そして一先ず終わり
床に倒れている男性からは赤い血が、そして先ほど私が真っ二つにした男性からは緑色の血が流れています。
この状況下において、考えられる点。
それは、壮絶な人違い!
ああああーーーー!? やっちゃったぁぁぁぁぁぁ!?
と、とうとう私も人殺し?! いや、緑の血をした種族殺し?!
…………そう考えれば別にいいか、人族じゃなさそうですし。
過ぎたことは仕方ありません。過ぎたるは及ばざるが如し、です。
それにしても、緑色の血が流れているような種族なんて私は知りません。
一体どこの誰なのでしょうか。
……って緑? あれ?
確か少し前、魔人四天王のラッキーさんを銀の戦斧で切ったとき、何となく緑っぽい色をしていましたよね。
ということは、さっき切っちゃったのは魔人?
ならば問題ないですね。
むしろ感謝されます。
それにしても、先に床で倒れている人は誰でしょうか。
まあきっと吸血鬼でしょうけど。
でもここって真祖のお部屋ですよね。
……ということは?
この赤い血を流しながら、今にも死にそうに床で倒れている人がクソ親父??
げしっ!
私の問答無用の蹴りで、床に転がっていた男性が壁に激突して、そのまま崩れ落ちました。
ぐふっ、という声が聞こえた気がしますけど、しゃべれるということは、まだ死んでいません。
死んでなきゃ、いくらでも復活できるのが吸血鬼です。
さて、あとはこの緑の男性、推定魔人をどうするべきか。
ぴゅーぴゅー飛び散る緑色の血を見ていると、何となく一口だけ啜ってみたくなりました。
魔人の血ってよくよく考えてみれば飲んだことありませんしね。
どれどれ。
ほんの僅か、緑色の血が舌先に触れた直後、私の身体中に激震が走りました。
がはっ?! こ、これは……。
すごいまずい!!!
今まで感じたこともないくらい、比類なきまずさ!
過去何十種類もの魔物の血を飲んできた私だからこそ分かるまずさです。
ちなみに過去最高にまずかった魔物の血は、ジャイアントクローラーなどの虫です。
ふぅ、本気でまずかった。
ポーチからハンカチを出して、舌先を丁寧に拭い取りました。
ではあとはレムさん呼んで、後始末をお願いしますか。
と、その時私の頭の中から声が聞こえてきました。
(まさか俺様の血を飲む奴がいるとはな、おかげで死なずに済んだわ)
……え?
周りを見るものの、死体が一つと、死体になりかけが一つしかありません。
ということは、まさか血を介して私の身体の中に、意識を入り込ませた?
「あなた、誰ですか?」
(俺様の事を知らずに、あんな怖い銀で切ったのかよ。まあいい、俺様は魔人王って呼ばれている存在だ)
「へっ? 魔人王?!」
(全く、ガーラドの野郎と戦って消耗してなきゃ、例え銀だろうと何とか逃げられたんだがな、ついてねーぜ)
「まさか、私の身体を乗っ取るつもりですか?」
(それが出来ればいいんだがな。お前ほんのちょっぴりしか俺様の血を飲んでないし、しかも丁寧にハンカチなんぞで拭き取ったから、殆ど力ねーんだわ)
よ、よかったぁ。まさかここにきて、私が魔人王に乗っ取られたら、世界は終わったかもしれません。
(それにしてもついてねぇや。こんなガキの身体より、もっとむちむちのねーちゃんの中に入りたかったぜ。例えばガーラドのとこにいるレムとかいうやつ)
「あなた喧嘩売ってますかっ!?」
(もう俺様には喧嘩売る手段すらねーぜ。お前の頭の中でしゃべるくらいしか、力ねーんだよ。それでもあんな僅かな血だけでも、何とかお前に意識を移せた俺様は偉大だな)
「威張るんじゃありません!」
(でもお前、俺様の配下の魔人を何人か魅了しただろ? 俺様の代わりに魔人王やってくれや。俺様も知識だけだが、サポートするぜ?)
「そんな簡単に魔人王とかいう物騒な仕事押し付けないでください!」
(お前は俺が転生させた魂のうちの一人だろ? ならお前にも、一応は次期魔人王の資格はある。大丈夫だ、問題ない)
「問題ありまくりです!!」
うっわ、うぜぇよこいつ。
しかも私の意識とは無関係に頭の中でしゃべりまくりって、どうすればいいのでしょうかね。
(まあまあそう言うなって。力は正直大したことないけど、銀を使えて更に魔眼持ちなら吸血鬼の連中ぶっ殺すくらいなららくしょーだぜ?)
「別に吸血鬼を殺すなんてことはしませんよ。というか、何で私が魔眼持ちって知っているんですか。それにジョニーさんたちを仲間にしたことも」
(そりゃ、お前の中に居るんだから、記憶くらい覗けるさ)
なん……だと?
