「恋に落ちたら」
古いアパートの一室で私は、ベタベタに甘い恋愛映画を見る。
時々笑って、泣いて、切なくなって。でもやっぱり最後に行き着く先は、やっぱり泣いた。
私は、小物や雑貨を専門にしているデザイナーだった。デザイナーとは言っても売れてる方ではなく、売れてない方に属する、そんな普通のデザイナーだった。仕事は来るし、成果も割と普通にあげている。
だから、デザイナー仲間でも、男性服を担当するデザイナーの男と付き合う機会があった。もう別れたが、とにもかくにも、自分の自慢が大好きな男だった。そんな男だったから、浮気をしたのだ。それも一度ではなく、何度も何度も。酷い時は複数の女と浮気していた事もあったらしい。
彼は言った。私のような「地味で生きていてもしょうがないような女を相手にしてやっていた事に感謝しろ」と。私は、当然のように「別れて」と言って、一発殴ってやった。それからは、その男の一言に傷付いた私は一人で居ると、必ず泣いた。
会社に行けば、綺麗な顔をした男が近付いてきた。
赤茶色の髪に、金色のメッシュを入れた男は、私に近付くなり、「ようやっと別れたのか」と呟いた。
私の頭一個分より高い身長の彼はパッチリ二重の瞼を少し閉じて私を見下ろす。
私が勤める会社は、中ぐらいの規模の会社で、ビルの三階を借りて経営している。デザイナー達を集め、比較的安価な値段で衣類や小物、雑貨を販売し、売上を立てている。売れているデザイナーのデザインした商品は高く売られているが、そんなに売れてない者達がデザインする商品は安い。
そうやっていつの間にか上下関係が出来上がるのが、この仕事ならではである。
「嶋野さん、」
「なに」
「男と別れたんなら、今度は俺と付き合って。それで、俺に弁当作って」
思わず、口がポカーンと開く。周りに居る女性陣からの殺気混じりの視線で死ぬかと思った。
「それで、俺の家で掃除とかしてくれると嬉しい。てか、一緒に住もう」
「や」
「え」
「や!」
「な、なん…っ!?」
「私は家政婦じゃないのよ」
「わかった。もう少し時期を見てからにしようと思ったけど、やっぱり辞める」
不意に私の肩に彼の大きな手が置かれた。
「ちゃんと大事にするから、俺と結婚してください」
「は?」
「嶋野さんがコンプレックス持ってるまな板だって、俺が毎日愛情持って育ててあげるし」
コイツ、なんでパット入りブラしてるのがわかったんだ。
私は貧乳である。Aカップから育たないもんだから、ブラはCカップのものを買い、分厚いパットを何枚か重ねて付けてる。
「ダイエットだって、たくさん汗流せば、痩せるでしょ」
どういう意味だ!
に、逃げたい。逃げたいのに逃げられないのはコイツがガッチリと私の肩を掴んで離さないからだ。
そういえば、女性陣の殺気混じりの視線が消えた気がする、と思って視線を上げれば、サッと視線をこちらを見ないように、各々視線を明後日の方向に向けている。そんなに関わりたくないか、畜生。
改めて目の前の男に視線を向けた。
赤茶色に金色のメッシュが入った髪。パッチリ二重の目の形は最高に良い。筋の通った鼻に、形の良い顎ライン。薄い唇はなんだかセクシーだ。
見た目は最高に良い男。彼は、この年に立ち上げた企画でうちの商品と、彼のブランド物を取り扱う会社とのコラボ商品を開発しに毎日のようにうちの会社にやってくる。というか、彼の会社は、このビルの最上階にあるので、エレベーター一本で行き来が出来る。
「結婚してください」
「いいよ」
鬼の形相で言ってやったのに彼はトロリと顔を綻ばせ、私の弁当を奪って、自分の会社に戻って行った。
「……昼抜き…」
「嶋野ー諦めろ。幸原はゴキブリホイホイの粘着部分よりも協力な粘着質だぞー」
そう言ったのは、同僚で、幸原と仲の良い男だった。
「アイツな、お前が田中と別れるまで、田中に女送り込んでたんだからよ」
田中、とは私がこの間まで付き合っていた男である。
「なにそれ!怖っ!!」
「幸原はな、嶋野が大好きで大好きで堪らないんだよ。それでも襲われなかったのは俺が必死で毎日毎日毎日毎日まーいにーち、アイツを押さえ込んでたからだ」
「ありがとうございます」
心から礼を言った。
アイツなに。アイツ怖い。
そして、一週間後には式を挙げた。
同僚の男曰く、この日の為に、幸原はすでに式場の予約を取り、私の両親に挨拶をし、とかなり手を回していたらしい。
「アイツ怖い……」
「諦めろって」
それから、数ヶ月して妊娠が発覚し、子供が5年の間に三人も生み、そして彼はいつものようにトロリと顔を綻ばせ、子供達を愛で、私をいっぱい愛してくれたのだった。