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逃亡  作者: 柳岸カモ
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3・





「真中さん」

わたしが教室という空間で生きられない人間だということを知ってか知らずか、声をかけてくる子がいる。「真中さん、次の授業、美術だよね?」

 やれやれ、こういう、何も知らずに関わろうとする人間が1番厄介で、流す、の部類に一番しっくりくる。

「選択授業、美術じゃなかったっけ?」

「そうだけど」

 その子の質問に答えることは簡単だ。しかし厄介なのが、その後も会話が続行することであって

「よかったあ。一緒に行ってもいい?」

 やっぱり。


予想はしていた。この、名も知らないクラスメイトが昨日、グループから弾き出されたということ。それが原因で、彼女は孤立したこと。そして、真中という、クラスの中でも浮いた――今のこの子に言わせるところの同類(これはあたしの主観)、他のクラスメイトから言わせるところの余り物(これはあたしの客観で多分正解)の――存在に目をつけたこと。こういうことは、まあよくあることで、飽き飽きしているくらいだ。ようは、自分が一人でいることが嫌なんだろう。誰だってそうだ。ただ、それをこらえる気力があるか、ないかは個人差があって、個人ていうのは交ざり合っているから強調されてくるのであって、人間関係は、だから面倒なんだ。

「一緒に行こうよ。」

あくまで好意的に明るく振舞うこの子を、さらに傷つけたくはなかった。目の下にはだとだけどクマがあるようだし、髪はもっさりとまとまっていない。たぶん昨日は眠れない夜だったんだろう。きっと家族には言ってない。当たり前だ。この子はまだ希望を捨てていなかったんだろうな。今日の、この休み時間までは。そんな空想を巡らすと、なんだか自分のことみたく思えて気の毒にはなる。でも私にこの子と仲良くする必要があるだろうか。私はごめんだ。そんなに一人が嫌なら、学校なんて来なければいい。一人が嫌で、それでも学校に来なければならない、そういう葛藤があるうちは、一人で静かに考えたほうがいい。そう、私はいつだってそうしている。私とつるみたい? まさか。お断りだと、はっきり言うべきか。

また、私はトリップする。空間と空間を移動すれば世界は万華鏡になる。黒、白、緑、赤、橙、色達は発光して一瞬でキラリと透明になる。そして世界は失った色を取り戻すべく動き出す。侵食する色。世界が肩にかかれば、夢みたいに切れ切れのラジオの音を持つ。見える。手もあたたかい。これは、あのとき、こうしていたらああなっている自分の住む世界。綺麗。こんな世界、みたこともない。最良の決断、格好良く、うまくやれている自分、楽しげな生活。親友というべき人物に出会う、生涯その人と仲良く支え、支えられながら生きる、そんな空間世界。もんもんとなにかに打ち込んで、今よりもさらに他者との交流を断っている自分のいる空間。

音は流れて消えるのに、色はいつまでも消えようとはしない。あたしの存在なんて消えてしまっていいのに! どうして、どうして逃げられないの、ここから。

すうっと鼻から息を吸う。


「ごめん、私、一人でいく。」


どんな決断を下したって、生きていける。生きていかなくちゃ。どんな結果になって、どんな未来がやってくるかは、その時にならなければわからない。最良なんて、分かってたら誰も間違いなんておかさないし、現に私は今、大きな間違いをおかしたかもしれない。親友となりうるかもしれないこの子の言葉を無視して、私はひとり、歩くことにした。立ち上がりながら更に私は自分の未来を切り取った。

「馬鹿にしないでよ。」

 切り取るのは、クリック一つでできる。それが簡単なのはきっと時代のせい。あたしのせいじゃない。やがて切り取ったことだって忘れる。痛みまで手離せば、やがては元に戻れるような気がするから。

ねえ、編集機能はもうタイムアウトなのかな?