「プ、プライバシーの侵害です! 即効出て行ってください、訴えますよ!」
(何わけの分からんこと言ってるんだよ。それにしてもジョニーやラッキーの野郎、あっさり鞍替えしやがって。後で文句言ってやろう)
「私の中に居ても、文句言えるんですか……」
(お前が代理で言ってくれ)
「はぁ……なんで私がこんな目に」
いや、無思慮に得体の知れない血を飲んだからなんですけど。
まさに自業自得ですね、これ。くすん。
(ま、これからよろしくな。ついでに魔人王になってくれるまで、勧誘しまくるぜ?)
「お断りします」
(お、お前アゾットの剣なんて面白いモンもってるんだな。使い方教えてやるから、使ってみろ。悪魔がわんさと沸いて楽しいことになるぜ?)
「だからお断りします!」
「あら、アオイちゃん、一人でぶつぶつ話してどうした……ってガーラド様!? と、それって魔人王じゃないの!?」
ああ、レムさんが来てしまいました。
余計場が混乱しますね。
「は、早くお手当てしないと。それにまさかアオイちゃんが殺ったの?!」
「いえ、そこの魔人王と相打ちですよ」
「ほんとに?! いくらガーラド様とはいえ、魔人王に勝てる訳が……でも魔人王も長い間封印されていたし」
(お前、さらっと嘘言うなよ)
「うるさいですね。あ、いえ、こっちの話しです」
(そもそも俺様がガーラド如きに相打ちだなんて、お前は一体この俺様を誰だと思っているんだ)
「え、衛生兵! 早く来て頂戴! ガーラド様が! いえ、それよりガーラド様が魔人王を打ち倒したのよ! 長年の悲願の達成よ!」
(次期魔人王ならここにいるさ)
「私はなりませんってば、しつこいですね」
こうして私の中に魔人王が住み着きました。
そして十年の月日が経ちました。
「リリスさん、次の九十階のボスって何ですか?」
「次はデュラハンだね、指をさされると一週間後に殺しに来るやつだね」
「それってダンジョンのボス向きじゃない気がします」
「アオイさん、リッチロードさんなら魔人王を消す手段って知っているのですか?」
(いくらリッチロードのじじぃでも、俺様を消すなんて事できねーぜ?)
「まあお祓い程度に考えていますけど、消せればらっきーくらいの気持ちですね」
私とアリスさんは、頭の中に住み着いている魔人王を消すための手段を探しに、真祖のリリスさん、リティさんを仲間に加えて世界を旅しています。
ちなみに今日はアークの迷宮に潜っています。
「ちょっと、アオイちゃんとアリスちゃん。さっさと魔物倒すの手伝ってよー」
「あ、ごめんなさいリティさん、さ、アオイさんも」
「ボクが魔法で一掃しようか?」
「リリスちゃんは魔法禁止! この階層全てが氷のフロアになってしまうよ」
でも、こういった生活も楽しいですね。
魔人王が邪魔な存在ですけど。
(けっ、俺様いつまで経っても嫌われ者だな。ジョニーやラッキーと飲みたい気分だぜ)
「ジョニーさんもラッキーさんも、そしてチャッピーさんも魔大陸で私の城を作っていますしね」
(次期魔人王の城だな。楽しみだぜ)
「単なる私の別荘ですけどね」
ちなみに、魔大陸にいた残りの四天王の魔人は私が魅了で配下に加えています。
そして身体が鈍らないよう、たまに真祖たちとスパーリングがてら戦争ゴッコを続けさせています。
二万年も生きている真祖や真祖の側近達も、いきなり戦いの相手がいなくなって平和になったら飽きたのか、戦争ゴッコに付き合ってくれています。
魔人側の戦力の象徴として、私の別荘兼お城を建てて貰っているのですよ。
それにしても、随分と長い間この世界で生きてきた気がしますけど、実際はまだ二十五年程度なんですよね。
私やアリスさんは、永遠とも言うべき寿命があります。
二十五年という歳月なんて、そのうち一瞬に過ぎ去っていく感覚になるのでしょう。
でも生まれてから、この時まで、私は最高に楽しい時間を過ごしています。
出来ればこれからも続きますように。
(で、いつ魔人王になるんだ?)
「だからなりませんってば!」
「アオイさん、ずっと一緒ですよ? 例えアオイさんが魔人王になってもですからね」
~ 完 ~
ダークでエルフな吸血鬼、これで完了となります。
9月に投稿して、4ヶ月少々と短い期間でしたが、ありがとうございました。
なお、リメイク版「新ダークでエルフな吸血鬼」を投稿しております。
完全にストーリーを書き換えて、既に別物な内容となっております。
もしよろしければ、そちらもブクマしていただけると幸いです。