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強欲2


「金谷さんは、ワインお好きですか? 父がレストラン経営をしていて珍しいワインが簡単に手に入るんです」

 みさとは、警察車両トヨタ•クラウンの助手席でふわふわとした髪を指で弄りながら悠希の横顔を見つめた。

 中性的だけど、背も高く、凛とした横顔。丁寧なハンドル捌きで、アルマーニのスーツを着こなす。腕には、タグホイヤーの超レア品のクロノグラフ。多分オートマチック性能だ。


「ワインには興味ない」


 悠希は、嘘をついたが罪悪感は一ミリも感じなかった。

「そうですか……金谷さんにはワインが似合いそうなのに」

 実際悠希は、無類のワイン愛好者だ。自宅のマンションには家庭用のワインセラーがあり、常備三十本近いワインを揃えている。

 パーティーに招待された際や、上司への贈り物などにもワインを選ぶ機会が多く。彼の選ぶワインは、それを贈られた相手を確実に喜ばすほど定評がある。

 同期のみさとならば、そんな噂を知っているかもしれないが、バレたならバレたでかまわなかった。自分が相手にされていないことを思い知ればいいと、悠希は考えていた。

 みさとは、みさとで、この程度で簡単におちる男ではないという事実に余計に燃えているわけなのだから、二人も思いは完全に反比例していく。


 外堀通りは、数寄屋橋交差点方面に車が列をなす。緊急時ならばサイレンを鳴らし滑走するのだが、今回の案件ではそういうわけにもいかず、列に並ぶ。

「そういえば!」

 みさとは、車内の沈黙に耐えられずに手を叩いて明るい声を出す。

「大槻くん元気ですか? 本庁に戻ってくると思ったのに、今度はどこに行っちゃったんですかね?」

 みさとの笑い声に、悠希は顔をひきつらせた。

 他の男の名前を出して、相手を焦らせる作戦も盛大に失敗したようだ。


「大槻のことなら、俺より君の方が詳しいんじゃないか?」

「まさか! 大槻くんは、明るいし付き合いやすいから、同期の中では一番仲がよかったつもりですけど、私なんて携帯番号も教えてもらえなかったんです。友達だと思ってたのになぁ……でも、それに比べて金谷さんは……」

「アイツに友達なんているはずないだろ。同期を裏切って、一人でアメリカに出向した。私利強欲の塊みたいな男だな」

 みさとは、毛先を弄るのをやめてキャメルの皮のバックから無駄にキラキラと装飾された手帳を取り出し、同じく無駄にキラキラしたペンを持つ。

「それでね。金谷さん! 今夜は同期何人かで飲みに行こうって話してたんです。金谷さん、もし気がかわったら来てくださいね」

 店の名前と場所を書いたメモをアルマーニのポケットに忍ばせたみさとに、眉をしかめた悠希。

「私のプライベートな番号です。金谷さんにしか教えてません」

 数寄屋橋交差点を右に曲がると、パトカーが数台停まっている。ここが現場だ。

 悠希は咳払いすると「行かないと言っただろ」と言って、メモを破り捨てた。

「やっ! ひどい、破らなくてもいいのに……」

「俺だって、こんな無駄な事はしたくない。着いた、行くぞ」

「あ、はい! 現場到着」




「本庁捜査一課金谷です。お疲れ様です」

 警察手帳を見せて、黄色いテープをくぐる。警備していた巡査が額に右手をつけて敬礼した。

「お疲れ様です! 今、店の中に関係者が揃ってます!」

 銀座中央通りを挟んだ道沿いに、テレビクルーがいた。

 小さな事件でも、都心で起きた事件はどんな裏が潜んでいるかわからないからだ。

 地下階段を降りて、煌びやかな自動ドアに気後れしつつ店内に足を踏み入れた。

 悠希を出迎えたのは、ホステスではなく入り口に飾られた有田焼の花瓶と絵皿。これも持ち帰れば一千万近くの収入になっただろうに……犯人は、美術品の価値がわからない素人だ。小さな事件になりそうだ。悠希は、白い手袋をはめて店の奥へと向かう。

「荒らされた痕跡はありませんね」

 後ろについてきていたみさとが呟く。

「朝の会議、聞いてなかったのかよ……」その愚痴が、みさとに届いたかはわからないくらい小さな声だった。


「金谷さん。関係者はこれで全員です」

 悠希は受け取った資料と、集まった人間を見比べていく。

「一人足りないだろ、誰が来ていない?」

 店の一番偉そうな男に詰め寄る。

「あっ、刑事さん! リンが来てないです」

 男は、悠希の問いかけで初めてその事実に気づいた様子だ。目にはクマができていて、疲労感が漂う。

 店の運営を任された雇われ店長だ。七百万の大金を奪われ、自身の立場の危うさから寝てもたってもいられない、といった様子だ。

 ホステスたちは、一塊になって身を寄せ合いソファーに腰をかけていた。

「誰かリンに連絡したか?」

「メールしました。電話でなかったから、寝てるのかと思って……」

「でも、もうすぐ出勤の時間だ。今日は月に一回のミーティングの日だからな……刑事さん、リンに電話してもいいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 悠希は店長にそう伝えると現場を仕切っていた警部補に敬礼をする。

 警部補は小さく敬礼して、「ご苦労さん、キャリア警察官。取り調べは終わってるよ」と皮肉を言った。

 悠希は、取り調べの内容を丁寧に確認した。問題の金庫は、ここ三日間開いていないようだ。この店には金庫が二つあり、そのどちらも店長の部屋にある。店長の部屋は従業員控え室に直結している。従業員控え室の一カ所が店長の部屋といったほうが早い。

 厨房にも近く、営業時間内は人目を憚り店長の部屋に入るのは難しい。但し、従業員控え室を使う者ならば、誰でも簡単にその部屋に入れる。


 ただ、一人でこの控え室を使うことは稀で、従業員たちの憩いの場となっていたようだ。


 悠希は顎に手を添えて、店内の構図を何度も確認する。ここは、地下だ。外部からの侵入は難しい。

「店長の自作自演ってことはないですか? 自分でくすねて、通報したという線が一番可能性が高い」

 無愛想な警部補に訊ねた。

「ないな。このクラブは、鷺原系組織が経営しているらしい。店の売上金がなくなれば、あの店長が東京湾に沈むだろ。そんなことしなくても、この店は十分儲かっている」

「そうですか」

 鷲原か……厄介な組織だ。悠希は眉をしかめた。

「刑事さん……店のホステスと連絡が取れませんが、どうしましょう……」

 それは、都合がいい。鷲原とやり合うより遥かに都合がいい、と悠希は考えた。



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