第零刀…機械刀、傀儡機刀
それは、大坂夏の陣を豊臣勢力が制し、豊臣秀頼が征夷大将軍となって大坂に幕府を開き、天下太平の世が訪れたもうひとつの時代。幕府の強大な権力は日本の隅々まで行き届き、それは決して揺らぐことの無いものだと誰もが信じていた。
将軍家の軍勢に敵う勢力など、最早日本には無いのである。関ヶ原で天下を取ったはずの徳川家をも飲み込んだその力は計り知れず、人も金も、他の者とは持っているものの次元が違うのだ、当然といえば当然、至極真っ当な意見である。
だが、そんな幕府にはひとつ、最も恐れるものがあった。それは刀である。いつどこで誰が作り上げたかも分からない謎の刀だ。
「傀儡機刀」。くぐつきとう、と呼ぶその刀は、およそ日本刀らしい形はしていない。いくつも種類があるのだが、大抵は畳一枚分はあろうかという巨大な刀身で、重さは大の大人一人分という、人が手に持って振り回すものとして作ったのなら、これは別の遠い星の住民が作ったとしか思えない規格外の刀だ。
その内部には無数の歯車が納まっており、中心には三日三晩かけてこしらえた呪術が施された、猪の心の臓が埋め込まれているという。傀儡機刀を分解したという者は誰一人確認されていないので、これは伝承の類である。
そしてこの傀儡機刀の最大の特徴が、持ち主の血をすすって動力にするということだ。血を浴びた機刀は水を得た魚のように歯車の軋む音を鳴らし、一国の侍を一振りで蹴散らすと比喩される絶大な力を振るう。
原理も構造も誰も知らない刀は、こうして奇々怪々な能力によって妖刀として恐れられながらも、時の権力者はこぞってこの刀を収集した。ある者は刀に魅入られて主を裏切り、寝込みを襲って寺を焼き払った。またある者はその刀を自力で作り上げようと、刀狩令を発して民から材料を搾取した。
しかし、奪い奪われの果てに、傀儡機刀は忽然と歴史の表舞台から姿を消した。それは関ヶ原の合戦が行われ、徳川陣営が勝利を収めたのとほぼ同期であった。それはまるで、これより訪れる太平の世界に、自分達の居場所が無いことを悟ったかのようであった。一説では、大坂夏の陣を豊臣家が制したのは、密かに傀儡機刀を集めせしめたからとも囁かれた。
そして月日は流れ、傀儡機刀の伝説を知る者はほどんどいなくなっていた。歴史の風化はいつも何の前触れも無く、淡々と起きるのだ。あえて知る必要もないし、知ろうにも知る手段も限られていた傀儡機刀の逸話など、この戦いからすっかり縁遠くなった日本には蛇足なのだ。
しかし、どんなに血生臭い空気が浄化された世になろうと、傀儡機刀は滅びたわけではない。
機刀は生きた刀。血に飢え、血を求め、その為に所有者から血をすする。
その為に機刀は力を振るう。所有者を魅了させ、もっと己を振るえと、言葉無くても語りかける。
そして所有者は声無き言葉に言われるままに、己の血を機刀に注ぐ。
即ち所有者は機刀の操り人形、つまり傀儡、故に傀儡機刀。
刀の形をした吸血鬼は我慢の限界であった。待てど暮らせど昔のような死臭立ち込める戦場に立ち会うことは無くなった。そんな傀儡機刀が取るべき行動は、ただひとつであった…