異世界へ
「……て」
なんだろう、この声は。
「ねぇ…、…て」
せっかく気持ちよく寝ているのだからもう少し寝かせて欲しい。
「ねぇ起きてってば!」
耳元で耳が痛くなるほどの大声を出され布団ごと飛び起きた。
実際にはベッドから上半身を起こしただけなのだがそんなのは些細な事はどうでもよかった。
ただ真っ白だった…。
見渡す限りの白。
遠近感がおかしくなるほどの白さで周りには自分の寝ていたベッド一つがポツンと置かれているだけだった。
ここはどこなんだろう…そしてさっきの声の主はいったい。
キョロキョロと辺りを見回してみるが自分以外誰もいなかった。
「やっと起きたわね」
声がした方向を振り向くと、今まで何もなかった場所に小さな女の子が立っていた。
どうやらここは夢の中らしい。
「残念だけど夢じゃないわよ」
まるで頭の中を読まれたかの如く完璧なタイミングで返答されてしまった。
「混乱してるところ悪いけど、あなた異世界に行ってみる気ない?」
ふむふむなるほど、そういうことか。
どうやらこの前買った小説の夢でも見ているらしい。
最近この手の本ばっかり本屋に並んでいて正直お腹いっぱいなのだ。
「そういうの間に合ってます」
そう言って寝ようとした瞬間、脇腹に激痛が走った。
ベットから落とされ転がった先で起き上がると女の子が笑顔で立っていた。
「痛いでしょ?さっきも言った通り夢じゃないからね」
子供の蹴りは突き刺さるような痛みである。
それはともかくどうやら夢ではないらしい。
手足も思った通りに動くし、こんなことされたら流石に夢から覚めているだろう。
もう一度女の子をよく見る。
透き通るような青く長い髪の後ろに白い大き目のリボン、白いワンピースの服。
身長は130cmほどだろうか、色白で細身の女の子。
正直天使とかいたらこんなだろうなとか思ってしまったほどだ。
「ふふん、惜しいわね。天使じゃなくて神様よ!」
女の子は自慢げに小さな胸を張る。
神様ねぇ…っていうかさっきから声に出してないよな…。
ってことは認めたくはないがどうやら相手はこちらの考えが読めるようだ。
「ちょっと情報を整理したい」
片手を上げて待ったのポーズをとり、頭の中をフル回転させる。
ここは夢ではない。
そして目の前にいる女の子は自称神様であり、異世界へ自分を送り込もうとしている。
それはなぜか?
自慢ではないが自分は普通の社会人である。
運動や勉強はそこそこできたし器用さには自信があるが格闘技をやっていたわけではない。
なら単純に「オメデトウゴザイマス、異世界ツアーにご招待いたします」とかいう事なんじゃ。
「違うわよ?魔王を倒してほしいの」
女の子はケロっとした顔で言い放った。
マオーを倒す?
そんなの勇者に任せておけばいいじゃない。
「おめでとうございます!、あなたが勇者に選ばれました!」
「そ、そんなー」
なにがおかしかったのか自称神様の女の子は笑って地面を転がっている。
ひとしきり笑った後女の子はやる気に満ちた瞳で目の前に立つ。
「さて、本題に入りましょう」
ベットしかなかった空間が一転し、空の景色に変わる。
見たことのない大陸が足のずっと下に存在し見たことのない建物や地形が見て取れた。
なんとなく察してしまう自分が怖い。
「これが異世界…」
「そ、これが私の管理する世界。そして貴方に救ってもらいたい世界」
足元の景色が移り変わり腐食したような地形が移り始める。
「そして今この世界は魔族によって支配されつつあるの」
足元の景色が地図形式に変化し、大陸が色分けされていく。
面積にして四分の一がすでに魔王の手に落ちているそうだ。
そこで生まれた疑問を口にした。
「君が神様なんだったらなんとかできるんじゃないの?」
「できたらとっくにやってるわよ!」
彼女が言うには神様は自分の世界に直接干渉することは禁じられているとのこと。
確かに神様がいきなり出てきて魔王を倒しちゃったりしたらそれは問題だろう。
一応神様のルールが存在するらしく、破るととんでもないことが起きるらしい。
そして神様は数年に一度、異世界から転生者を送り込み世界の安定を保つのだとか。
だが今回は相手が悪かった。
魔王が強すぎたのだ。
勇者や冒険者でも倒すことができずに、人類は(多種族も含め)領地を奪われていったらしい。
これが僅か十年で世界の四分の一を奪われたのだから焦りもするのだろう。
このペースでいけばあと三十年で世界が終わるのだから。
そして今回の転生者に選ばれたのが自分というわけなのだった。
「なんと今なら転生者になった方に素敵なプレゼントをご用意しています♪」
「な、なんだってー!」
なんだかだんだん可哀想になってきたので乗ってあげることにする。
「今ならなんと!当たれば魔王も一撃の聖剣『エックスガリバー』や、隕石もビックリの威力を誇る大魔法『ビッグメデオ』など好きな武器と魔法をプレゼント!」
なんだかいきなり胡散臭くなった気がするが本人はいたって真面目らしい。
若干涙目になっているのは見ない振りをしてあげよう。
ん…魔法?
