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第五話

 ハンスリーの屋敷には、荷台に大量に武器をのせた兵士たちが疲れ切った顔をしながら到着していた。


「ハンスリー様。シシリ武器店の武器を回収してきました」


 兵士の一人が食堂で夕食を食べるハンスリーに声をかけた。彼は、父バースとともに脂ののったステーキを口に運んでいる最中であった。


「ハンスリー、また何かやらかしたのか?」


 バースが、胃にワインを流し込みながら尋ねる。


「やらかしたとは、人聞きの悪い。反乱分子の芽を摘んだだけですよ」


 ハンスリーはこともなげに言った。子供に甘いバースはそれ以上何も追及しなかった。


「たまには自重しろ。領民など、どうなってもかまわぬが税金を払う者が減るとゆくゆくはワシらが困るぞ」

「はい、父上。領民は大切にいたします」


 言いながらも、彼は没収してきた武器の山をどうしようかと考えていた。

 値打ちものならコレクターに売ってもいい。カスなら、山賊どもに横流しして彼らの分け前をもらうのもいい。そういえば戦を起こそうとしている国があったはずだ。そこに送りつけて今から借りを作っておくのも悪くない。

 

 ハンスリーがあれこれと考えていると、別の兵士が血相を変えて食堂にやってきた。


「バース様!! 大変です。妙な女が、こちらにやってきております!!」

「妙な女?」


 ワングラスをテーブルに置きながらバースが怪訝な顔を見せる。


「レイピアを持った白い服を着た女で……領主様に会わせろと」

「レイピアだと?」


 ハンスリーが、手に持ったナイフを置くと兵士に言った。


「武器を持って領主の館に来るなど、立派な反逆者だ。かまわん、殺せ」

「はっ」


 ハンスリーの指示を受けて兵士は戻っていった。しかし、バースは心にひっかかるものを感じていた。


(レイピアを持った女? まさか……)



      ※



 その頃、館の庭ではクレアがレイピアを抱えながら兵士たちに囲まれていた。


「こちらの領主にお伝えください。クレアがきたと。お話があります」

「素性もわからぬ者をいれるわけにはいかん。まして、武器を持っている者など」

「クレアと伝えていただければわかります」


 兵士たちは聞く耳を持たなかった。あきらかに怪しい女だ。

 やがて、館から戻った兵士長が高らかに叫んだ。


「ハンスリー様の命令だ。その女を殺せ」


 その言葉に、兵士たちは待ってましたとばかりに一様に剣を抜いた。その目には殺気が宿っている。

 女を手にかけるのは久々だ。最近、領民たちがおとなしくなりすぎて剣をふるう機会が減っていた。楽しみが少なくなってつまらなかったところだ。

 兵士たちは、我先にと身構えていた。


(ここの兵たちは、領主ともども腐っているみたいね)


 クレアはため息をついた。

 殺す気ならばしかたない。あきらめた顔でレイピアを鞘から抜きはじめた。


「なら、容赦はしない」


 キン、と高い音を響かせて刃を引き抜いた瞬間、クレアの顔つきが変わった。

 黒い色をしていた瞳の色が赤く染まり、つぶらな丸い目が研ぎ澄まされたナイフのように細くとがる。ぷっくらとした小さな唇は大きく開かれ、不気味な笑みを浮かべて吊り上がる。


「な、なんだ…、さっきと雰囲気が」


 彼女は、一瞬にしておとなしい少女から冷酷な女の顔へと豹変したのである。


「全員、あの世に送ってあげるわ」


 その口調すら、別人になっていた。

 クレアはレイピアを片手に下げながら、挑発するようにゆらゆらと漂いはじめた。

 隙があるようで、隙がない。


 動揺する兵士たちに向かって兵士長が叫んだ。


「なにをしている!! ハンスリー様の命令だ、早く殺せ!!」


 その言葉に、我に返った兵士たちがいっせいにクレアに襲い掛かった。


 と、同時にクレアは身をかがめた。

 そして、まるでスローモーションのような動きで一回転したあと、ヒュン、とレイピアを鞘におさめた。レイピアが鞘におさまると、彼女の顔つきは元の表情に戻っていた。



「…………」



 クレアに襲い掛かっていたはずの兵士たちが、剣を振り上げたまま停止していた。


「……ど、どうした?」


 兵士長は動きを止めた彼らに声をかけた。女はただくるりとその場で回転しただけだ。


「な、何をしているんだ!! 早く殺せ」


 兵士長のその言葉が言い終わらぬうちに、襲い掛かっていた兵士たちの身体から血しぶきが舞った。


「………!!!!」


 彼らは真っ赤な血をまき散らしながら、地面に崩れ落ちていく。


「な、な、な……」


 何が起きたのか、まるでわからない。気が付けば兵士が全員斬り伏せられている。これはいったいどういうことだ。


「領主に取り次いでください。クレアがきたと」


 クレアはそう言うと一歩一歩兵士長に近づいていく。

 悪夢のような光景に兵士長は恐怖に震えた。


「ま、まさか……あの一瞬ですべての兵士を斬ったというのか!?」


 動きがまるで見えなかった。

 信じられない。何かトリックを使ったに違いない。でなければ、あんなことができる者など、いるわけがない。


「もう一度言います。領主に取り次いでください」

「………」


 兵士長は狼狽しながら剣の柄に手をかけた。

 ほんの数歩先にこの女がいる。

 何をしたかわからないが、この距離ならトリックを使う間もなく斬り伏せられるだろう。

 落ちぶれたとはいえ、もと王国の騎士団長だったのだ。剣の速さなら誰にも負けない。


 兵士長は一気に剣を抜き放つとクレアの頭上に振り下ろした。

 

「せや!!」


 そのかけ声とともに、兵士長が最後に見たものは、首から上を切り離された自分の身体と、レイピアを鞘に納めるクレアの姿だった。

 いつ、抜いたのかすらもわからない。

 まさに閃光だった。



 ライトニング・クレア──。



 その名前が出てくるときには、彼の意識はとんでいた。

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