第十六話
「誰だ、貴様」
マイロは睨み付けながらラングリーフの前に立ちはだかる男に剣を突き付けた。
不思議だった。
この男は、現れる瞬間までまったく気配を感じさせなかった。
いったい、どこにいていつ現れたのか。
しかも、この男は現れたと同時に兵士数人の首をはね飛ばしている。
尋常ならざる強さであった。
「ユ、ユーゴ……?」
ラングリーフがワナワナと唇を震わせながら、背中を向けて立つ男に声をかけた。
「あまり、王宮内のことには首を突っ込みたくはなかったんだがな」
ユーゴは、振り返りもせず答えた。
ラングリーフにとっても、いつ彼が現れたのか、まったくわからなかった。
彼女が覚えているのは、殺される直前の兵士たちの剣の動きだけだ。
死ぬ直前の、スローモーションのような時間の流れ。
その中で、彼女は致命傷になるであろう剣の刃の軌跡を眺めていた。
その目が、ユーゴの出現を捉えられなかった。
突然目の前に現れ、兵士たちの首をはねたのだ。
いったい、何をしたのかさっぱりわからない。
しかし、これだけははっきりと言えた。
聖剣の担い手ユーゴが、再び自分の命を救ってくれた。
殺される直前に助けてくれた。
それは、紛うことなき事実だ。
「ユ、ユーゴ……だと……?」
マイロは、ラングリーフの言葉に戸惑いの色を浮かべた。
彼らを取り囲む兵士たちも、怪訝な表情で顔を見合わせる。
ただ一人、ガナフだけはガタガタと震えながらユーゴを見つめていた。
「ユ、ユ、ユーゴ……、間違いない、その顔、その剣、間違えるはずがない」
ユーゴはチラリと振り返り、ガナフに目を向けた。
「久しぶり、という間柄ではなかったな」
「き、貴様、いったいどこから……」
「空間転移の魔法さ。もっとも、魔力の消耗が激しい上に、任意の場所にピンポイントで行けるわけじゃないから、そう何度も使えるわけではないがね。今回は上手くいったみたいだ」
「く、空間転移だと?そんな魔法、5年前は……」
「習得してなかったさ。あんたに、国を追放されるまではな」
ガナフは顔を青く染めてマイロに叫んだ。
「マイロ、何をしておる!! 殺せ、こいつを殺すのだ!! 暗殺対象が目の前にいるのだぞ、貴様の任務だろうが!!」
「御意」
ガナフの命令に、マイロは剣を構え兵士たちとともにユーゴと対峙した。
「聖剣の担い手ユーゴ。個人的な恨みはないが、これも任務なのでな。死んでもらう」
ユーゴは剣を握りながらマイロに目を向けた。
「個人的な恨み、か、それはオレもないがな」
ユーゴの手から、小さな光の球がポワと浮き出る。
「……?」
怪訝な表情を浮かべるマイロの頭上を、光の球は飛んでいき、いずこともなく消え去った。
「悪いが、ここでの一部始終は風の精霊シルフから聞かせてもらった」
「シ、シルフだと!?」
気まぐれで人に心を許さない風の精霊。それを使役しているだけでも驚愕に値する。
ユーゴは、顔を歪めて睨み付けているマイロに剣を構えた。
「あんたらに対しては容赦しなくていいということだけは、はっきりした」
その言葉を発すると同時に、凍りつくようなオーラが円を描くように広がっていった。
ビクッ、とマイロや他の兵士たち、そしてガナフの身体が震え上がる。
圧倒的な威圧感。
それが、空気となって伝わってきたのだ。
ビリビリと空間が悲鳴をあげているのがロディたちにもわかった。
「ひっ」
兵士たちが剣を構えながらすくみあがった。
あまりの恐ろしさに身動きがとれない。
激しいほどの殺気が彼らを襲った。
ラングリーフはユーゴの背後にいながら彼の凄さを身をもって感じていた。
彼が今放っている殺気は、自分が対峙していた時のものとははるかに違っていた。
これが、本気になった彼の力なのか。
達人は、気を発するだけで相手が逃げ出すという。
しかし、ユーゴの場合はそれ以上だった。
逃げ出す以前に、身動きがとれなくなるのだ。足がすくんで一歩も動けない。
それほど激しい気を放っていた。
「ぐ……」
マイロは剣を構えながら、ブルブルと打ち震えていた。
こんな恐怖はいまだかつて感じたことはない。
足が鉛のように重かった。
(まさか、こんな若造に、この私が……)
「せええいっ!!!!」
恐怖を振り払うかのように、マイロは気合いを込めた雄たけびを上げた。
すると、くい、と腕と足が動いた。
「死ねぃ!!」
ダン、と足を踏みしめ、叫びながら剣を上段から振り下ろした。
瞬息である。
兵士たちはもちろん、ラングリーフの目をもってしても追いつけない。
しかし、ユーゴはそんな早業をわずかに身体をずらしてかわし、光の靄を発する剣を横に薙いだ。
「……!!」
マイロは剣を振り下ろした状態のまま、上半身と下半身に分断された。
その顔は自分の身に何が起こったのか、わかっていない。
奇声をあげた時の険しい表情をしたまま、マイロはその場に崩れ落ちていった。
「な……」
ラングリーフもロディも、一瞬のことで声を上げることもできなかった。
どう、と倒れ込む二つの身体。
それが分断されたマイロだとわかるのに数秒かかった。
「み、見えない……」
ユーゴは何事もなかったかのように再び剣を構えている。
その殺気は、相変わらず激しいものだった。
「ひ、ひいっ!!」
常人離れしたユーゴの強さに、兵士たちは剣を放り投げ降参の意志を示した。
逃げ出そうにも恐怖のあまり足が動かないのだ。
しかし、ユーゴの顔つきは全く変わっていなかった。非情な殺戮者。その顔つきは、一人も生かしては帰さないと言っていた。
兵士たちがそれに気づき、顔を引きつらせる。
ユーゴが剣を振りかざしたその時、ラングリーフが叫んだ。
「やめて!!」
夜空に響く、甲高い声だった。
思わずロディとマースが耳を塞ぐ。
その声に反応してユーゴが動きを止めた。
「やめて……」
ユーゴは剣を構えたままラングリーフに目を向けた。
彼女は泣いていた。
とめどもなく涙があふれている。
「ユーゴが、私の憧れのユーゴが、無慈悲に人を殺すところは見たくないわ」
ユーゴは嫌悪感を示しながら言った。
「甘いことを言うな。こいつらは国王を殺し、その罪をお前らに着せようとした悪党どもだ。どのみち、処刑は免れん」
「国王殺しの証人でもあるわ。お願い、無益な殺生はやめて」
ラングリーフの必死な言葉に、ユーゴは表情を変えずに彼女を見つめた。
ラングリーフも負けじとユーゴを見つめる。
「ふ……」
不意にユーゴは笑った。
笑う事もあるのだ、とラングリーフは思った。
それまでの張りつめていた空気が嘘のように緩んでいく。
「わかった、あんたが言うならやめよう」
ユーゴは構えをとった。
と同時に、緊張で固まって動けなかった兵士たちが次々とへたり込んでいった。
さながら、全力で限界まで走った直後のように倒れ伏していた。




