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(第八話) 哀れ忠信の最後(二)

 春の雪も消え去り、基治の屋敷には新しき芽が息吹いていた。あたかも二人の兄弟の話が語られる中、その思い出の風が吹いている。


 弁慶はその時の忠信に起きた不運の様子を語り続ける。

「忠信は、そのとっさで、己を売り物にされたと悟ったらしいのです」

 悲しいか、忠信がいない間にその女には新しい恋人ができていたのである。

「その新しい恋人という男が、頼朝の側近である梶原景時の息・三郎景久であったというのです」

かやにとって忠信は、未だ愛しい男であったのだが、もはや気持ちの方は、新恋人である景久に傾きつつあり、なにより密告の褒美に目がくらんだ末の行動だった。

 忠信を騙してしこたまお酒を飲ませ、ぐっすりと眠らせて、彼女は新恋人・景久のもとへ走り、忠信が自分の家に潜んでいる事を密告したというのが本当のところだった。

 しかし、この忠信を囲んでいる兵らは景久の軍勢ではなかったのである。


 褒美に目がくらむ、かやから話を聞いた景久は、とっくの昔に、かやと忠信の関係を知っていたのである。それを承知で、元恋人の居場所を密告してきた彼女が不愉快に思い、その情報を握り潰したのであった。

しかし、すでに恩賞に目がくらんでいるかやは、行動を起こさない景久に見切りをつけて、とっさに、江間小四郎(北条政子の弟=北条義時)へ知らせに行くことになる。

 義時は、その情報を得ると、二百騎の兵を率いて出陣し、忠信のいるかやの屋敷へ兵を差し向けたのである。

あろうことか、義時の軍勢に囲まれた忠信は、大事な刀がかやに持ち去られたことに気がつく。

「この状況に、大事な刀が無ければどうにもならん!」

 絶体絶命のこの危機に、忠信は、建物の天井を破り、屋根へと抜け、屋根づたいに走ってから道へと飛び降りたのである。

「奴が逃げたぞ!」

 降り注ぐ矢を潜り抜け、忠信はどうにか追手をかわした。

 京都の街、狭き路地裏…あちこちに無造作に停められている荷車や牛馬によって、2百もの軍勢はなかなか身動きが取れない状況に追い込まれた。

「これはしたり…」

 忠信は一瞬幸運を喜んだ。

 とうとう忠信を見失ってしまう北条勢であった。


 しかし、忠信はその事に気づいていなかったのである。このまま逃げれば、難なく逃げ失せたかもしれなかった。されど、忠信は不幸なことに、もうすでに北条勢の兵に、四方を囲まれているものだと思い込んでいたのである。

「どうせ戦って死ぬなら、主君・義経様と、そして、心許しあった仲間たちと暮らしたあの思い出の堀川の屋敷で死にたい…」

 忠信はこう考えていたのである。そんな悲壮なる気持ちが、彼の足を堀川へと向けていた。


 そして、荒れ果てた今は住む人もない、堀川の屋敷にたどり着いた。塵のように埃が積もり、そこかしこに蜘蛛の巣が立ち込めている。すだれを破り部屋の中に入って、腰をおろした忠信は呟いた。

「最期は、歴戦の武士として、思う存分のこと、敵と戦って死のうではないか…」

 忠信はその屋敷の至るところを見て回る。それで、ふと、思い出した。

(まさかの時のために、お屋敷の屋根裏に鎧と刀と弓矢を残しておいたのだったと)

 天井をこじ開けて、屋根裏を覗き込む忠信は、すでに白々と明けた朝の光が屋根の隙間から差込んで、兜が輝くのを確認すると、心が踊るのを背筋に感じていた。

「これで、気が済むまで思う存分戦える…」

 忠信は、武装して、北条勢がこの屋敷にやってくるのを待ち構えていた。


 その頃、忠信が堀川の屋敷にいる事を探り当てた北条勢はこちらに向かい急いでいた。やがて、屋敷にやってくると先陣が庭へと突入することになる。

「死出の旅路、これでも食らえ!」

 忠信が、屋敷から庭石の上へ飛び降りると、思いっきり引いた弓で矢を射かけた。

 またたく間に先頭の三騎を射抜かれ、馬上から転げ落ちる。

「まだまだ、これでも食らえ!」

 再び、忠信は矢を射かける。

 射抜かれた兵卒らは倒れて行く。されど、一人の弓矢の攻撃、矢は瞬く間に射る矢が無くなった。


 最後の抵抗が始まろうとしていた…奥州に生まれた勇将の意地が始まることになる。

 忠信は意気揚々と、腰の刀を抜くと、その北条勢に単身切り込んでいく。ふと愛しきかやの姿もまぶたに浮んでくることは彼の悲しみを物語っていた。

「義経主従の佐藤忠信、この場所を散りゆく死出の旅路に決めた!」

 忠信の攻撃はすさまじく、北条勢はじりじりと猛攻を受け引いてしまう。されど、敵の射た矢に背を射抜かれると、北条勢の猛攻に会い、深手を負ってしまう忠信。

 それでも、必死の猛攻は続いた。どれだけの敵を切りつけたであろう。

 刀はぼろぼろとなっていた。それでも戦い続ける。

「奥州に藤原の意地あり…」

「佐藤忠信の死にざまをとくと見よ!」

 忠信はその最後の力を振り絞り、刀を振り回して戦った。敵に何度切られたであろう。


 死に物狂いで戦い続け、その深手が致命傷であると彼は知っていた。

「もはや、これまでか!」

 彼の鎧には、見るも無残にハリネズミのように無数もの矢が突き刺さっていた。その状況にて、忠信はいきなり叫んだのである。

「武人として、最後は腹を切らせてくれ!」

「最後の北条殿のお情けを…」

(本来の物語では、口の中に刀を入れて突き刺して死んでいる)

 忠信の必死の懇願に、堀川の屋敷は静まり返った。義時は目配せして下がった。北条の軍勢はその忠信の周りから引き、その様子をいかばかりかと見ていた。

「かなじけない」

 その場で忠信は、覚悟を決め腹をかっさばき、見事にその散り花を咲かせていた。

 大いなる夢を心に抱いて、義経とともに故郷・平泉を発ったあの日から、わずか六年のこの日。

 兄を失った悲しみも経験し、平氏を倒したその日も見、

 決死で努めた殿も務めあげ、その命を奪う事になった最後の愛しき恋も、忠信は、その生きた証しをこの堀川の庭に残し、享年わずか二五歳のみちのくの勇者は、その生涯を華々しく閉じたのである。


つづく。

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