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機刀零式、血炎槍 その二

 大坂。それは天下の台所。あらゆる物流が集まるこの地には、日本にあるものなら全てある。米、野菜、魚、肉、布、陶器、紙、木材、鉄、金、そして人。豊臣幕府の直轄地でもある大坂はその全てが幕府のものといっても過言ではない。中央にそびえる難攻不落の城、大坂城の壮大な佇まいは、欲する物を全て手にした偉大さを日本中に誇っているかのようであった。


 唯一つ誰も見た事が無いものといえば、伝説の刀、傀儡機刀くらいだろうか。しかしこれだけのものを手に入れた幕府には今更必要の無いものではあるが。


 幕府の使者、鳶から他愛も無い仕事を請け負った螺子姫とその懐刀のお釘は、活気溢れるこの町の中心部を歩いていた。花魁にも負けない姫のど派手な着物と、お釘の忍び装束が並んでいても違和感という概念すら塗り潰してしまうほど、人々は活気付いていた。派手すぎて目立たないという矛盾は、ここでは日常のようだった。


 「お釘…疲れた」


 「いやいや…まだ料亭を出て二百歩と歩いてませんよ?」


 螺子姫はぶつくさと文句を言いながら、足をだらしなくぶらつかせた、はしたない歩き方をしながらお釘に言った。


 疲れた、と言っているがそれも当然である。螺子姫が履いているのは、自分の手の指先から手首までの長さよりまだ長い、一本歯の朱色の下駄なのだから。傍から見ればいつ転ぶかが気が気でならない履物である。


 「そろそろ普通の下駄に変えてはどうです? そんなに背が低いことに劣等感を抱いておいでで?」


 「ちっ、違う!! 違うもん!! これは年頃の女子としての嗜みだ、身長を気にしてるからではないわ!!」


 お釘は何気なく語ったつもりだろうが、螺子姫は急に顔を赤く染めると、口をすっぱくして言い返した。余程突っ込まれたくなかったのか、口調からして我を忘れている様子であった。


 「違うもんって…意地張らなくて結構ですよ。私は姫様の右腕なんですから、全てを曝け出して頂いても…いててっ!!」


 「全く、お釘は自分も他人も重々承知であっても、あえてそれを体裁だけでも秘密にしておきたいという感覚が分からんのかぁ~ん?」


 すると螺子姫は彼女の頬を掴むと、飼い犬の手綱を手繰り寄せるかのように思い切りつねった。引っ張られたお釘の顔の表面積が三割り増しになりそうなくらい強烈に引っ張った。


 「ひ、ひたいでふふへさま~、ほふひはえはひあへん~(い、痛いです姫様~、申し訳ありません~)」


 「ったく、お前は妙にあたしに反抗的なのが好かん。やはり、納斗なっとの背中におぶられるのが一番落ち着くわ」


 螺子姫はそう呟くとお釘から手を離した。彼女の頬は痛々しい朱色に染まっていた。お釘はその頬を涙目で擦りながら言った。


 「どれだけ思いきりつねるんですか…しかし、納斗達はどこに行ったんでしょうねぇ、私だけ心配して飛び出してしまったんですけど…」


 その時、彼女らを呼び止める声が聞こえた。


 「やっと見つけましたよ姫様、それにお釘…どうやら入れ違いのようでしたね」


 二人が振り返ると、そこには男にも引けをとらないほどに長身の女性が立っていた。前髪を切り揃えた艶やかな黒い長髪で、装いは胸元のはだけた桃色の着物に黒の袴、それに西洋の黒の編み上げ靴を履いた姿。二本の刀を腰に差した立ち姿に刀の切っ先のように凛々しい面は、美男子と形容するのが相応しかった。


 彼女が、螺子姫三懐刀が一人、「剛刀の納斗」である。「この世で最も重く力強い剣技を持つ者」と評される。女子ばかりの螺子姫一行でありながら、彼女一人の腕力だけでも大の男数十人分は軽く賄えるとされる、読んで字の如く豪腕の持ち主だ。


 「納斗~、とりあえず疲れた、はいっ」


 納斗を見るなり、螺子姫は心なしか晴れやかな表情を浮かべると、多くを語らず右手を差し出した。すると納斗は、顔色一つ変えず、何も言わずにその手を取った。


 「かしこまりました姫様…ご自身の足を酷使させてしまった事、謝罪いたしまする」


 納斗はそう言って、螺子姫をまるで布切れでも肩に掛けるかのように背負ってみせた。まだまだ子供とは言え、その一連の動作はまるで螺子姫に重さを感じさせない。剛刀と語られる彼女の腕力だからこそ成せる技だ。


 「しかし、もうお話がお済みとは…今回の任務は、別段刃を振るうまでの仕事ではないとお見受けしますが…」


 「察しがいいね納斗。あぁ、今回はお釘一人で十分、いや、二十分以上ってところだ。この様子なら三ヶ月振りの大坂の町を納斗の上でゆっくり散策できるというものだな」


 納斗の堅苦しい問いかけに、その彼女の頭にしがみついていた螺子姫は、気の抜けた声色をして首をポキポキ鳴らしながら言った。そのくつろぎっぷりは、およそ自分の部屋で一人で勝手にやってほしい図々しさであった。