…その後、あの子がどうなったかは、私には関係のないことだ。どうだっていいとか、そんな単純なことじゃないのは分かっている。それでも私の思想の中には、彼女を受け入れる余裕は無かった。そういう決断が、私を形づくる。無神経、偏屈。どれもしっくりはこないけれど…孤独なのは、正解だ。最高級の孤独は、悲しさすらない。惨めなのは最初だけで、なんでもかんでもおかしな方向に持っていっていい。そうすれば睡魔が押し寄せてくる。押し寄せれば、眠れる。眠れば、孤独も味噌もくそもないんだ。みんな眠れば一人だ。








 晴れた日。私はまたホームに立っている。自分のこと、未来のことなど、もうどうだっていい、考えるのさえ疲れた。

放心状態で、口を空けて間抜けに立っている。授業で時間を埋めて、とりあえずは生きた証を立てた。今日はもう死んでしまっていいはずだ。肩にかかる鞄の重みは、きっとあたしの命より重い。あたしには、経験もないし、学力もない。間違いを正す勇気もなければ、自分を毒入りパンに例えることもできない。ふっと溜息が漏れた。疲れた。

自販機に、大きな蛾がとまっている。斑点と、白い4枚の羽。その姿は虫というより一枚の絵画。青いタイルの上に止まった、立体絵画。さらさらと音をたてて砂のように崩れてしまいそう。

(風、吹くな)

心の中の叫びが外にも聞こえてしまったように思って、周りを見る。誰もかれもうつむいている。まるであたしがたくさん溢れてしまったみたい。

最近、あたしが一杯で困る。みんな孤独で死んでいる。

みんな生きるのが下手なせいだ。うつむいて、必死に自分の存在を消しているんだろうか。それとも自分なんてそもそもいないんだろうか。

次の電車の到着は、まだである。



「真中じゃん。」

後を振り向くと、押川が立っていた。

「お前さあ」

押川は何か言いかけて黙った。私はなるべく目を見ないようにする。困ったことに、あたしは今完全に無防備だ。なにも準備をしていない。

「なんか…いや、やっぱいい」

今はいつも一緒に群れているやつらがいない。そしてあたしも無防備で、つまりお互い様なのかもしれない。焦る頭の回転はマックスで、オーバーヒートしてしまいそう。

「あのさ」

やっぱり何かいいたいようだ。私は殴られてもいいように、身体を硬くして次の言葉を待つ。

「いや、その、いつも、殴ったりしてさ」

顔をあげて、押川を仰ぎ見た。その画面にあったのは笑顔の押川とその曲がった眉。


「ごめんとか、言うと思うか? タコ 」

凍った身体が熱を持って弾かれた。強い拳がまともにみぞおちに入る。予想を超えた。今、あたしは本当に、自分自身、痛みを感じている。痛い、痛い。逃げられない。逃げられないという、恐怖。

「なんか、お前見てると殴りたくなるんだよな。」

どこかの漫画で聞いたことのある台詞だ、と思った。

蛾が飛んでいく。

それは、壊れた絵画。

壊したのは私。

自販機にもたれながら、腹を押さえた。

降参だ。もう、あとは好きにすればいい。


「なんか、言うことは?」

睨まれるのを感じる。けれど、恐怖ではない。これは諦め。

蝶が逃げた。

あたしは逃げ遅れてしまった。

壊れた絵画。

どこにいったの? 私はなぜ、こんなに苦しんでいるんだっけ。

「……… 」

言葉にならない声。口だけがのろのろと動きたがる。

「聞こえない」

押川、お前、なんで


「…なんで、そんなに楽しそうなんですか…」


けらけらと高い笑い声が響く。ホームにいた人達がこっちを見ているような、そんな、気がする。

「さあ? わかんない。」

 私は、これ以上風が吹かないことを祈って、目を閉じた。

平手が何度も何度も襲う。

痛みはない。ぎゅっと身体をかたくしていたら、なんだか眠たくなった。

また違う世界に行けるような気がする。




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