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逃亡  作者: 柳岸カモ
10/10

9・






あたしはまた、くだらない日常に戻ってきた。毎朝電車に揺られて、押川に出くわせば殴られて、逃げて、時々、父さんのことを思い出して。

 

真中 たぶん 好き


あの手紙は、制服の胸ポケット――エンブレムの刺繍の裏――にしまってある。これから先エンブレムをにぎりしめる時がきたら、あたしは西脇を思い出す。そんな気がする。




空間と空間を移動する。

勇気とか希望とか、そんなものはあてにならない。

信じられるのは、出来上がった未来。つまりは現実。それが受け入れられなければ逃げる。息をきらして。

つらいことまで掴むなら、あたしは何も掴まない。何も知らない、ままでいい。

間違った選択では、ないはずだから。





駅前北口。噴水から飛び散るひかりと水。

思い出すのはダルメシアンのドンのこと。死んだ時はほんとうにカチコチだったドンの体。

父さんは、ドライアイスでひんやりしていた。

誰にしてもらったかわからない、手にかけられた数珠は胡桃の殻でできていた。それもすっかり凍ったようになっていたっけ。それを触りながら、私は思い出していた。父さんの好きだった、吉田拓郎の歌。「旅の宿」。

それはたぶん、罪の歌だ。



またあたしは、ここに立っている。

ダルメシアンのドンも、諦めた父さんも、ここにいる。

そう思って立っている。

醜い顔をしたあたし、醜い過去。

すべてから逃げる。

それが唯一できることで、提出課題。

こなせばギリギリでも生きていける。そんなことばかり考えていると、おかしくなりそう。

 

バスを待つために設けられたベンチに腰掛ける。

未来は、逃げるために用意されている。






「純」


父さんが陽炎でゆらゆらしている。


思わず腰を上げて、目を凝らす。



「まだまだ逃げろ。いつか、意味くらいわかる」


そう聞こえたのは、幻聴だったのだろうか?

私はそっと、口の中でそれに答える。父さん、もう、意味は、わかったよ、と。


くっと顔をあげて、私は歩き出した。駅は、どこまでも続く道に似ている。

どこまでも逃げられる気がした。








  終


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