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隠蔽1



◇◆◇◆◇◆



「借金が返済されていたか。金額は?」

 倭凛菜が通っていたという大学の駐車場で、悠希は携帯電話に向かって声を張り上げた。所轄の刑事からの連絡だった。

「ああ、そうか……わかった。ご苦労様」

 通話を終えて携帯電話をスーツの内ポケットにしまう。


「倭凛菜は借金を完済していたんですか?」

「ああ、いなくなる前日に消費者金融に完済していたそうだ」

「店からボーナスがでたとか?」

「そんな記録、山口の帳簿にはなかった。あの男は意外と几帳面に金のやり取りを記録していた。上に報告するためだろう」

「そうですか」

「行くぞ」

「はい」


 大学のキャンパスにはすでに捜査員がやってきている。悠希が関係者から聴取するための環境は整っているはずだ。

 関係者を絞り込み、必要な資料は一カ所に集められている。

「はじめまして、警視庁捜査一課金谷と申します」

 大学の関係者は二人。凛菜が在籍していた、社会福祉学部の教授と学生課の課長。

 集められた資料は、凛菜が提出した論文や、出席記録などだ。

 二人は緊張した面持ちで、居心地悪そうにしていた。

「気を楽にしてください。我々はあなた達を取り調べにきたわけではありません」

 悠希は自分が引き出せる最大限に柔らかい表情を作って見せた。

 変に用心されて、肝心なことを聞き出すことができないと厄介だからだ。




 聴取を終えて大学を出ると、外は冷たい風が吹いていた。いつ雪が降り出してもおかしくない……とでも言いたそうな灰色の雲が空を覆う。

「金谷さん、あまり収穫なかったですね。倭凛菜について新しい情報はほとんどない」

 悠希はクラウンの運転席に乗るとシートベルトを着用してからエンジンをかけた。

 助手席に座ったみさとも、手帳を片手に持ったままシートベルトを着用した。

「何かおかしいと思わないか?」

 悠希の低い声にみさとは首を傾げた。

「例えば、俺が何か犯罪を犯して俺の母校に刑事が取り調べにいったとする」

「金谷さんがですか?」

 みさとは悠希の言いたいことがわからずに首を傾げたままだ。

「俺もそんなに目立つ学生ではなかったと思うが、もう少し何か話題になるようなことを教授は話すと思う」

「アハハ! 嘘ですよー! 金谷さん絶対に有名人ですよ! たくさん伝説がありそうです」

 みさとは車内で明るい笑声をあげたが、悠希がむっとした顔をしたので笑うのを我慢した。


「そうですね、あの教授は『あまり印象にない学生だった』と五回は繰り返していました。でも金谷さんが無理言って他の関係者に訊ねても同じ答えだったじゃないですか。学部長が大学のマイナスイメージになるから、あまり大々的な聞き込みはしないでくれって顔を赤くして怒ってましたよ」

 みさとは、またクスクスと笑い声をあげた。

 何となく、キャンパスを歩いていたら昔思い描いた刑事と自分が重なっていた。


「何が可笑しい?」


「金谷さんも、たまには無茶するんですね。大槻くんみたいなことするから」

 それを大槻と例えられると腹がたつ。

 悠希はギアをドライブにいれてアクセルを踏み込んだ。

「でも、金谷さん。普通はこんなものですよ。金谷さんや、大槻くんは特別な華があるから十人に聴取すれば、まとめるのが大変なくらい話が聞き出せるかもしれないけど……倭凛菜は、目立たない学生だった。瀬尾このみという友人がいたが、二人の仲がどれほど親密だったのかは大学関係者にはわからない。職場のホステスたちも知らない。……こういう人、普通にいると私は思います」


 悠希は腑に落ちないといった表情で運転を続けた。


「クラスに一人はいませんでしたか? 会話もしないし、物静かで、でも誰の害にもならない子」

 運転する悠希の横顔に問いかけた。

「そういう奴が被害者になると大抵が『あんな良い人が事件に巻き込まれるなんて』と言われる」

「そう! そうですよね、なんだわかってるじゃないですか。私が言いたいのは、そういう事です。それに倭凛菜が本当に犯人なのかも分かりませんし」


 みさとの言いたいことは理解できていた。聴取をとれば事件が解決するものでもない。だけど、何かが引っ掛かる。


「あの最初にいた教授は何か後ろめたい事があるみたいだな」

「突然、警視庁捜査一課がくれば誰だって後ろめたい気持ちになりますって」


────お前は誰の味方なんだよ、と悠希は舌打ちをうちたかった。


 だけど、それでは自分だけが冷静さを欠いているようで癪だ。

「瀬尾このみという女だが」

「はい、金谷さんがどこかで聞いたことのある名前だって言ってましたよね。本庁に戻ってから連絡をとってみようということでしたよね?」

「今すぐ、警視庁のデータベースから名前を検索にかけてみてくれ」

「直ぐにですか?」

 みさとは、「本庁のパソコンから作業したほうが速いのに」と文句を言いながらも携帯端末からデータベースにアクセスする。

 大学への聴取で情報が掴めなかったのは、倭凛菜ではなく友人も一緒だった。二人は下宿先が隣同士で知り合ったのではないかという。凛菜はホステスを続けながらも、その下宿先に住んでいた。

 瀬尾このみの部屋も、そのままになっているが、その姿は最近目撃されていないようだ。


「瀬尾このみ……」


 悠希は、もう一度その名前を口にした。

 地方の金持ちの娘だという彼女。大学から上京してきたこともあり、あまり周囲とは打ち解けていなかったという。

 打ち解けてない者同士が打ち解けたのか、誰も知らぬ間に倭凛菜と瀬尾このみは行動を共にするようになっていたらしい。卒業論文のテーマも似ていた。


「あれ? ありました!」


「読み上げてくれ」

「はい……瀬尾このみ、母親を強盗殺人で亡くしています。この事件、未解決です」

「その事件か……」

「知っていたんですか?」

「当たり前だろ、国内の未解決事件は粗方頭の中に叩き込んである。いつ犯人とすれ違うかわからないだろ。それで、大学関係者は何故その事件について言わなかった」

「それは…………わかりません」

「何か都合が悪いことがあるからだ」


 はあ……と夢見心地のため息をついて、みさとは運転する悠希の横顔をみつめる。


────やっぱりこの人、普通の人とは全然違う。


 瀬尾このみの新しい情報を手帳に書き込む。

「倭凛菜も瀬尾このみも、身内はいない……親しい仲の友人もいない。倭凛菜は現在恋人はいない。瀬尾このみはどうなんでしょう?」

「さあな」






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