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無情1


 浜辺で女性の変死体があがったという一報があったのは、深夜二時。


 地元の漁師からの通報だった。


 荒波で削り取られた海岸線は、崖が多く自殺の名所として知られていた。

 漁師たちは、そんな暗い噂を払拭しようと自警団を作り海岸線を見回りしたり、漁に出る際明るいライトをパッシングさせながら出港するようにしていた。

「今年に入ってからは、自殺者が激減した。これも、地元の方々の協力あってのことです」と署長が、自警団に協力してくれた漁師たちに感謝状を送ったのが、つい三日前の出来事だ。

「皮肉かよ」

 最近この署捜査課に配属されたばかりの大槻は仮眠室から出ると紺色のコートを羽織り、煙草に火をつける。

 喫煙の習慣はなかった大槻だが、一日中煙草の煙が充満する捜査課に勤務するようになってからは、何故か煙草が手放せなくなっていた。


 サイレンは鳴らさずに、現場に急行する。

「大槻さん、自殺だと思いますか?」

 スバル・レガシィの警察車両。捜査課の藤がハンドルを握る。

 彼等は同期なのだが、藤はいつも大槻に敬語を使っていた。

「通報聞いただけで、自殺か事故死か他殺か判断できたら警察なんていらねぇよ。ばーか」

 低い声で愚痴る大槻に、「それもそうですね! 流石だなぁ」と藤は嬉しいそうな声をあげた。

 なんだ、コイツ。人が死んだのに嬉しそうな声あげやがった、と大槻な舌打ちしたい気分だったが我慢した。

 大槻は紫煙を吐き出し、レガシィの灰皿で煙草を押しつぶした。

「こんな田舎の漁港で、万が一他殺とかだったら……どうします? サイレン鳴らします?」

「サイレンは、いい」

 鳴らさなくても、こんな時間に田舎道を走る車はない。余計な野次馬を呼ぶだけだ。


「もしかしたら僕がちゃんとした刑事になって直面する初めての殺人事件ですよ!」と、興奮気味にアクセルを踏み込む藤。

「そうだな。その気持ち大切にしとけよ。初心忘るべからずだ」

 大槻は呆れた目線と同情心で呟いた。

 窓の外は、凍てつく寒さと黒い海。そして白く美しい丸い月。

 これから向かう場所に、死体があるとわかっていなければ、穏やかな静かな夜なのにな。

 大槻は、煩わしそうに眉をしかめて、黒い海を睨み付けた。



 現場は、漁港からほど近い浜辺。砂浜の上を荒らさないように、限られた必要最低限のルートを選び歩いていく。

 まだ若い。死を迎えるには早過ぎる女性の遺体。寒さに凍りついたように肌は白く、海水で濡れた短い髪と、ワンピースから伸びる細い手足。岩に打ち付けられたのか、顔面と手足には傷ができている。

「うっ、大槻さん。僕……すみません」

 藤は、遺体を前に後ずさると乗り捨ててきたレガシィの影でえずきだす。無理もない、遺体の損傷はかなり激しい。

 大槻は注意深く遺体と状態を探る。

「県警に応援要請しました。司法解剖してみないと死因も特定できませんね」

 紺色の制服を着た機動捜査隊が数人、現場の状況を話し合い、克明に記録していた。

「溺死だろ。自殺で決まりだな。この辺りは、波が荒く、ただ飛び降りただけで身体のアチコチに打撲傷ができる。同じような遺体を何体もみてきただろ。

 潮の流れからみても、そうだな……あの辺りの崖から飛び降りた可能性が高い」

 機動捜査隊を指揮するのは、安佐仲という中年の男だ。安佐仲は、事も無げにそう判断した。

 それに対して誰も反論しなかったことに、大槻は驚いた。

 安佐仲が、指差した崖からは赤色灯が回転しているのが見えた。警察車両だろう。

「どうだ、あったか?」

 安佐仲が、無線機に向かって問いかける。しばしの沈黙。

 雑音が混じり、無線機が応答する。

「……っありました! 女性物の靴と、遺書らしきもの発見」

「りょーかい」

 無線機は役目を終えて、安佐仲のウエストに装着された。

「まず、自殺と判断して間違いないだろうな。大槻、うちに来て初仕事だがお前さんの出番はなさそうだな。寒い中ごくろうさん。帰って仮眠でもとってろ。明け方には、司法解剖の結果が出る。おそらくは、溺死だろうけどな」

 安佐仲の手が大槻の肩を叩く。労いの意味だ。

 けれども、大槻はその皺の刻まれた手を叩き落としたい衝動をグッと我慢した。奥歯を噛み締めて、拳を握る。


「藤を連れて帰ってくれ。あいつ今夜は眠れなそうだな。お気の毒に」


 レガシィに手をつき地面を見つめたまま動かない藤に我慢できず舌打ちをした。

 遺体をもう一度注意深く観察する。目立つ外傷の位置を記憶する。服装も記憶した。顔は傷が一番酷く判別不能。でも、輪郭から見ても整った容姿であったに違いない。

 大槻は、遺体に両手を合わせた。


 彼女に何が起こったのだろう……


 生憎、大槻は自分が興味を抱いた物事に執着しないということが出来ない人間だった。浜辺から、レガシィに引き返すと藤の背中を後ろから力一杯叩く。

「イタッ! 大槻さん、ひどいっすよ!」

「目が覚めただろ? 車を出せ。あの崖に行くぞ」

「崖? 無理です! 高所恐怖症なんです!」

「なら、置いていく。歩いて帰れ」

 大槻は運転席に乗り込むと、エンジンをふかせた。

「いやですよー! 待ってください!」

 車が発進する寸でのところで藤はレガシィの後部座席に飛び乗った。しかりと、シートベルトを締めると「酷すぎます」と不平を口にした。




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