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(第二話) 泰衡の襲撃

 みちのくの弁慶の積み上げた続き石に差し掛かる数ヶ月前、 風雲急を告げるみちのくの小京都といわれる豪華絢爛なる平泉では、義経の今後の運命を決めかねる一大事件がその運命を進むべく、今ここに起きようとしていた。


 時は、文治五年(一一八九年)の春のことである。

四月二十九日夜半から三十日の朝にかけて、奥州藤原氏の四代目の当主である泰衡やすひらは、家臣である長崎太郎を大将にして、総勢五百騎におよぶ軍勢で、衣川河畔にある義経の屋敷の高館に襲撃を企てたのである。


その直前の頃、泰衡の腹違いの弟である忠衡は、義経を案じて密書で事の次第を告げていた。

(兄じゃは小心者ゆえ、頼朝様の脅しに肝を冷やせば、何を仕出かすか解らない男でございます)

(なにとぞ、ご用心を!)

 忠衡の忠告どおり、まさに小心者である泰衡は、頼朝のたび重なる抑圧に、遂にはその心が耐え切れなくなり、盟友である義経を裏切って、義経の屋敷に攻め込んできたという次第であった。


 攻めてくる泰衡勢を見渡して、主従らは気迫の抵抗を開始しようとしていた。

「おのれ、この後において裏切りおって。 泰衡は小心な卑怯者よ!」

増尾十郎兼房と雑兵の喜三太は、義経の屋敷の屋根の上に駆けあがり、引き戸の格子を小楯にして弓矢を次々と攻め入る敵に射ち放っていた。

「こうなれば、半ばやけくそよ…」

「死に物狂いの、最後の散り際をみせてやる!」

 喜三太が、唾を屋根の上から吐き捨てた。

「皆の者、死出の旅路に思う存分に暴れようぞ!」

 年長者である兼房は、屋根から気合を入れる一言を叫んでいるが、多勢に無勢である。


 すると、その様子を見ていた泰衡勢の雑兵がつぶやいた。

「屋根の上で、老兵がぼやいているぞ!」

「あはははっ」

 それを聞いた敵の雑兵が、どっと笑い出した。

「おのれ!」と、兼房は、その雑兵らをめがけて弓矢を射た。

「ぐわっ!」

その矢は、見事に雑兵の胸板を射ぬくことになる。

「無念…」

 その雑兵は、その場に矢を受けて倒れ落ちていく。

「年老いても、我が弓矢の腕は一流ぞ!」

 老兵の兼房は、自慢げに弓矢を構えている。

敵は多勢であるが、引く弓にも力が入ることは、これから始まる激闘を克明に物語っていた。


そして、屋敷の大手門には、武蔵坊弁慶、伊勢三郎、片岡常春、片岡弘経、鈴木三郎と亀井六郎の兄弟、鷲尾三郎、駿河次郎、備前平四郎の九人が立ち塞がり、押し寄せる泰衡勢に獅子奮迅で立ち向かおうとしている。

「これより先は通さぬぞ。これよりは九郎様のご寝所である。立ち入る者は容赦せぬ!」

 武蔵坊弁慶が、鬼のような目つきで攻め手を睨みつけ、必死の形相で身構えていた。その尋常ならぬ、雰囲気が攻め手を圧倒することになる。その弁慶の怪力と奮戦ぶりを耳にする泰衡勢は、恐ろしい者を見たように、後ろにじりじりと引き下がった。

「臆したか!」

 弁慶は、隙が出たと見るや、その手に握る大薙刀を振り回す。敵の雑兵たちが一気に倒れ落ちた。

 その後に…。

「これでも食らえ!」

 庭にある大きな岩を持ち上げると、雑兵めがけ、その岩を放り投げた。そして奥の部屋に舞い戻り、戦支度には余念がなかった。

「この怪物法師、まともに戦っては勝てぬぞ!」

 一人の男が叫んでいた。


しかし、義経の陣営でも異常事態が起きていた。常陸坊など十一人は、朝から山寺参りに出向いて、まだ帰っていなかったのである。

「常陸坊および、十一名は山に行き戻らんわ!」

「この場に及んで、逃げてしまいおったか…」

 片岡常春は、常陸坊の不在に気が付いている。

「逃げてしまったのか?」

「まさか、そんなことはあるまい…」

 主従は、信じられない様子で顔を見合わせていた。

 それだけ、海尊の行方知れずは主従の面々を焦らせていたのであることはいうまでもない。


 その常陸坊海尊は、源義経の家来となった後、武蔵坊弁慶らとともに義経一行とともに都落ちに同行していたのである。

 そして、義経の最後の場所である奥州平泉の衣川の合戦では、源義経の家来数名と共に山寺を参拝しに出ていた為、その難は免れ、その後は生き延びたと言われている。


 常陸坊以下、数名は不在である。屋敷に残された義経主従は、必死の防戦をおこなう覚悟を決めていた。

 弁慶は部屋の奥に舞い戻り。

「鎧を持て、今から大暴れしてやる!」

 押し寄せる敵に、弁慶は鎧をまとい、大長刀(おおなぎなた)の握りしめ立ち構える。

「鬼法師じゃ!」

「恐ろしい形相をしているわ…」

迎え討つ敵は、弁慶を見るや恐ろしさのあまり身構えるだけであった。

それから、何故か、弁慶はその場で叫んだ。

「囃し立ててくれ、攻めてきた奴等にいいものをみせてやる!」

「わしはこう見えても若い頃、比叡山で詩歌管絃を許されていたのだ!」

「一手舞って奴等に見せてやるわい!」と言い、鈴木三郎、亀井六郎に囃させて踊り出したから、攻める側には異様な雰囲気が伝わってくる。


うれしや瀧の水

鳴るは瀧の水

日は照るとも絶えずとふたり

東の奴原が

鎧兜を首もろともに

衣川に切流しつるかな


 弁慶は、押し寄せる敵の前で、命を落とす覚悟で見事に舞い切った。

「どうだ、俺の見事な舞をみて、敵は怯んでいるぞ!」

その圧倒する迫力の様子は、敵をうろたえさせるには十分な効果であった。義経主従を鼓舞するために弁慶は舞って見せたのである。


「判官殿の御屋敷には剛の者がおいでになる…」

「ぬかるでないぞ!」

攻めてきた陣営の者が驚愕の声をいっせいにあげはじめる。

「寄せ手が五百騎で攻めているのに、屋敷には、たったの十騎ばかりであるのに…これはいかがしたものか」

 攻撃側は、驚きと妙なる緊張感を抱きはじめていた。

「あれほどの少数でも、闘う奴等は歴戦の勇士である」と、攻め手の大将である長崎太郎が、弁慶を見ながら呟いた。


 屋敷にいる義経主従は、少数でも歴戦の精鋭揃いである。攻めてきた側には、恐怖心を与える演出であることは、弁慶が一番、その意味を心得ていたのである。

「敵も怯んでいるではないか!」

 弁慶は、敵を恐れぬ荒法師となり、今まさに、義経軍団の鬼神になろうとしていた。

 そして、なおも舞いを続ける弁慶からは、豪壮なる凄味が伝わってくる。

少数と思い、侮り攻めてきた泰衡の手勢は、この期に及んで拍子抜けしている状態であった。

「それでも、ああやって余裕をこいて踊っていやがる!」

見る側は、呆れ顔で弁慶を見ている状態であり、最後の意地を見せつけようとする男の舞いに見とれる始末であることは、攻め手の戦闘意思を半ば、削ぐ効果があったといえよう。

それだけ、武蔵坊弁慶の舞いは、初夏の平泉にひとつの花を咲かせていたのである。


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