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逃亡  作者: 柳岸カモ
7/10


6・





電車に揺られる。揺られるっていったってたいした揺れはない。さーっとながれるように走る車両。

「俺、電車とか、久しぶりかも」

さっき名札の名前を見た。西脇。西脇…知らないな。

「ふうん」

そう言いながらも「電車とか」って、ほかにはなんだよとか、「久しぶりかも」って、自分のことだろとか考えていた。矛盾してる。人のこと言えた義理じゃないけど。



「真中さんて電車通学なんだ」

 途切れた会話を埋めるようにして出た言葉。今産まれたのね、テキトウに、考えなしに。でも、今は許すよ、だって、そういう人なんでしょ? 西脇、というこの人は。

「うん」

「どこから?」

「黒沢」

「えっと、黒沢って四つ先だっけ?」

 また、そんなおかしなこと言って。分かってるんでしょ、と言いたい気持ちは胃の中に閉じ込める。

「三つさき」

 まじでか、と西脇は大げさに言った。カレーを食べ終わった鍋の、淵に着いたカレーがぺらっとはがれた時みたいな、爽快な、まじでか。それには嘘はなさそう。きっと、悲しいってことを知らない、そんなさわやかさ。無知の幸福。

「俺、五つ先からチャリなんだけど」

「嘘」

 本当に驚いた。横を見る。自転車は学校に近い家のやつが乗るもんだろ、と突っ込みたくなる。でもそれも押し込めて。

「何キロくらい? 」

「さあ? 」

「わかんないの… 」

 諦め交じりのラストセンテンス。変な会話。かみ合ってるはずなんだけど、でも何かずれてる。前に向き直り、頭を上げ、窓に映る自分と外の流れる景色をぼんやり眺めた。

ねえ、これがあたしの住んでる世界なんだって。信じられる?

そう思って隣をむいた。

「うん。いつも同じじゃないし」

 センテンスはつながっていた。

「え?」

「毎日違う道で来てるから。雨の日は一番近道だし、暑い日は川沿いので来る」

 ふうん、そう。言葉は喉に引っ掛かっている。胃から出てきそうなほど、溢れそうなほど。

「電車、いいね」

「雨の日くらい、電車にすれば」

「考えてみる」

 雨の中、傘を盾にして自転車に乗る西脇…


「傘差し、捕まるよ」

「そんなバカな」

「ほんと」

マジの顔で言う。当然でしょう。

「…冗談っしょ?」

「冗談じゃないよ」

西脇はまた大げさに、まじでか、と言った。

痛い、でも痛い顔はしちゃダメだ。



電車が黒沢に着いて、停まった。

「降り口は左側でございます」

人が流れる。流れに沿って下りる。扉を交差する。歩きながら、アナウンスの真似をして、小声で

「でございます♪」

と西脇が歌うように言った。そして上機嫌に鼻歌まじりで、くるくるまわりながら歩いている。ちらっと後ろを見て、ああやっぱりこの人なんか変、そう思った。

「どこなの、そこ」

「うえ」

あ、そ、と西脇が言う。あたしと歩いていて平気なのか、この人はと、ふと疑問に思った。

「楽しみだなあ」

西脇の一言一言がいちいち気になる。この人の存在は何か、どこか、変。どこ、とは言えない、そこも変だ。

「別に、普通の喫茶店だよ」

あたしの言葉遣いまで、何か変。

「真中さんさ、」

西脇がぐっとあたしの腕を掴んだ。そして引き寄せられる。ちょうど家まで一キロの、駅のホーム。

 

「エンブレム、折れてる。さっきから気になってたんだけど」


顔が近すぎて、腕が自分の腕じゃないみたいに固まった。痛い、痛い。何か痛い。

「自分でやった?」

 そんな顔してたんだ。目、意外と小さい。そらせない。匂いがする。甘い、ペこちゃんのアメの匂い? それとも香水?

「これ、めっちゃ高いの知ってる?」

突然現実に引き戻されるような感覚。

「知って」

 ぱっと離れる。

「る」

「大事にしないと、服装検査、引っ掛かるんじゃない?」

西脇の長い足が、私を追い越していく。

「引っ掛からないよ」

声は自然と、大きく出た。


 



西脇のただ乗りは無事成功するだろう。ここまできて見つかることはまずない。

「やったね」

うん、そだね、と階段を登りながら言う。長い階段。声が突然響きだす。

「あのさ」あのさー

「うん」うんー

「いや、なんでもない」いやなんでもないー

「なにそれ」

「真中さんてさ」


「俺のこと知ってたあ?」

西脇が、ちょっとだけ期待してるみたいに見える。迷わない。迷った風に見せたほうがいいのかな? いや、素直が一番でしょ。

「知らなかった。今もだけど」

 うつむいた、隣の頭。

「やっぱり」

 予想は外れて、痛みはなかった。


商店街を並んで歩く。中国雑貨のお店。花屋。生パスタのうまいレストラン。

「ねえ、どこ」

西脇。

「もうちょい」

「何食う?」

「なんでもいいよ」

「俺、金ないかも」

だから、ないかもって何よ、と思いながら

「あたし、あるよ」

とぼそり。

「まじ?」

嬉しそうな西脇に、やられた、と思った。

ねえ、西脇なんていうの? と心の中で言ってみた。もちろんその声が届くはずはない。





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