第五話
ラングリーフは夢を見ていた。
巨大な魔物の大群が、目の前に押し寄せてくる。
剣術の師範だった父が町の人々を守るため、盾となって戦っていた。
彼は、物陰に隠れて震えながらその光景を眺めているラングリーフに向かって何かを叫んでいた。
「なに、お父さん。なんて言ってるの?」
その声が聞こえず、ラングリーフは問いかけた。
父は、必死の形相で繰り返し何かを言っている。
「聞こえないよ、お父さん」
思わず涙ぐむラングリーフの目が、かろうじて父の口の動きをとらえた。
「逃げろ」
父は、そう言っていた。
圧倒的な強さを誇る魔物の前では、ガイラス一の剣豪と誉れ高い彼の剣技はまったく通用していなかった。
硬いうろこ状の外皮を持つ巨大なトカゲのような魔物だった。
斬っても突いてもビクともしていない。
父は瞬く間に取り囲まれ、ラングリーフの目の前で四肢を切断され喰い殺されていった。
「……!?」
ラングリーフは、目を見開いてその光景を見つめていた。
鮮血が飛び散り、地面を真っ赤に染めあげる。
カラン、と父の振るっていた刃こぼれした剣が落ちた瞬間、彼女は叫んだ。
「い、いやあああぁぁっ!!」
彼女の叫びに気付いた魔物の群れが、鎌首をもたげるように振り向いた。
新たな獲物を見つけた、と言わんばかりの恐ろしい顔つきだった。
恐怖が、心の奥底の方から沸きあがる。
足がすくんで一歩も動けなかった。
殺される──。
そう思った。
しかし、次の瞬間、首がもげたのは魔物のほうだった。
「……?」
轟音を立てて崩れ落ちる魔物の前に立っていたのは、きらめく光の剣を携えた一人の青年だった。
自信に満ち溢れた精悍な顔つきをしている。
その力強い瞳を見て、ラングリーフは鳥肌が立つのを感じた。
突如現れた青年の戦いぶりは圧倒的だった。
彼が光の剣を振るうたびに、何体もの巨大な魔物が崩れ落ちていった。
父が何度斬りつけてもビクともしなかった硬い身体がいとも簡単に切り裂かれていく。
まるで柔らかい肉の塊を斬っているかのようだった。
そして、その剣を振るう青年の動きは、ラングリーフの知っている剣さばきとはまるで違っていた。
滅茶苦茶なのではない、むしろ華麗なのだ。
まるで舞を舞っているかのようなその動きに、彼女は目を奪われた。
気が付けば、魔物の大群は逃げ出していた。
一人の剣士が魔物の群れを追い払うなど前代未聞であった。
人外の力を持つ魔物は一匹で訓練された兵士一個小隊ほどの力を持っていると言われている。それが大群で押し寄せてきていたのだ。それを追い払った青年の力量は計り知れなかった。
「あ……」
ありがとうございます──。
ラングリーフは、声をかけようとしたが喉がカラカラで声が出なかった。
あなたは──?
問いかけようとしたが、彼は何も言わずに黙って去って行った。
ラングリーフは立ち去っていくその後ろ姿を見ながら思った。
もしかしたら、この人なら魔王を倒せるのではないか、と。
(ま、待って……!!)
ラングリーフは手を伸ばした。
(あなたは、誰なの──!?)
