10.彼女
彼女は泣いた。"彼"が死んだから。
彼女は驚いた。"彼"は彼女にとって、ただ1人の友だったから。
彼女は嘆いた。"彼"は唯の友達ではない、幼馴染で、小さい頃から何度も遊んでいたから。
彼女は叫んだ。"彼"には好意以上のものを抱いていたから。
彼女は憂いた。己の人生を、己の体を、生まれつき患っていたこの病を。
彼女は悩んだ。どうすればよいのかを。もうこの世界に用はない。"彼"のいないこの世界など、あってないようなもの。
彼女は起き上がった。今、自分の寝ていた病室のベットから。
彼女は咳込んだ。医者からはもう長くはないと言われていた。病は少しずつ、でも確実に彼女の体を蝕んでいた。
彼女は頑張った。"彼"に会いたい。ただそれだけでここまで生きてきた。死ぬわけにはいかなかった。
彼女は悔やんだ。あの別れの日を。しっかりと「サヨナラ」を言えなかった、なのに「サヨナラ」だったあの日を。
彼女は外した。自分の体についていた様々な機械を、チューブを。そんな事をすれば具合は当然悪くなる。だがそれは関係のない事。全てはもう終わるのだから。
彼女は歩いた。病室前の廊下を。手術室の前を。そして、階段へと。
彼女は走った。その階段を、"屋上へと向かう"階段を。
彼女は開けた。扉を。事前に鍵は盗んであった。その扉は果たして何処へ繋がるものか。単に屋上か、それともどこか別の場所か、それとも己の墓場か。
彼女は向かった。柵へと。飛び込みを防止する為の柵を。彼女の目に、生気は無い。
彼女は登った。その柵を。運命を決めた彼女を前にして、柵にできる事などなにも無い。登る。上る。昇る。昇るのは柵なのか、はたまた天なのか。
彼女は見た。そこから見える景色を。自分の体を。それは、この世で見る最後の景色。美しくも儚い、人の創作物。自分もその一部なのだと、彼女は感じた。
彼女は固めた。決意を。既に心に誓ったこの思いを。いや、想いを。
彼女は浮いた。空を。まるで、この世の常識を覆すかのように。全ての法則を無視するように。
彼女は落ちた。全ての法則は無情にもすぐに彼女の体を従わせ、何にも邪魔をされず、何の力も受けず、ただ落ちた。
彼女は感じた。心地よいと。気持ち良いと。この世で最後に感じる感覚として最高のものであると。
彼女は閉じた。己の人生を。23年間積み上げてきた、橘愛佳の人生は呆気なく崩れ"落ちた"。
………気が付くと、彼女は何も無い世界へと来ていた。周りは真っ白で、足が地面についている感覚がない。
「…何が起きたの…?ここは…一体……」
────本当に大変な一生を送られてきたのですね
その声は聞いていて安らぎのある、とても綺麗な声。
急に聞こえてきた声の方向に振り返ると、そこには羽の生えた綺麗な女性が立っていた。




