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無情2


 断崖絶壁。崖の途中で、レガシィを停めた。前には二台のパトカーが赤色灯をつけたまま停車していた。

 ここから崖の先まで、五十メートル前後は徒歩だ。

「ここで待ってます! 何かあったら呼んでください! 大槻さん」

 自分とこの男が同じ給料だなんて、世の中不公平な事ばかりだ……大槻は、ため息をつきながら崖の先を目指す。

 冷たい風が吹き荒れていた。二本の足でしっかりと歩かないと吹き飛ばされてしまいそうだった。

 おまけに足場が悪い。勤務用の合皮の靴は滑り止めもついていて丈夫で歩きやすい靴を選んではいている。それなのに、大小様々な岩がゴロゴロと転がっていて、暗闇の中この先に進むのに苦労した。

「捜査課大槻です。お疲れ様です」

「お疲れ様です。安佐仲さんの指示ですか?」

「いえ、靴と遺書は?」

 機動捜査隊員たちは、あからさまに嫌な顔をした。最近配属されたばかりの犯人の検挙実績もない新人刑事が生意気な、といったところだろう。

 靴は、綺麗に揃えられている。女性物のスニーカーだ。

 大槻は懐中電灯で、その靴を照らす。

「まだ、新しいな……」

 機動捜査隊の一人が、大槻の独り言に回答する。

「自殺する人間は、自分が捜査される事をよく理解してるんだ。部屋を綺麗にして、新しい靴を履いて、着飾って最期を迎える。最期くらいは、綺麗な自分でいたい。女によくあることだ」

「その気力があるなら生きればいいのにな……あ、でも、この靴。スニーカーだけど、ファッション性重視で滑り止めもない。飛び降りたのが夜暗くなってからだとすると、こんな靴でよく岩場を歩いてこれたもんですね。風も強いのに」

 大槻は惚けたフリをして「よくあることですかね?」と呟いた。

「遺書を見せてもらえますか? それから、他に遺留品は?」

 惚けたついでに、新米刑事らしく図々しくしていればいい。

「遺留品はない。遺書は、これだ」

 懐中電灯で遺書を照らした。この風で飛んでいかなかったのが不思議なくらい、薄っぺらい便箋だ。


『─────生きていくのに疲れました。この世に未練は、ありません。サヨウナラ』


「これだけ?」

 大槻が苛立って声をあげたのに対して、機動捜査隊員は更に苛立たしげに大槻から遺書をふんだくる。

「これだけだ! お前は署に戻れ!」

「あ……はーい、そうしますね。先輩」

 崖の上から海を覗き込む。月が仄かに海面に反射して光っている。かなりの高さがある。まさに、自殺に最適な崖だった。こんな好都合な場所、早々見つからないだろう。

 大槻は、支給品のコートの襟を合わせると藤の待つレガシィに戻っていった。


「大槻さん! “署に帰れ”って怒鳴られてましたね。さあ、帰りましょうか。残念ながら、今回は役にたてないみたいですね。ただの自殺みたいですし」

 藤は、嬉しそうに運転席に飛び乗ると「命令ですから仕方ありませんね。帰りますよー。でも僕夕飯吐いてお腹すいてますから、コンビニに寄っておでん買ってもいいですか? 今夜は、断然餅巾着の気分です」と独り言をまくし立てた。

 大槻が返事をしなかったので、盛大な独り言になってしまったのである。


 窓の外を眺めて助手席で揺られる大槻。掘りの深い顔立ち、端正な顔が暗闇を睨みつけていた。

 車が通れる道には、路上駐車も乗り捨てられた車もない。

 横揺れの激しい道を下り、漁港までは車で数分。歩けば相当の時間がかかるだろう。

 発見された死体は、防寒着を身につけていなかった。ただのワンピース姿だ。今時の若い女が好んで着そうなワンピースただ一枚。

 どうせ死ぬならと防寒着もなく、この足場の悪い道を滑り止めのない靴で歩いてきたのかもしれない。そして、簡単な手紙を添えて、遺留品も残さずに彼女は飛び降りた。

 そして、死体は浜辺に流れつき、漁師に発見された。


 何故、彼女は遺書を用意したのに、身元を示すものを遺さなかったのだろう?

 腑に落ちない疑問ばかり、頭に浮いてくる。


「コンビニ到着。大槻さんは、まだうちの署に来て日が浅いから教えてあげますけど……この町のコンビニ。ここ一軒ですから! 難しい顔してないで、おでん買ったほうがいいですよ」

 漁港からの一本道。海沿いの道を照らすように、青白い看板が光っていた。

 相当な田舎だな……駐車場に停まったレガシィの中で大槻はため息をついた。それと同時にムシャクシャした怒りが湧いてきた。

 なんで俺は、こんな町の刑事やってるんだろう。せめて同じ捜査課の私服刑事がもっとマシな奴なら……

 店内で真剣な顔つきでおでんを選ぶ藤を睨みつけた。

 痩せ型で背の高い藤、その頭上で防犯カメラの赤いランプが点滅していた。レンズは店の外を向いている。


「カメラか……」


 大槻は弾かれたように、車の外に出て地図を広げ懐中電灯で照らす。

「あの海岸に辿り着く道は少ない。彼女が徒歩なら……町から最短ルートの、この道を選ぶはずだ。隣街までの距離は相当あるし、他にも断崖絶壁がある。わざわざこの町から近い場所を選ぶ確率は低い」

 大槻は、地図を適当に折り畳み店内に入る。

「大槻さん、おでん何にします?」

 藤を無視してアルバイト店員に警察手帳を見せた。

「県警捜査課だ。防犯カメラの映像を見せてくれ」

 店内はすいている。客は藤だけだ。アルバイト 店員は、売り物の漫画本でも読みながら暇を持て余していたようだ。目を見開くと、一瞬どうしていいのかわからずに食い入るように大槻を見つめた。

「店長に連絡して、確認するように」

 大槻が電話をするようにジェスチャーで示すと、アルバイト店員は大きく頷いた。




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