肩を掴みかけた瞬間、ラングリーフは目を覚ました。
すでに、夜が明けている。
たき火の火はすでに消え、小さな煙がくすぶっているだけである。
ラングリーフは顔をぬぐった。
不覚にも、涙が流れている。
昔の夢を見るなど久しぶりだ。特に、特務部隊補佐官となってからは初めてといっていい。
わきを見ると、ロディが幸せそうな顔をしながら涎を垂らしていた。
下級兵士とはいえ、しまりのない顔だった。
こんなのがよくも国内屈指の特務部隊に配属できたものだ。
「それにしても……」
とラングリーフは思った。
なぜ、今頃になってあんな夢を見たのだろう。
王宮の警備隊に入隊し、彼の行方を追い求めて5年。
命を救ってくれたあの青年が魔王を倒した勇者ユーゴだったのではないかと思うようになっていたものの、有力な手掛かりはなかった。
剣術師範だった父の教えを幼い頃から受け継いできた彼女は、すぐに頭角を現し入隊後3年で特務部隊に配属された。
そして洗練されたその腕で数々の功績をあげ、史上最年少で特務部隊補佐官の地位についた。今年の春のことである。
それからというもの、ことあるごとにその特権を利用しては警備隊詰所の資料を読み漁っていた。
しかし、いっこうにそれらしき情報は得られなかった。
もしかしたら彼は勇者ユーゴなどではなかったのかもしれない。
いつしかそう思うようになっていた。
そして、それと同時に光の剣を携えし青年の夢も見なくなった。
久しぶりに見たこの夢で、ラングリーフは光の剣を携えし青年=ユーゴという図式をもう一度思い起こした。もしこれが正しければ、光の剣を持っている人物を探せばいい。光り輝く剣を持つ者など、世界広しといえどもそうはいない。有力な手がかりだ。
何はともあれ、ユーゴが現れたとされるライラックの町へ行けば何かわかるかもしれない。
ラングリーフは、「よし」と頷くと気持ちよさそうに眠っているロディの頭をこづいた。
「いつまで寝ているの!!行くわよ」
「ふえ?」
ロディは眠気眼でラングリーフを見上げた。
いつも以上のアホ面だ。
「さっさと起きなさい。出発よ」
「も、もうでふか?」
寝ぼけながらロディはゆっくりと起き上った。
その間の抜けた顔は、夢で見た青年とはかけ離れていた。
同い年くらいだろうに、こうも違うと笑えてくる。
「まだ寝ていたいのならどうぞ。私は先に行ってるから」
ラングリーフがそう言うと、ロディは慌てて立ち上がった。
「行きます行きます!! もちろん、ついていきます!!」
そう言いながら、口から垂れていた涎をふいた。
※
王宮のきらびやかな一室に、一人の男がわめき立てていた。
「ユーゴの首はまだか!! 早くユーゴの首を余の前に持ってこい」
紫色のスカーフを首に巻き、真っ赤なガウンを羽織った卑屈そうな顔をした男。
国王ダラス13世の嫡男にして王位継承権第一位のダラス・ガナフである。
その性格は横柄で自己中心的。
重度の潔癖症でもあり、自室の中に少しでも汚れた個所を見つけると、その日に清掃を担当した使用人を呼びつけて棒で叩きつけることもあった。
加虐的な面を持ちながらかなり臆病で、彼の精鋭部隊が消息を絶ってからガナフは一度も部屋を出ていなかった。
扉の前には国務大臣のボルドーと特務部隊隊長のマイロが畏まりながら頭を下げている。
「殿下、ユーゴ暗殺の命は昨日出したばかり。そんなにすぐには……」
ボルドーが言うと、ガナフは手にした果実を投げつけた。
グシャリ、とボルドーの額に命中する。
ボルドーは表情も変えずにハンカチを取り出して滴る果汁を拭った。
「貴様などの意見は聞いておらん! 余はユーゴの首はまだかと言っておるのだ!!」
「申し訳ありません。まだ、でございます」
マイロがボルドーに変わって答える。
「この役立たずめが! 何が特務部隊だ、偉そうに!」
「お言葉ですが、ユーゴは魔王を倒した男。簡単に首は取れませぬ。それに、今どこにいるのかも定かではありませぬゆえ、調べるのにも時間がかかりましょう」
その言葉にガナフはさらにいきり立った。
「貴様、たかだか王都の警備隊のくせに余に意見するか! 余を誰だと思っておる、次期国王ガナフであるぞ!!」
マイロの眉がぴくりと動いた。
ボルドーがそれに気が付き、手で制する。
「殿下、国王陛下がご存命である中、そのような発言は慎んだ方がよろしいかと」
ボルドーがたしなめるように言った。
現国王ダラス13世は、病により床に伏せっている。いつ、死んでもおかしくない状況なのである。
彼の発言は、まさに国王の死を望むかのような言葉にとらえられてもおかしくない。
それを、ガナフは気づいてもいない風であった。
「ええい、うるさい!! とにかく、今すぐにでもユーゴの首を持ってまいれ!! でなければ、オレが安心して眠れんではないか!!」
「できる限り早急にユーゴの首をとってまいります」
マイロは深々と頭を下げるのだった。




