執念1
◇
ところ変われば、事件も様変わりする。大槻と藤は、海辺で若者達の取り調べをしていた。
「だから! 刑事さん、俺たち悪気なかったんすよ!」
大槻は、目を細めた。相手が嘘をついているかいないかは、ちょっとした言動で判断できる。
付近は、とれたてのサザエや伊勢海老を焼いた香りで満たされていて昼食をまだ食べていない大槻は虫の居所が悪かった。それは、藤も同じだ。
「ごめんで済めば、警察いらねーんだよ! お前ら全員窃盗容疑だ。ここを片付けたらパトカーに乗れ」
藤が声を荒げる。
「えー、まじかよ!」
漁業権のない若者ダイバーが海から引き上げバーベキューをはじめた、という通報は今日で一番最初の通報だった。
交通安全週間ということもあって、たまたま現場近くにいた大槻と藤が通報現場に一番のりすることになったのだ。
それまで黙っていた大槻が、伊勢海老の殻を持ち上げてダイバーたちを睨み付けた。
「お前ら、初めてじゃないだろう?」
「うっ……」
視線を逸らしたダイバーに大槻は詰め寄る。
「今が夏で、世間が夏休みで浮かれてんなら『悪気なかった』で大目に見てやってもいいが、わざわざ通りから死角になるような場所で、寒い海に潜ってる」
ダイバーたちが乗ってきた大型ワゴン車。充分すぎるほど立派なバーベキューセット。おまけに女連れ。
『ただで美味いもん食わしてやる』とか、そんなこと言いながらカッコいいとこ見せてやろうとしたんだろうな。『バレないから大丈夫だ』なんて油断してたのかもしれない。
「海は、冬が一番綺麗なんすよ。人も少ないし、今日は晴れていて穏やかで、最高のダイビング日和。これはほんの出来心なんすよ」
なおも、言い逃れしようとするダイバーを睨み付けた。
「言い訳は、パトカーの中で聞いてやる。一人ずつ事情聴取だ」
「モタモタするな、早くしろよ!」
今日は強気な藤。威圧的な態度に、ダイバーたちは言い逃れをやめて従う。その様子に一番驚いたのは大槻なのだが、被害総額を調べるふりして誤魔化す。
サザエの殻を数えながら、大槻は藤に背を向けて頭をかいた。
人間誰しも表と裏の顔を持つからな。
結論づけて、サザエの数を調査書に記入する。事情聴取は強気な藤に任せようと大槻は考えた。
「大槻さん! 調査書は自分が書きますから! こいつら、お願いしてもいいですか?」
「え、藤がやれよ……強気でいけんだろ」と呟いた大槻を無視して藤がダイバー相手に声を張り上げる。
「おい、お前ら! この人は、FBIにいたこともある有名な刑事さんだからな。嘘を突き通せると思うなよ!」
穏やかな冬の海、日差しも暖かい。それなのに、藤の攻撃的な台詞はどこか白々しかった。
例えるなら、偽物のブランドで身をかためながら『俺んち金持ちだぜ!』と威張っている奴みたいだ。FBIという単語は、この田舎町では、偽物のブランドよりも現実味がないような気がした。
大槻は、肩身の狭い思いで「てめぇ、後でぶっ飛ばす」とドスのきいた声で藤を睨み付けた。
「ひっ!」と竦んだ藤を、ダイバーたちは物珍しそうに眺めていた。
大槻の取り調べで、車内のクーラーボックスから貝や伊勢海老が出てきた。立派な事件として立件された。
再犯が起きないように、みっちり絞られたダイバーたちは肩を落として県警を後にした。