり、軌道修正も済んだ。
『ルバルトおおおおお!』
受信機を外し、ルバルトは宇宙へ向かった方舟を後にした。
方舟がすでに大気圏を抜け、地球の姿が窓から覗けるようになった。少女は己の髪を指に絡ませて、は窓の外へ目線を投げた。そこには、黄色の球状体が真っ黒な宇宙に漂っている。
「ルバルト! ーー応答せよ! ルバルト!」
いくら呼んでも、受信機からルバルトの返事は来ない。
「ルバルトはやはりそこに残ることにしたのかい? カグヤ」
名前を呼ばれた少女は振り向くと、白衣を纏う一人の老人だった。
地球から追い出されたというのに、禿げ上がった老人はなぜか笑っている。
「まあ、それもいい。--今回持ち出した物資は20年しか持たないようだ。ルバルトがそこに残っているなら、今後は地球から物資を調達することも期待できる」
そんなことより今はもっと心配すべきことはあるじゃないかと、カグヤは訴えた。
「ヤハ爺! ルバルトたちを心配しないのですか! ーーあんな装備で戦えるわけがありません! せめてもっとましな武器があれば……」
「たとえば?」
「ミサイルや戦闘機、あるいは」
「ーー核兵器、とか?」
冗談に聞こえるその一言はカグヤを黙らせた。
「どんな天才でも、『天才』と呼ばれる前にはきっとたくさんの失敗を重なってきたに違いない。--だが、同じ失敗を繰り返すような者は、ただのバカだ。--若き天才と呼ばれた君ならわかるはずだ。カグヤ博士」
「そんなことは言ってません……ただ、せめてルバルトたちに銃でも……」
「残念だが武器は専門外だ。ーーと言っても設計図さえあれば我々の技術でそれらの武器を再現するのは難しいことではないが、問題はその設計図と資料も全部あの戦争で消え去ったのさ……本当、何と言う愚かな真似をしてくれたんだね」
メガネをぐいっとかけ直して、ヤハ爺は続けた。「まあ、反戦組織である我々【バベル】に武器の天才がいたらそれこそ笑えない冗談だね」
神という謎を解き明かすために世界中の科学者を集めた組織ーー「バベル」。
--「人間との戦争などバカがすることだ。我々にはもっと倒さねばならない者がある」
かぐやもその理念に賛同してこの「バベル」に入った一員として、この「バベル」に武器の研究に精通する者は誰一人もいないことはよく知っている。
「落ちつきたまえ。ルバルトなら大丈夫だ。--すぐに助けに行くさ」
ヤハ爺は奥にある部屋へ目をやった。「プロジェクトは順調だ」と。
かぐやも彼の目を追って自分の視線をその先へ向けると、透明なガラスに数人の赤ん坊がぐっすりと眠っているのが見える。
ガラス越しにかぐやは赤ん坊たちを眺めた。
「彼らこそ、人類の希望だ」
「この子たちが、人類の、希望……」
複雑な気持ちが浮かび上がる。かぐやは思わず目をそらした。
「さて、カグヤくん」
方舟が再び着陸した。窓を覗くと、かぐたちは今月球にいることがわかった。
「カグヤくん」
ヤハ爺は、紫の光を放つ粉末が入っている小さな瓶を懐から出した。
「宇宙砂の採取班が出発したようだ。君も一緒に研究室に来てくれ。--これの分析はまだ終わってないんだ」
しかし、カグヤはずっと目を窓の外へ向いたままだった。
「これからは忙しくなる。--ルバルトくんのことが心配なら手伝ってくれ」
はい。とカグヤは答えた。
「ーー必ず、助けに行くから」