再会2
コンビニの買い物袋をぶら下げて県警に戻ると、見慣れない車が表玄関に横付けされていた。
大槻と藤が近づくと、中からは、一人の男と一人の女が降りてきた。
「何をしていた? 出迎えをしろと伝えておいただろう」
役者のようなスタイルの良さと中性的な綺麗な顔をした男が、冷たく言い捨てる。
藤は「ひっ」と萎縮したが、大槻は全く動じない。
「おおっ! 紗英も来たのか? 久しぶりだな。元気だったか?」
大槻は、おでんをひっくり返さないように意識しながら女に駆け寄った。
「何をしていたのか、俺の質問に答えろ!」
男はよく通る綺麗な声で大槻を咎める。大槻は「相変わらずカタいな、悠希は! 見ればわかるだろ、おでん買ってた」と笑った。
紗英と呼ばれた女は、やたらと色気のある美人だ。色気があるのに、品がある。高嶺の花という言葉がよく似合いそうだ。
「なんか、すごい人達が来た……揃いもそろって美形だし、撮影でもはじまるのかよってかんじ」藤は遠巻きに白い息を吐きながら、その三人を見ている。
大槻は紗英と楽しそうに会話をしていた、紗英も嬉しそうに答えいた。そして、大槻の腕に自分の腕を絡ませた。
その横で不機嫌そうに「いい加減にしろ!」と怒鳴った男が金谷警部で間違いないだろう、藤はおでんを後ろ手に持つ。
警部は奥歯をギリと噛み締めてから、藤を睨みつけてきたので、慌てて敬礼する。
「金谷警部! お待ちしていました! 自分が案内します」
警部は黙って頷いた。何か高貴なオーラというか、この人は従いたくなるようなオーラを持っている。
「どうぞ、こちらへ」
用意しておいた応接室に案内すると、金谷警部は露骨に嫌な顔をする。
「客として来たわけではない。遺体安置所に案内してほしい」
藤が「ひっ」とたじろくと、大槻が「こっちだ」と悠希に手招きした。
「おでん、預かっといてくれよ藤。紗英、この先は警察関係者以外立ち入り禁止。この応接室にいてくれよ」
大槻はおでんを藤に手渡す。紗英は「わかったわよ」と腕を組んだ。
「今夜泊めてくれる?」
「うち狭いぞ」
それから「いいわ、また後でね」と大槻の頬にキスをして、悠希にヒラヒラと手を振った。
給湯室からコーヒーを用意して出てきたばかりの彩乃が「ひゃ!」と声をあげる。
自分の手にコーヒーをこぼしてしまい、さらに悲鳴をあげていた。
時刻は二十二時を過ぎていた。建物内は夜勤職員が数名残っているだけだ。大槻が「今夜は帰れらせてくれないだろ?」と呟くと悠希は「当然」と頷いた。
「後で警視庁ごとこっちになだれ込んでくるぞ」
「そりゃ厄介だ。それにしても、何で紗英を連れて来たんだよ?」
大槻は頬についたリップグロスを袖で拭う。鉄筋建物の通路に足音と声が響く。
複雑で暗い通路をしばらく歩くと、地下への階段がある。大槻は迷わずそこを降りていく。
「調べたい事件があるそうだ。秘書が自殺して辞任した議員の話はわかるか?」
「当たり前だろ。ここは田舎でもテレビも新聞もあるんだよ」
「その穴を埋める繰り上げ選挙に出馬する立候補者の中に当選が確実視されている議員がいるらしいんだ、俺は詳しい事情は知らない」
「裏事情か……」
「あまり評判のいい男ではないらしい。弓削という名前だったな。その息子が、秘書が自殺する前日に東京で目撃された。秘書と接触があったかもしれない」
「東京で? 弓削翔冴か……」
大槻は顎に手を添えた。眉間に皺を寄せて考えをまとめているようにも見える。
悠希は大槻の顔をまじまじと見つめた。相変わらず生意気そうな顔をしている。
「知っているのか?」
「瀬尾このみの交際相手だ」
悠希は軽く目眩がした。やはり、こっちに来て正解だったな……。
「大槻、瀬尾家の殺人事件については詳しく調べてあるだろう? 過去の調書を俺が読み返す必要はあるのか?」
遺体安置室に着いた。悠希の質問は逆を返せば『事件を全て頭に叩きこんであるか?』という大槻を試すような質問だ。
「ああ、大丈夫」
大槻はドアノブに手を置いたまま視線を落とす。調書は全て目を通してある。現場には行けてないが、瀬尾家の間取りまで全てが頭の中に入っていた。
「殺した犯人はもうわかってるんだろう? 大槻」
暗い地下通路、遺体安置室の入り口はむき出しの裸電球で照らされている。暖房器具はなく、張り詰めた寒さが壁や床から伝ってくる。
死臭を隠すための香のかおりが漂っている。
「ああ、わかっている。難しい事件じゃない」
「やっぱりな……何故、一年も未解決のままだった?」
「この町には優しい人が多いんだよ」と呟きながら鍵を差し込みドアを開く。
「大槻、次は同じ失敗するなよ」
「……、失敗なんてしてねぇよ!」
悠希はふっと吹き出した。
「自分の失敗を失敗と認めない奴は成長しないな」
暗い部屋には白い布をかけられた遺体が横たわっている。
「監察医の報告書」
「はい、はい。警部」
扉が閉じると、通路はしんと静まる。裸電球は寂しい灯りで、必要最低限に照らしていた。