 しかし、さらりと面倒事を押し付けた螺子姫に対し、納斗の表情は一切変わらない。免疫なのか体質なのか、これ以外の表情をする能力を持っていないかのように。


 「これより暫しの間は、我の背中から降りる事は無さそうですね…一向に構いませんが」


 「あまり姫様を甘やかすのは良くないと思うけどね納斗。従者として」


 「主の命に忠実なのが罪とはいかがなものかと思いますけれどねお釘。従者として」


 水を差すように言ったお釘に、納斗はまた無表情にさらりと言い返した。


 「私は忍びだけれど、姫様の教育係みたいなもんじゃない。まぁそんな事より、くさびはどこ?」


 「くさび? あぁそうですそうです、ちょっと食事を取った料理屋で面倒なことに…」


 そう言ってようやく人間らしく困った表情を浮かべた納斗は、ちらりと後ろを振り返った。螺子姫とお釘がその視線の先を追うと、料理屋の店主らしき板前の男と、一人の女性が激しく口論をしていた。


 女性は栗色の髪の毛を二つに分けて束ねており、花柄の着物の上からもう一枚厚手の着物を肩から羽織り、背中には三味線を背負っていた。歳は十五、六ほどだが、その円らな瞳と垢抜けていない顔は、歳より子供っぽいというより幼稚っぽく見せていた。


 「お兄さん、はなしがちがうじゃないですかぁ~!! お金ははらいましたよ?!」


 「何度も言ったけど、おじょーちゃんのお食事代はそれじゃちっとも足りないんだよ。そのお金は最初の蕎麦の分だけだ。さ、とっとと代金を払いな」


 「ひどいですぅ~!! いんちきです、さぎです、ぼうりゃくですっ!! みなさーん、このみせはおきゃくをだましてお金をまき上げるとんでもないお店ですよ~!!」


 「こらっ、でかい声で嘘八百言いふらすんじゃねぇ!! ったく…最初に一品頼んだら後は食べ放題だとでも思ってたのかぁ?」


 三人の目に飛び込んできたのは、明らかに知能指数が人並みに達していないであろう、口振りの残念な娘の駄々に、延々付き合わされうんざりしている男性の姿だった。詳しい事情は知らないが、どうやら彼女は料理の値段を気にするよりも空腹を満たす事を優先させてしまったようだ。


 「だってお品書きのあんな小さい文字、おなかが空いてたらよみとばしちゃうじゃないですか!!」


 「読み飛ばさねーーよ!! って言うか、お連れさんを除いてもあれだけたくさん食べておいて五分(おそよ五百円程度)置いてご馳走様って、駄菓子屋さんじゃねーんだぞ!!」


 「そ、そうなんですか? いや、いつもお釘ちゃんや納斗さんにおかんじょうしてもらってるから、おりょうりのねだんなんかぜんぜん分からなくて…だから何ともふしぎに思わなくて…」


 周囲の人々も何の騒ぎかと集まり始めていた。善悪の決着など口論になる前から決している喧嘩を、不思議そうに見つめていたのだ。そんな光景に、螺子姫は何とも恥ずかしそうに目を背け、お釘は呆れ気味にため息を吐き、納斗はとりあえずその場に突っ立っていた。


 しかし、このようやく自分が阿呆の出血大売出し中に気付いて辱めを受けている彼女こそが、螺子姫三懐刀が一人、「美刀のくさび」であるのだ。彼女は「この世で最も美しく巧みな剣技を持つ者」とされ、その剣捌きは精巧にして正確、宙を飛ぶ蝿の羽一本だけを切り落とすことができるとも言われ、そしてその様は舞踊のごとく可憐で華麗だと噂される剣士であるのだ。


 しかしそれ以外は、三味線を奏でられる事を除いて、てんで冴えない駄目娘であった。


 するとお釘は、怒りと呆れが五分五分に同居した歯痒そうな面をした男の掌に、そっと五匁(およそ五千円)を置いて申し訳なさそうに言った。


 「ほら親父、代金だ。受け取ってくれ。私の連れが迷惑を掛けて申し訳ない」


 「んぁ? おお、毎度あり!! いやぁ、きちんと金さえ払ってくれりゃ何も文句は無いってのよ。おおきに~」


 お釘の平謝りに対して、代金を受け取った男はけろっと態度を一転させ、満足そうに自分の店に帰っていった。その浮かれようはまるでお小遣いをもらって喜ぶ少年である。


 「くさび、ちょっと集合」


 「はい、なんですかお釘ちゃん…?」


 男が去ったのを確認したお釘は、目線を向けずにくさびを手招きした。キョトンとした表情で近寄ってくる彼女の後頭部に、その直後お釘の強烈な張り手が叩き込まれた。


 「あいたぁっ!!」


 「往来の人の目の前で、小っ恥ずかしい場面を見せないでよね!!! 食い逃げ紛いの真似して堂々店員さんに喧嘩売るとか、どういう神経してんの?!」


 「ふぇぇん…ご、ごめんなさい…でも、そ、そんな思いきりぶたなくても…目がこぼれおちそうになりましたよ…」


 怒り心頭のお釘の、人の脳天への突っ込みとは思えない、軽く頭蓋骨を割りそうな痛烈な一撃に、くさびは頭を抱えてしゃがみ込み、大きな瞳からぼろぼろと涙を零しながら言った。


 しかしくさびの世間知らずという単語で収まりきるのか怪しい無知っぷりを晒しても、螺子姫と納斗の反応はそれほど過敏でもなかった。むしろお釘が正しく反応しているところか。やはりそれも彼女らの中では日常の光景の一端に過ぎないようだ。


 何はともあれ、螺子姫が誇る剣士、三懐刀の面々はこうして集合したのであった。


 勝気で活発なくのいち、迅刀のお釘。


 冷徹な生粋の女武者、剛刀の納斗。


 一行のボケ担当の楽士、美刀のくさび。


 しかし今回請け負った仕事を行うのはお釘一人だけ、三懐刀の刃が煌く機会は無さそうである。この時は四人の誰しもがそう思っていた。


 


 


 


 

 

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