「この世界では魔法が使えるのか?」
「使える種族もいるわ、エルフや翼人族、人族にもたまにいるわね」
エルフがいるのか、もろファンタジーだな。
どうやら人間でも100人に1人くらいの確立で魔法を使える者が現れるらしい。
といっても種族によって得意となる魔法や属性も違ってくるのだとか。
「魔法に興味があるならこれなんかオススメね、『エターナル・オブ・デス』」
なんか神様が言っちゃいけないような魔法名なんだが。
ちなみにここで選んだ魔法は無詠唱でほぼ精神力(MP)を使用しないらしい、なんてチート。
あと魔法によって連発できないように使用禁止時間が設定されている、当たり前だ。そんなチート魔法連発されたらヌルゲーにもほどがある。
武器か魔法一つだけらしいのでとりあえず興味のある魔法を見てみることにした。
神様に任せていては碌な事にならなさそうなので、魔法を一覧表にしてもらった。
やたらと物騒な魔法名が並んでいたが効果の欄も物騒なことしか書いてなかった。
下のほうまでいくと回復魔法が並んでいる。
体力回復、状態異常回復、能力上昇…
ここまでは予想できたのだがアレがでてこない。
「死んだ者を生き返らせる魔法ってないの?」
ゲームだと定番の魔法だったので、あるかもと思って聞いてみた。
「神様でもないのに使えるわけないじゃない。死んだらそこで終了よ」
つまりは命は一つだけ、死ねば問答無用でゲームオーバーっと。
まぁこれが当たり前なんだろうけど。何度も生き返って再戦できるとかがそもそもおかしいか。
「了解。魔法は決まったよ」
「なになに、どの魔法にするの!」
すごい勢いで目をキラキラさせて聞いてくる神様に、多分怒られるんだろうなぁと思いながら口にする。
「ヒール」
神様は少し固まった後思いっきり可愛い笑顔になった。瞬間股間に激痛が走る。
「いっ……!?」
思いっきり蹴り上げられた足があそこにめり込む。声にならない音が口から洩れその場に倒れる。
「え、何?バカなの?そんなので魔王が倒せるわけないでしょ!」
そして少し考えた後、手をパンと鳴らし、
「あぁ、なるほどなるほど、強い武器でガンガン攻撃して回復魔法を連発でゴリ押しって考えね」
「いや武器は銃とか遠距離攻撃ができるものがいいかなぁと」
「あんた魔王倒す気ないでしょ?」
失敬なこれでも少しは考えているのだ、というか魔王と言われてもイメージがわかないから対処のしようがないのも原因なのだが。
「しょうがないわね、これは本人の自由だし。あとは向こうでの分身ね」
「分身?」
「肉体は元の世界に残してきてるんだからこっちの世界での器が必要でしょ、それを今から作るの」
「性別と背の高さ、顔の作り、体格体重、声…色々選べるけどどうする?」
「性別まで選べるのか?」
「戦いに適しているのは男の体だけど、魔法は女の体のほうが適しているわ。ちなみに年齢は十二歳で作るから」
これは困った。女性の体になるのは興味あるがおそらく変更できないだろうし、美少女だったりしたら男達にモテまくるのだろう。逆にカッコいい男性にしてもらえば女性にモテるんじゃ…。
正直生まれ変われるのが前提で男と女どっちがいいかなんて真面目に考えたことなかった。
一向に出ない答えに暫く悩んでいると神様から声がかかった。
「あ、そろそろ時間切れだから。細かいことは向こうで説明するわね」
「えっちょっと待って、分身はどうなったの」
「適当に作っといたから、それじゃ異世界への冒険へしゅっぱーつ」
面倒臭くなっただろ!というツッコミもする間もなく足元が無くなり落ちていく。
さっきいた場所で神様が手を振っているのが見える。
高速で変わる景色の中で不安でしかないこの先を考えつつ、僕は意識を手放したのだった。