第四話
【4】
リズリヴェッラ・リズリヴェートの双子と、彼らはとても仲良しだ。
双子は彼らの真下の部屋に住んでいる。双子はとてもいたずら好きである。姉のリズリヴェッラは四歳で、弟のリズリヴェートは五歳である。でも、彼らは自分たちを双子だといい、リズリヴェッラが姉で、リズリヴェートは弟だという。二人はとてもよく似ている。いつもおそろいの服を着ている。リズリヴェッラの髪は赤で、リズリヴェートの髪も赤い。リズリヴェッラは巻き毛で、リズリヴェートはさらさらしている。リズリヴェートは意地っ張りで、リズリヴェッラは愛らしい。
リズリヴェッラは黒い鳥を飼っていて、リズリヴェートはキリンと仲良しだ。猫とはお互い干渉しない。イヌは難しい話をするので、二人ともあまり寄り付かない。シロクマやハト、羽つき馬とも、それほど仲良しではない。では、くじゃくどうか? 二人ともくじゃくが嫌いである。くじゃくは滅多に出会わないが、ときどき現れることがある。
くじゃくは預言者である。くじゃくは何でも知っているが、その知識は黄金よりも重いので、容易に何か言うことはない。くじゃくに知識を乞うときは、王侯貴族にたいするように、礼儀をつくす必要がある。大きな白い鳥はいくらか言葉を通じているが、くじゃくの方がたいへん位が高いので、彼はくじゃくを王と呼ぶ。
くじゃくは、ときに予言をすることもある。それはかならず成就される。彼は賢者で、預言者である。羽根は実に美しい。赤や緑や黄色やだいだい色で、たいへん大きい。双子はくじゃくが嫌いである。あまり寄りつきたがらない。
あるとき、くじゃくが大階段のちかくに現れたことがある。くじゃくは大変めずらしいので、みな見に行った。するとくじゃくは落ち着き払った様子で一つ一つの顔をながめ、やがて溶けるように消えてしまった。彼は、集まったの人々のうちの誰かが、『なぜ雨がやまないのか?』と尋ねようとしていることを感じ取ったので、機嫌をそこねたのだということになった。それはいかにもありそうだ。
くじゃくには、どれほど丁寧に乞われても、たった一つだけ、決して答えないことがある。知らないのか? 答えないのか? それは誰にもわからない。だが、くじゃくは雨について問われることをとても嫌う。
双子に言わせると、くじゃくはきっと何かとんでもない隠し事をしている。双子はくじゃくが嫌いである。くじゃくのことをこんなふうに言ってよいのは双子だけだ。この双子だけが、あの偉大なる預言者の何たるかを知っているように振舞うことができる。
双子は何日かに一度、二人の部屋に上がってくる。それはもうせわしなく、競争するように上がってくる。二人はいつでも駆けている。
クインシーもミシェルも、どちらのこともリズと呼ぶ。双子は、それがどちらの「リズ」か、ちゃんと分かる。まちがえたことはない。クインシーが「リズ」と呼ぶとリズリヴェートが返事をし、ミシェルが呼ぶとリズリヴェッラが返事をする。次にクインシーがリズと呼ぶと、今度はリズリヴェッラがまた返事をする。
「やあ、リズ。また来たの」
「ジョルジェットはいつ来るの?」
双子はドアのそばで、ならんで足踏みしながら忙しく尋ねる。「お入り」と言われるのを待っているのだ。
クインシーは少し困る。「彼女がいつやって来るかなんて、僕らにわかるわけがないじゃないか」
「でもジョルジェットはここに来るじゃない」
今度はミシェルが答える。「たまには来るよ。でも、来ない日の方がずっと多い」
リズリヴェッラが唇をつんととがらせる。「そんじゃ、ジョルジェットはどこにいるの?」リズリヴェートがつづける。「困ったねえ、僕らジョルジェットに会いたいのに」
やっとミシェルが「まずはお入り」と声をかけた。双子はとびこんできた。そしてそのまま、めいめい部屋の中を駆け回り始めた。
「ああ、君たちったら、僕の絵を踏むなんて!」
クインシーが手を伸ばしてリズリヴェッラをとっ捕まえた。リズリヴェートはすり抜けた。まだ絵の具が乾かないところを走ったので、リズリヴェートの足の裏には、べったり絵の具がくっついてしまった。
「床に絵なんか描いてあっちゃ、なんのための床なのさ?」
リズリヴェッラもクインシーに抱っこされたまま、はだしをぶらぶらさせていった、「床って踏むものだと思っていたわ。きっと床だってそう思っているわよ」
