籠絡3
翌朝、悠希はナイトクラブの現場捜査に加わっていた。店長が使用していたパソコンを開いていると、紗英から自分の携帯に『薄情者』とだけ書かれた嫌がらせみたいなメールがきた。
それを迷わず無視して、悠希は頬杖をつく。
「金谷さん」
声をかけてきたのは、窃盗事件の時に現場で指揮をとっていた警部補だ。年齢は悠希よりも一回りも上だ。
「昇進おめでとうございます、金谷警部」
「ありがとうございます」
悠希はパソコンの画面から顔をあげた。警部補の顔は、人に祝いの言葉を述べたとは思えないほど歪んでいる。
キャリアのない警官は、何度も何度も昇進試験を受けて警部に昇進できる。悠希のように試験もなく警部になれるのは、ほんの一握りのキャリアだけだ。
「警部補、このナイトクラブの経営に関わっている鷺原の動きはどうでしたか?」
「さあどうでしょうね、警部」
答えをはぐらかされた。別に聞かなくても捜査資料を探せばわかることだ。悠希はそれ以上の質問を繰り返さなかった。
出世をすれば、反感を買う。反感を買えば買うほど、出世していくのか。
────好きなだけ妬め。
悠希は、小さなため息を吐き出した。
山口のパソコンからは、交際相手や知人とのメールのやり取りの他、親玉である鷺原系組織への資金の送金の証拠となるやり取りが残っていた。
指して珍しいことではない。金額も、まあその業界の相場通りの金額だ。
支払いを遅滞したり、出し渋りをした痕跡もない。いい雇われ店長だな、それか腰抜けか。
悠希はこれ以上クラブからは何も出てこないと考えて、みさとと一緒にリンが通っていた大学に足を運ぶことにした。
「リン……本名は倭凛菜。珍しい苗字ですね。倭で『ヤマト』って読むんですね? 金谷さん」
みさとは、今日もグレーのニットワンピースにラビットファーのついた白いダッフルコートという刑事あるまじき服装をしている。
悠希は、その女らしい服装に心底嫌気がした。次の現場からは、この女と行動をするのはやめたい。上に願い出てみようと、拳を握りしめた。
紗英の情報によると、みさとの母親は科警研の科学者だと聞いていたが、その優秀な頭脳は遺伝しなかったらしい。コネだけで食らいついた役職に熱意もないのだろう。
「あ、金谷さんじゃなくて金谷警部って呼んだほうがいいですよね。今日から同期じゃなくて上司ですね」
「そうだな、今すぐそうしてくれ」
トヨタ・クラウンは都内の閑静な住宅街を走る。一見して、その車を警察車両と判断できるものはいないだろう。
「はーい。せっかく警部になれたのに勿体無いですね」
「それは、俺の名前には警部という役職が重すぎるという意味か?」
「違いますよ! 金谷さんは成る可くして警部になったと思っています。だから……もっと嬉しそうにしたらいいのにと思いました」
「嬉しいよ、これでもかなり」
悠希は、前方を見据えたまま法廷速度を遵守した運転をする。
「そうですか?」
「しつこい。もうこの話は止めだ。いいから倭凛菜の情報を読み上げろ。はやくしないと大学に着くぞ」
「は……はい! そうですね。倭凛菜、出身地は東京。彼女は生まれも育ちも東京で、父親はいません……母親はシングルマザー。銀座でホステスをしながら凛菜を一人で育てたようです」
「母親もホステスか」
「はい、凛菜はどちらかというと地味で目立たない少女だったようです。所轄の刑事が彼女の小中学校に聞き込みにいってます。色が白く綺麗な顔をしていたという証言はありますが、彼女と親しかったという人はほとんどいません。なので、性格もよくわからないですね」
クラブのホステスたちも、こう言っていた。「リンは、可愛くてお客様からも人気があったのに話がつまらなくて固定客は少ないです」「私たちにも打ち解けない子で、友達なんているのかなぁ……休日? 何をしているか? そんなの想像もできません」と。
母親は他界していて家族はない。友達もない。交際相手もいない。
彼女は何故、姿を眩まさなければならなかったのだろうか?
「それで、倭凛菜について調べていたら唯一の知り合いがいた。それが凛菜の住むアパートの隣人が教えてくれた『瀬尾このみ』という女性の名前です」
「それは、俺が聞いてきた情報だから知ってる」
「あれ、そうでしたっけ? アハハ」
『瀬尾このみ』と『倭凛菜』は大学時代の友人だと。




