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惰性2



 藤が運転するレガシィは退屈な漁港を背に丘を登っていく。瀬尾家の私道に入ると、砂利道だった。砂煙を巻き上げて到着。大槻はすぐに車から降りた。

 鉄柵の門には蔦がはい、お伽話から抜け出してきたような見事な庭園と屋敷。

 平和な風景だった。足を踏み入れるのに戸惑った。

 庭園のベンチからは一組の男女がこちらを見ていた。男がこっちに向かって歩いてくる。


 その男も屋敷と共にお伽話から抜け出てきたようだった。綺麗な髪に整った顔。大槻とは別世界で暮らす住人に見えた。

 話し方も穏やかで好印象を与える。あくまで好印象を与える、言い換えるなら好印象を植え付けているような話し方だ。

 庭で不安そうに此方を見ている女は、多分瀬尾このみで間違いない。


 話を聞いてみたいが、だいぶ怯えているように見える。



「帰るぞ」


 大槻は、彼女と主治医と名乗るその男と二三会話して切り上げた。



「大槻さん、瀬尾このみさんは健在でしたね?」

「ああ……、あの医者は前から知ってるのか?」

「はい、紀内診療所の弓削翔冴先生ですよ。相変わらずの色男でしたねー、紀内診療所はあの先生目当てで八割が女性患者なんですよ」

「だろうな、あの先生は事件以降瀬尾このみと親しくなったのか?」

「さあ、そこまではわかりませんが瀬尾このみさんの主治医として事件の聴取をとる時はいつも傍にいましたよ」

「それは、この町で?」

「はい、事件後取り調べのために彼女はこの町に戻ってきていましたから」


「ふーん……、犯人は男だろ?」


「はい、瀬尾家の庭園には見慣れない男性用の靴の跡が残っていました。靴の持ち主は見つかってません」

「その資料は読んだよ。あの先生の靴も調べられたてたよな」

「はい。当時、僕はまだ刑事になりたてで記憶が曖昧ですが……あの先生も事情聴取を受けて身の潔白が証明されてます。犯行時間に紀内診療所は患者で溢れかえってましたから」

「ああ……でも、そんなに忙しい先生が何故瀬尾このみの主治医なんだ? 紀内診療所は心療内科専門なのか?」

「いえ、ただの内科です」

「ふーん……」

「でも、あれじゃないっすか? ほら遠目にみても瀬尾このみさんはとても可愛らしい女性だったじゃないですか」

「おまえ……相当女に飢えてる?」

「失礼なこと言わないでください!」

「ま、たしかに瀬尾このみにしても彩乃にしてもレベルは高い」

「ちょ……待ってください! それって大槻さんも彩乃ちゃんに気があるってことですか?」


「さあな……、はやく手に入れないと奪われるかもよ」


 大槻はニヤリと笑うと車を降りた。

 無駄な会話を繰り返していたら、レガシィはあっという間に県警の駐車場にいた。そこに、ミニパトが一台やってきて彩乃が姿を見せた。

 彩乃は大槻を意識するように、視線を伏せながら県警の建物内に急いで入っていく。


「なんだよ。中学生レベルか……」


 大槻は笑いをかみ殺す、ああいう初々しい反応も別に悪くないな……そう考えていた。


 昼過ぎの捜査課では、今日も課長が居眠りしていた。小さなテレビは昼のニュースを伝えていて、安佐仲がテレビを見ながら煙草をくわえている。

 人目が少ないことを確認してから大槻は弁当箱を取り出す。


「食わなきゃ失礼だからな……一応」


 自分で自分に言い訳しながら、彩乃お手製の弁当に箸をつける。


『先日、東京都港区銀座のナイトクラブから七百万円が奪われた事件ですが、警察が重要参考人としてこの店に勤めていたホステスを指名手配しました。ホステスの名前は倭 凛菜』


「やまと りんな……」


 安佐仲は灰が落ちそうな煙草を灰皿に押し付けた。

『年齢は二十三歳。事件発生時から行方がわからず、警察は彼女が何らかの事情を知っているとみています』

 テレビ画面は、ナイトクラブの外観を映し出す。

「……悠希だ」

 一人の刑事が店の中に入っていく映像だった。

「なんだ、大槻。知り合いか?」


 安佐仲の太い声で居眠りしていた課長が目を覚ます。


「はい、本庁にいた時の同期です」

「本庁の刑事か、あんなチャラそうな男がキャリア組ってわけか、世の中不公平だな! キャリアに大切なのは、顔の作りがいいことか!」

 この県警に来てから、安佐仲はことあるごとに大槻に文句を言ってくる。あの事件を勝手に自殺と決めつけたのも安佐仲だ。

 安佐仲の愚痴を、大槻は「静に!」と制止させた。大槻は席を立ってテレビ画面に近寄る。

「ちっ、おまえはどんだけ偉いんだ」

 食べかけの弁当から箸が落ちて床に転がった。

「この行方不明のホステス……あの遺体に特徴が似ていませんか?」

 安佐仲と課長も顔色をかえてテレビを食い入るように見つめた。


『ナイトクラブの店長は何者かに頭部を強打され遺体で発見されています』


「本庁に連絡をしましょう。ホステスが失踪した日と、身元不明の遺体の死亡した日が一緒だ……

 東京とこの町は、車で三時間程度。可能性としては有り得る」






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