第9話 レーナ、クソ確定。ふざけんなっ
どうしよう。
大丈夫だろうか、セズは。
相手が何人いるかは分からないが、声と足音の感じだと間違いなく複数人いそうだ。
助けに行った方がいいか。
いや、でも体は五歳の俺に、一体何ができるのか。
外を出ないでと言われているし、もし出て足手まといになったら、それこそ本末転倒だ。
でも――。
子どもの俺でもできる事。
頭をフル回転させた結果、出た一つの答えは「ファンタジーの可能性に掛けてみよう」だった。
こういう時、物語の主人公ならなんか現状を打破する事ができるすごい力に目覚めるのだ。
……といえば流石に夢見がちに聞こえるかもしれないが、この世界にはどうやら魔法があるらしい。
悪目立ちしないためにと、まだ一度も魔法に関する事にチャレンジした事はないけど、やればできる!
……ような気がする。
因みに、根拠はない。
どちらにしろやってみる他はない。
とはいえ、一体どうやるのか。
……とりあえず、お腹の辺りに意識を集中させてみる?
内なる力とかって、そういうふうにやるイメージがあるし。
腹に両手をポスッと当てて、目を閉じて試しにグッと腹に力を入れてみた。
すると、何かが渦巻いているのを感じる。
もしこれが魔法の源なんだとすれば、あとはこれを手に集めて……どうすりゃいいんだ?
こういう時、教えてくれる人がいない事の不便を痛感する。
今すぐ聞いて、教えてくれそうな人といえば……。
チラリと目をやったのは、レーナだった。
レーナは外の騒ぎを怖がっている様子で、「何で私がこんな目に」などと呟いている。
この様子じゃあ、いや、そもそもの態度からして、レーナが俺に親切に今魔法について教えてくれる筈ないな。
それに、そもそも魔石を作れる人は多くとも、魔法を使える人は少ないのだと、城のメイドが言っていた。
実際に魔法が使えたとして、この女にそれを知られるのはよくない。
なんせこの女は、城に俺の事を報告する役なのである。
魔法が使えると報告されては、せっかく今までしてきた悪目立ちしないための地味な我慢がすべて水の泡になる。
となると、教えてもらうどころか、そもそもこの女の前で魔法を試してみない方がいいな。
でもそうなると、セズに加勢をする事ができない。
外では未だに怒号と金属同士で互いを叩き合う音が聞こえ続けている。
かなり耐えているように思うが、人間は誰しも疲れるのだ。
時間がかかればかかる程、一人しか戦えないこちらが不利に――。
「あぁそうか。この子どもがいるから」
先程まで、ブツブツブツブツと悪態を吐いていたレーナの声が、厭にスンと抑揚をなくしたような気がした。
彼女の方に目を向ける。
それと俺の両脇に彼女の手が差し込まれたのとが、同時で。
五歳の俺の体が、女の細腕によって持ち上げられた。
太っている訳じゃないけど、五歳児を持ち上げるとなればそれなりに重いのではないかと思う。
それでも彼女は、まるで重さなど感じていないふうだった。
後から考えれば、こういうのを「火事場の馬鹿力」と呼ぶのだろうと思える。
レーナはガチャリと馬車の扉を開けた。
そして俺をポイッと投げた。
「あんたがいるから狙われるのよ。だって私に狙われる理由なんてないもの」
えっ、と思っているうちに、馬車の扉はバタンと閉まった。
俺は一瞬何が起きたのか分からなかったが、ジワリジワリと理解していく。
は……はぁ~っ?!
何だこの女、俺を生贄に使いやがった!
自分の事可愛さに、五歳児を切り捨てやがった!!
何が「クソ寄り」だぁ?
こんなのクソだ。
クソ確定――ガキィィィィイイン!!
放り投げられるままに地面に体を強か打ち付けた痛みも忘れて怒り狂っていた時だ。
一際大きな金属音が聞こえてきた。
ハッと我に返って、振り返る。
少し向こうに人だかりが見えた。
一対、たくさん。
目算だけど、敵は十人くらいいそうだ。
それを、セズが一人で捌いている。
剣技と魔法で大人数を同時に相手仕切っている彼の姿は、武道の類とは前世も含めて無縁の生活を送ってきた俺の目から見ても、何かすごい事が起きているのだと分かった。
が、敵も攻撃の手を緩めない。
疲れている様子も、今のところ見られない。
敵たちは皆、フード付きの黒マントを着ている。
人相も服装も分からないが、それが俺にはただのゴロツキや山賊などではなく、もっと別の統率された何かである事の証明のように見えた。
それもあって「やっぱり時間が経てば経つほど不利だ」と改めて思った。
どうにかしなければと考えて、それができる可能性があるのはやっぱり魔法だという結論に至る。
ぶっつけ本番になるが、やるしかない。
そう思ったのと同時に、先程馬車の中でしたのと同じ事を半ば無意識的にしていた。
腹に温かな何かが溜まり、それを突き出した小さな右手の手の平に集める。
実際にはそういう想像をしただけなのだが、どうやら成功したようだ。
手の平の前に、透き通ったレモン色の球体が生まれた。
これが俺の魔力なのかと、見た事もないのに妙に腑に落ちた。
しかし、これが魔力なのだとしたら、ここから魔法を編み上げる作業をせねばならない。
何の魔法を使うかは、決めていた。
相手を殺傷しない魔法。
辺りに使った物理的痕跡が残らず、誰かに見られても「俺は知らない」と白を切ることができそうな魔法。
そして、あわよくば敵を無力化し、できなくてもセズの戦いの後押しができる魔法。
「セズ! こっち見ないで! 目と耳閉じて!!」
「えっ」
聞こえない筈の声が聞こえて驚いたのか、セズが戦闘の合間に反射的にこちらを向こうとして、しかし俺の言葉に律儀に従い途中でグッと振り返りそうになった顔を止めた。
それを見て、俺は魔力に《《ある物》》のイメージを込める。
この場の全員の視覚と聴覚に、否応なく作用する事象。
一時的な失明と難聴、耳鳴りや眩暈を引き起こし、あわよくば失神させるための魔法。
その名も――スタングレネード。
ミリタリー系のアニメや漫画仕込みの浅く誇張された効果を孕んだ魔力の玉は、おそらくその時点で魔法に変質したのだと思う。
「いっけえーっ!」
淡いレモン色からオレンジ色に色づいた球状のソレが、シュポンッと手から球が発射された。
が。
お、遅ぉ~!!
俺の手の平に合わせたかのように小さなその球は、音だけはいっちょ前だったけど、その実予想外にノロノロ、ヘロヘロと宙を進む。
いやまぁ魔法なんてない前世の常識の方が根強い俺としては、手からなんか出て、ノロノロでも宙を進んでいる事に驚き感動すべきなのかもしれないが。
TPO、弁えてくれよぉ、俺の魔法~っ!