ミシェルはリズリヴェートの足の裏を拭いてやろうと思ったが、あいにくちょうどいいタオルがなかった。クインシーが片っ端から絵の具まみれにするからだ。「リズ、わかっているね。君はそこから一歩も動いちゃいけないよ」
「そんなの僕の責任じゃない。だから僕はどこだって自由に歩いていいんだ」
「僕はこのただでさえひどい、めちゃくちゃな色の混沌の芸術に、さらにちっちゃな足の跡があちこち散らばっていることによる意味深さまで付加されるのを黙って見ているつもりはないんだよ」
「混沌ってのはいい表現だ。彼の絵ときたらまさにそんな感じだもの」
リズリヴェートが大いに感心したように言った。クインシーはリズリヴェッラを小脇に抱えて、リズリヴェートもつかまえようとしたが、この小ちゃな悪魔が逃げ回るので、床はあっというまに足跡まみれになった。ミシェルが「なんてこった!」と天井をあおいだ。
クインシーはリズリヴェートをつかまえるのをあきらめて、リズリヴェッラも解放した。
「君たちの大好きなジョルジェットのお気に入りさ。もっとも、こんなになっちまった後でもそう言ってくれるかどうかはわからないけどね!」
そこで双子はジョルジェット、つまりエンダイーヴ・コリーのことを思い出したようだった。
「ああそうだ、僕らジョルジェットに会いたいんだよ。彼女の歌を聴きたいんだ」
「ジョルジェットの歌を聴かなくちゃ」
それは本当だった。双子はエンダイーヴ・コリーの歌声に依存している。双子だけでない、この街の多くのものが彼女の歌に依存する。だが、とりわけ双子は、彼女の歌声がなければいられない。どういうわけか、そうなっている。双子はそのことをよく知っている。
クインシーとミシェルとイヴの『発表会』に、双子が来ることはない。彼女がやってきて歌うとき、双子はたいていここにいない。いっしょに座って聴いたらよいのに、そうしない。どこにいるのか? 秘密である。それは双子しか知ることがない。探したら見つかるだろうか? 無駄である。そんなとき、双子はどこを探してもいない。クインシーもミシェルも、双子を気にかけることはない。この街のルールがそうなっている。いつ、どこに、だれが、なにがいるのかってことを、思い浮かべたり、気にしちゃいけないことになっている。そんなことをすると、どういうわけか、よくない。
「ミシェルがピアノを弾いてくれるよ」
「ピアノだけじゃだめだ。ジョルジェットの声がなきゃ」
「それで、探しに来たのよ」
リズリヴェッラはとてもまじめな顔をする。「こんなこと初めてだわ」
リズリヴェートがあとを続ける。「僕たちも少しとまどっているんだ」
「くじゃくに訊いてみたら」
クインシーが提案する。それは実にとんでもない、びっくりするようなアイディアだ。なにしろくじゃくは滅多に姿を現さない。出てきたところで、教えてくれるかわからない。それがくじゃくだ。だけれどこの街の住人は誰だって知っていることだ、誰かがここにいないときは、誰も知らないどこかにいて、出てくる時まで出てこない。会える時まで決して会えない。そういうふうになっている。
エンダイーヴが赤い傘でこのアパルトマンにやって来るとき、双子はどこかに行ってしまう。エンダイーヴと双子は、さそりの星座と狩人のように、出会えないようになっている。双子が聴くのはエンダイーヴが帰ったあとの、部屋に残った歌声だ。このあいだ双子は来なかった。たしかその前も来なかった。その前となると、そんな昔のことなんて、誰もおぼえていられない。
「くじゃくだなんて! 私、あいつが嫌いよ。なんだかわからないけど、とても嫌い。好きじゃないってこと」
「僕だっていけ好かない。なんだかわからないけど、僕はほかのものはみんな好きなのに、あいつだけが好きじゃないんだ。あいつを見ると、このへんがそわそわするんだよ」
「でもイヴの声がなきゃどうにもならないじゃないか」
双子は困ったように、お互いの顔をじっと見る。「そうね?」とリズが言い、「そうだね」とリズが言う。双子は大切なことを決めるとき、かならず二人で話し合う。
しばらくして、リズリヴェッラは急にクインシーを見て笑い出した。
「まあ、いやだ。クインシーったらずいぶんときたないシャツを着ているわ。気がついていないの?」