希望が・・・あるのかもしれない
「!?」
これには俺もさすがに驚いた。どうした俺よ。
自分の幻聴が自分のことを不審者と言っているぞ。そんな悲しい事がありえるのだろうか。
そう思った瞬間に、足元を思いっきり何かに押される。俺は薬缶を放し、派手な音を立てて派手に転んだ。
あーーあ。薬缶の水が床を濡らす。びっしょびしょだぁぁ~。水は大事な資源なんだぞ。地球の有限な資源の一つなんだぞ。大事にしなくちゃ罰が当たるだろうが。・・・いつも節水してないけど。
―――ってそれよりも気になることがあった! 俺は慌てて周りを見る。するとそこには―――
夢の中に出てきた可愛い少女がいた。頬をふくらませ、汚れたものでも見るかのような視線で。
「・・・・・・・」
数秒間重い沈黙が流れる。俺の方は完璧に、この意味不明な状況に混乱して言葉も出なかった。
―――先に口を開いたのは少女の方だった。
「あんたなんなの!? 人を無視すると思ったら今度は、急に叫んで! すごくびっくりしたじゃない!」
―――その声はまさしく幻聴の声と同じだった。つまり幻聴じゃなくてもともとこの少女の声だったのか。たぶんこの少女の背が小さすぎたから俺には見えなかったのだと思う。少女が続けて言う。
「黙ってないで何か言ってよ! それとも何? あんたは普通の人間とはしゃべれないほどのバカなの!?」
・・・・・初めてだ。初対面でここまで罵倒されたのは。まあ、とにかく理由はわからないが、いつまでも黙ったままではこの状況を理解できないだろう。とりあえずこの謎の少女と会話をして情報を集めよう。一応・・・人間だよな? もしかしたら中身は妖怪・・・なんてオチはないよな?
まずは、お怒りのご様子なのでとりあえず普通に謝ってみる。
「ごめんね。俺は普通の人間だよ」
「・・・・・」
うん? なんか今俺やばい事言わなかったか? 少女は何も答えない。さっきまでと同じ、汚れたようなものでも見ているかのような視線を当ててくる。というか、なんでそんな気持ち悪そうに見られなきゃいけないんだ? 俺。
とりあえず―――
「お家はどこかな?」
・・・頬をビンタしてきやがった。しかもかすりという地味に痛い攻撃をしていた。中途半端なパンチとかすり攻撃だったらかすりの方がよっぽど痛いと俺は思う。どうでもいいか。
少女はぷんぷん怒りながら続ける。
「いいから! 話があるの! とりあえず真面目に聞いて!」
俺は濡れた床に座りなおす。とりあえず話は聞いてやろう。その後にこの謎の少女を警察に渡せばいいだろう。そうすれば、偶然俺の夢の中の少女と似た人間が家に不法侵入したということで一件落着する。
普通の人なら(特別な好みの人を除いて)迷わずに警察に突き出していただろうが、俺は美少女に興味がある。こんなにも三次元なのに可愛いと思ったことは初めてなので、すぐに警察に渡したくなかったというわけでもある。
しかし、そんな少女から飛び出た言葉はとんでもないものだった。
「今日の朝あたしがいなかったら死んでいたのよ、あんたは。 だからあたしに感謝することね」
「・・・・・」
まさかの死んでいた発言。さらに感謝しなさい宣言。そんな台詞に俺は思わずフリーズする。何を言っているんだろうこの子は。
俺はこの少女に朝会ってないし、ましてやこの少女に助けられるようなことをした覚えはない。
―――なんだ。俺はふっ、と息を吐く。
もしかしたら、と内心ビビっていたけれど、やっぱり違ったようだ。もし今日の夢が本当だとしたら、俺は少女を『助けた』方だもんな。助けられた方じゃない。良かった良かった。
俺は安心すると、少女に優しく大人の笑顔で言う。
「ありがとうございました。ではお帰りを」
・・・今度は連続ビンタか。しかもなんだ、全部かすりヒットって。地味どころか普通に痛い。少女を見るとどうやら彼女は本気で話しているようだ。まあ、しょうがないか。たぶんこの少女の精神年齢はおとぎ話を信じるレベルだ。俺はとても優しいので、もうしばらく妄想に付き合ってあげることにした。
「それで? 君は何がしてほしいの?」
「・・・・・」
少女は何も喋らない。あれ? 俺なんかまずいこと言った? 少し不安になる。
確か三次元の住人にはプライドが高いのが稀にいる。そういうやつのプライドは下手に傷つけると面倒なことになるということを俺は知っている。
「・・・協力してほしいの・・・」
かなり小さな声で言ったが、ここには二人しかいないし、周りは静かなのではっきりと聞こえた。なんでこんなに小さな声なのかわからないが、確認してみる。
「協力してほしいの?」
「べ、別に無理に言ってるわけじゃないの! あんたが協力したくないっていうのなら、別にいいのよ!?」
今度はさっきと違い顔を真っ赤にさせてそう言う。意味が分からない。どっちなんだよ。思わず突っ込みたくなるが、またビンタされそうなのでやめておく。っていうか、協力って何の協力なんだ? 説明が不十分すぎる。まず、この少女の存在自体が謎なんだが。とりあえず面倒くさい事はしたくないので―――
「じゃあ協力しません」
俺はそう答えると、立ち上がり薬缶に再び水を入れ始めた。
ガバッ!
・・・まさかの不意打ちだった。少女が俺に抱きついてきたのだ。俺は薬缶をまた落としたため、床が濡れたが、床より少女の方が気になっていた。抱きつくといっても、小さいのでほとんど抱いているのは腰ら辺だが、それでもすごくドキドキする。
「お願い。協力して・・・」
心臓をバクバクさせながら少女を見る。少女はこっちを見ながら少し瞳をうるうるさせていた。
―――こんな目で見られたら、おそらく全ての男がこの少女に惚れてしまうだろう。そう考えてしまうほど可愛かった。そして同時に「助けてあげよう」と言わせざるを得なかった。
少女の小さな鼓動と、体温を感じた。