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再会1


◇◆◇◆◇◆



 屋敷を背に、広大な庭園をゆっくりと出口に向かい歩いていく。

 くたびれたスーツ姿の大槻は、寒そうに肩をすくめた。

 門の手前で立ち止まる。そして、振り返り暖かな光を灯した立派な屋敷を睨み付ける。

 此処はいつ来ても、“平和”だな。取り繕った平和のバリアを張り詰めて、まるで、自分を拒んでいるみたいだ。

「いや、実際拒まれているんだよな」

 独り呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく白い吐息と共に消えた。


 今夜は、特に底冷えする夜だ。


 あの夜とよく似ている。

 白く丸い月が煌々と輝いていた夜だった。

 その遺体は俗界を離れた景色に馴染むように浜辺に横たわっていた。



 一輪の花が美しさをそのままに、切り取られ飾られているかのように……



 翔冴という名前の医師が『このみは、今夜も魘される』と言っていたのが気になり、大槻はこっそりと瀬尾家の様子を見に来ていた。

 風が吹き荒れて、凍てつく寒さだ。

 窓の外から覗いた屋敷の中は平和そのもので、食卓を挟んでいる翔冴とこのみの姿が少しだけ見えた。


 それだけで十分だ。


 もし、自分たちが昼間訪れたことによりこのみが暗い気持ちになっていたとしても、あの医師がサポートしてくれるに違いない。

 大槻は歩いて砂利道を下る。

 県道に出ると、藤が待機しているレガシィに飛び乗った。


「さみぃー!」


「当然ですよ! 歩いて覗きに行くなんて下手したらストーカー行為ですよ。彩乃ちゃんに言ってやりますよ。で、瀬尾このみさんはどうでした?」

「ああ、大丈夫そうだ。二人で飯食ってた」  平和すぎて、自分が拒まれたような気すらした。寧ろそうなるような結界でも張られているかのようだ。

「翔冴先生と?」

「そうだ。あの二人いつから付き合ってるんだ? 気になるとこだな……」

 それは、事件に関わることなのか、個人的興味本位のことなのか、藤は首の脇を手でさする。

「そんなの僕は知りませんよ。翔冴先生は事件前からこの町にいたから面識くらいはあったでしょうけど」と、藤は興味本位と捉えた回答をした。

「瀬尾このみは、大学の休みには必ずこの町に帰ってきたみたいだしな。普通、東京なんて出ちまうとあっちの生活が楽しくなって帰ってこないって聞いたけど」

「その話、誰に聞いたんですか?」

「ん、うちの課長」

「やっぱり……課長、娘さんのことで相当悩んでるみたいですよ。東京に行かせてから半年で三人も彼氏が出来たらしいんです……」

「ははは、三人はすごいな」

「瀬尾このみさんは、課長の娘さんとは違い親思いの優しい娘さんだったと聞いています」


 大槻は、頷いた。


 多分そうだろう、両親を失って悲しみのどん底の中、あの屋敷で頑張っている。新しい幸せも見つけた。自分で幸せを築こうと彼女は必死に頑張っている。


「藤、おでん買って行こうぜ」

「わっ、いいですねー! こんな夜には、やっぱおでんですよね。大槻さんもわかってきましたね」

 大槻は笑いながら窓の外を見た。海では派手にライトを点滅させながら漁船が沖に向かっていく。

「そういえば、今から来る本庁の刑事ってどんな人なんですか?」

「悠希か……」

 会うのは久しぶりだ。あの事件以来かもしれない。

「出来る男だよ。俺とは、全くタイプが違う」

「よかったー、本庁のキャリア警官ていうと皆大槻さんみたいに気性が荒い人たちかと思ってました!」

「おま……、喧嘩売ってんの?」

「金谷悠希警部、名前から優しそうな雰囲気ですもんねー」

「優しくはないぞ……俺と真逆だから」

「冗談キツいな、大槻さん。はいコンビニ到着です」

「絶対、喧嘩売ってる……」


 コンビニの店内は今夜もすいていた。


「あ! 大槻さん! こんばんわ!」

 売り物の漫画を読みながら暇そうにしていたバイト店員は嬉しそうに大槻に挨拶した。

「俺には?」

 藤が自分を指さすと店員は頭を軽く下げて、また漫画を読み出した。

「壊れたバイク修理してやったからだよ」と大槻がフォローする。

 藤は黙っておでんの器を手にした。

 会計をしている間も店員は大槻にだけ気さくに話を続けた。


「この前の防犯カメラの映像役にたちましたか? 大槻さん」

「おお、助かった」

 店員は得意気な顔をする。「お前の手柄じゃないだろ」と藤は愚痴をこぼす。

 でも、藤は大槻のことを心底嫌っているわけではない。

 大槻が県警にやって来る時、課長に呼ばれて『何かをやらかして飛ばされてきた、訳ありの要注意人物だ』と説明された。

 何があったか知らない。だけど、緊張しながらの初対面。

 掘りの深い端正な顔立ち、鋭い眼光。 

 藤は言葉が出なかった。

 すると、大槻は突然白い歯を見せて爽やかに笑う。『よろしくな』と言って差し出された右手。藤は戸惑った。

 大槻は一日の半分を苛々して過ごしている。とくに一日中なんの事件も起こらないと苛立ちが隠せなくなる。

 今も買い物袋に品物を入れる店員の手際が悪くて、苛々しながら、ああじゃない、こうじゃないと口出しをしている。

 店員は「へへ」と笑っているだけだ。大槻をやかましく思ったりなどはしていない。

 人の心にふと侵入していることに驚かされる。

 気が付けば、この店員も彩乃も課長も、藤が知らぬ間に大槻に心を許している。

 交番勤務の坂田までも露骨に大槻を慕っている。


─────不思議な人だ。この真っ直ぐで鋭い瞳が人を惹きつけるのか? 







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