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新風1



 ここの西洋風の古い洋館は、日の光を浴びている姿は洒落たイメージもあるが、月夜にぼんやりと照らされた姿は少し不気味だ。

 キシキシと歪む長い廊下に、アンティークの古い家具。柔らかく照らすステンドグラスのライト。

 この屋敷に住むのは、瀬尾このみという若い女性。

 彼女は、ベッドの上で魅惑的な笑みを浮かべていた。

 笑みを浮かべる相手は、秀麗な容姿に、洗練された雰囲気の美しい男。

 彼は首を傾げ、色素の薄い瞳を細めてこのみを見つめ返す。


「それ、誘ってるの?」


 低く通る声に、このみの胸は締め付けられる。自分は間違えなくこの男に恋をしてしまったのだと感じる。

「そうなの。私には魅力がない?」

 男は首を横に振った。柔らかそうな髪が顔にかかると、ゾクリとする視線で女を値踏みする。

「そういうわけじゃないけど、瀬尾家のご令嬢が俺みたいな町医者を誘うかな?」

「意地悪しないでよ……お願い。あなたに抱かれたい」

 瀬尾このみの、震える体を男はじっと見つめる。

「本当は少し怖いんだろう?」

「そんなことない……」

「もっと、本気で誘ってごらん。震える子は抱けない。魅力的な瀬尾家のご令嬢が、どんな風に男を誘うのか見ていたい」

 男は、クスクス笑ってベッドサイドの一人掛けソファにゆったりと座り長い足を組む。


「い……いいよ。やってみる」

 このみは、人形のような白く可愛らしい頬を赤らめて頷くと着ているスリップドレスの肩紐をずらす。両手で自分の体を抱きしめると、震えは止まった。


 大丈夫だ、彼は優しく紳士的。


 男は、口に手を添えて冷めた眼差しを彼女に浴びせた。

 熱を帯びた吐息を吐き出した彼女は、自分だけが高揚していると思い知らされた。

 今までの瀬尾このみにとって、自分から男を誘うなど論外なはず。


 だけど、この男────翔冴がどうしても欲しい。


 その手に触れられたい。愛し合って、抱きしめられて、素肌を暴いて、絶頂に導かれ、そして結びつきたい。

 彼は救世主なのだ。彼のためなら何でも出来る。

 スリップドレスがベッドを滑り落ちる。

 翔冴はそれを拾い上げ、目を閉じて、まだ暖かいスリップドレスに頬ずりをした。

「このみ……」

「いゃ……やめて」

 このみは、自分に頬ずりされるかのごとく、錯覚するような光景を目の当たりにして思わず目をつぶった。

 翔冴は、わざとらしく首を傾げた。


「それ以上、このみにはできないよ。もう、ギブアップしてくれないかな?」

 このみは、ブランケットで体を隠し泣きそうな顔で翔冴を見つめた。その仕草はスリップドレスを脱ぎ捨てるという行為よりも翔冴を性的に興奮させた。

 翔冴はほんの少し微笑む。


「どうしたら俺に抱きしめてもらえるか、よく考えて誘ってみろよ。このみ……君なら知っているはずだ。

 君は、俺の腕の中にいる時が一番幸せだろう?」

 このみという名前はあまり好きではないと思った。瀬尾このみ。子供みたいに可愛らしい名前。この屋敷で何不自由なく生きてきた世間知らずのお嬢様。こんな時に、その名前を呼ばないで欲しい。

「翔冴、お願い……私に教えて」

「教えることなんて何もないさ。君はそのままでいいよ」

 ベッドに手をつき懇願の眼差しをしたこのみは、恥ずかしさから泣き出してしまいたい気持ちがほんの少し報われ喜んだ。


「悪くないね。そそるよ、その表情」

「本当?」

「ああ、本当」

 翔冴は椅子から立ち上がる。そして、ゆっくりと歩き部屋の窓を解き放つ。途端に窓からは外の冷たい空気が流れ込む。

「きゃぁ!」

 瀬尾このみは、寒さに驚いて高揚していた顔をブランケットの奥深くに投げ入れた。冷たい風が吹き込み、部屋の暖炉がゴォと音をたてて消えていく。

「翔冴、寒い!」

「たいしたことないよ……海の中はもっと寒かっただろうに……」

 窓枠に小さく白いため息を吐き出した翔冴。月を見上げた。白く冷たい月を見上げた。

 そして、シャツのボタンを一つ、また一つと外していく。

 均整のとれた美しい体。高い身長のわりに細い。しかし、しなやかな筋肉は過不足なくまとわりついている。

「翔冴?」

 このみは、分厚いブランケットから顔だけをちょこんと出して行動パターンの読めないその男の後ろ姿に魅せられた。


 翔冴の白いシャツが古びた木の床に落ちる。


 冬空の月に照らされた翔冴の体は、白く神々しく光る。さらりと揺れた髪は、白銀のようで、鋭く細められた瞳は何の感情も抱いていないように冷徹。

 そして唇は朱を塗りつけたように赤く、吐息は白い。


「俺はこのみを本気で愛している……」


 目の前にいる瀬尾このみは、息を飲む。

 とつぜん身包みを剥がされ、暖炉の消えた部屋で冬の夜風に曝されながら、翔冴に裸体を抱きしめられた。

 温度を感じない、ただ皮膚と皮膚がぶつかり合う荒々しい扱い。

 このみは翔冴の腕の中で体を委ね、複雑な気持ちをくすぶらせた。

 乱暴ではないのに、自分は本当にただの人形になってしまったようだ。かじかむ手足ではうまく抵抗もできずに、翔冴の好きなように抱かれる。

 冷たく激しい一夜の交わりに、このみは一筋の涙を流した。






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