第8話 もしかして襲撃?
「だっ、大丈夫ですか?! レディウス殿下! もしかして頭痛でもしますか?!」
絶望に頭を抱えた俺を見て、どうやらセズは勘違いしたらしい。
心底心配そうな顔で、オロオロと俺を見てきている。
や、優しい……。
今世の俺の周りには、今までいなかったタイプの子だ。
何だか久しぶりに人の温かさに触れたような気持ちになる。
対して、この女は……。
思わず『監視』の方に頭が行ってしまっていたけど、この女の言う事が正しければ、どうやら俺の実の母親らしい。
にも拘らず、俺をまったく心配した様子がない。
……いや別に心配してくれる必要はないんだが、それでもなんかこう、愛が微塵も感じられない。
俺に興味などないようで、髪の毛先を人差し指でクルクルと巻く手遊びをしながら、窓から馬車の外に目をやっている。
勿論「我が子だから」と言ってすべての親が必ずしも慈しむ訳ではないという事は、一応分かっているつもりだった。
が、前世の両親も俺にとってはあまりいい人たちではなかったから、「生まれ変わったらもしかして」と少なからず期待していた部分があったのだ。
僅かながらに。
それはあのクソな父親――国王を見ても変わらなかった。
もしかしたら、生まれ変わった今世でなら、片方の親くらいは俺を見てくれるかも。
心配したり、一緒に笑ったりしてくれるかも、と。
しかし。
――まぁ、こればかりは仕方がないよな。
内心で、はぁとため息を吐く。
前世では、一応両親に構ってもらえるように、褒めてもらえるように、喜んでもらえるように、少なからず努力していた頃もあった。
それを諦めた後も、何だかんだで結局のところ、両親の事を見捨てる事ができずに、家に金を入れていた。
最後の頃には「やめる理由がないから」なんていうなぁなぁな感じで実家にお金を入れ続けていたけど、それは幸いにも貰っていた給料がまぁまぁあった上に、両親に告げた月々の収入の嘘がバレなかったからである。
つまり、両親への金銭的援助は、俺の生活に大打撃を与える程の出費ではなかった。
金よりも、援助を止めて両親が下手にその頃の生活に干渉してくる方が嫌だった。
迷惑事前回避料だと思って支払っていたのだ。
しかしそれでも結局は、俺があの人たちのために本来自分が得ている筈だったものを浪費していた事には、変わりなく。
――血が繋がっていても、突き詰めれは所詮は他人だ。
変わる気がない人たちを変える事なんてできないし、そういう期待をするだけ無駄なんだよ!
援助を続ける俺にそう言ったのは、たった一人の弟だった。
それが、弟と交わした最後の言葉だ。
それ以降、弟は一切実家に寄りつかず、実家との繋がりを切らなかった俺とも接触しなかった。
あの時は聞き流した言葉だったけど、弟の言葉が正しい事も俺はちゃんと分かっていた。
血に縛られて情を抱き捨てられずにいると、結局便利に使われる。
こちらに幾ら情があっても、あちらにも同じだけの情があるとは限らない。
前世の俺は、そんな当たり前の事から、やんわりと目を逸らしていた。
今世では、そんな事なかれ主義的な自分では在りたくなかった。
せっかく生まれ変わったのだ。
前世と似たような柵に――血の繋がりなどというただの物理的な繋がりに、また縛られる日々を繰り返すのは嫌だった。
だって何だか馬鹿らしいだろ?
だからしがらみがないように、権力闘争に関わらず、悪目立ちだってしたくなかった。
血の繋がりがあったって、クソな奴は所詮クソだし、血の繋がりがなくてもちゃんと俺を見て、心配したり笑ったりしてくれる人はいる。
前世でも、会社ではそういう人たちに囲まれていた。
俺は、親の運は悪かったが、それ以外の人の縁には恵まれていたのだ。
だからちゃんと知っている。
そういう人は、いるのだと。
――だから俺は、血の繋がりを重視しない。
クソな国王は心の底から「クソ野郎だな」と思うし、それはこの女も例外ではない。
そもそも俺にとっては、この女は今日初めて会った人間だ。
それ以上でも以下でもなく、初対面から五歳の子どもにこんな態度や言葉を向ける人間を、人はおそらくクソと呼ぶ。
まぁまだ実害が出ていないので、まだ「クソ寄り」といったところか。
しかしこの様子じゃあ……さて、今後はどうなるか。
「それで、セズ。オーランドまではどのくらいかかるの?」
レーナがあからさまに『話しかけるなオーラ』を垂れ流しているので、俺はセズに色々と聞く事にした。
「オーランドまでは、馬車旅で通常、三カ月です」
「そんなに」
「遠いんですよね。本来なら、殿下程の年の頃では体力的にあまりすべきではない長旅なのですが、国王陛下からの命ですので……」
彼の目は、純粋な心配の色を映している。
先程といい、今といい、単純と言えばそれまでなのだが、俺は俺を心配してくれたこの子を、ちょっとばかり気に入った。
彼ともまだ会ったばかりなので、実はこれでかなりの策士ですべて俺に取り入るための演技だった……という可能性もまぁ、ないでもない。
が、俺だって、伊達に前世で中間管理職サラリーマンをしていた訳ではないのである。
営業マンとして現場に出ていた頃から、元々相手の顔色を読むのはまぁまぁ得意な方だった。
そういう所謂空気読みは、営業マンにとっては一種の必要なビジネススキルなので、あまり威張れたものではないのだが、簡単に言えば「相手が自分の話を聞く気があるのか」「何が好きで、何が嫌いか」。
そういったものを始めとして、お世辞やその場しのぎの言葉にもある程度敏感だった。
それは中間管理職になっても、実は地味に役に立った。
だって、上層部の顔色を読んだり、部下が本当に困っているだけか、単に手を抜いた事に対して言い訳しているだけなのか。
そういうのって、分かるに越した事はないだろ?
そんなこんなで仕事をするにあたって勝手に育っていったこのスキルが、どうやらここでも役に立つらしい。
――もしこれで騙されているんだとしたら、その時は俺の目が曇ってたっていう事で。
そんな、諦めとも割り切りとも言えるような判断を心の中で下しながら、目を伏せつつフッと小さく笑う。
「いいよ。国王の言う事に逆らえないのは仕方がない。心配してくれて、ありがとう。子どもの体だから、この先セズが心配しているような事もあるかも。気を付けるけど、その時には頼らせてほしいかな」
「……」
「ん? どうしたの?」
「いえ、あまりに大人な返答だったので」
ビックリして。
そう言った彼はその言葉の通り、かなり驚いている様子だった。
素直な彼に、今度は破顔する。
中々に人好きする、というか、愛嬌のある子だ。
可愛がられる部下になれる素質があるんじゃないかと思う。
「オーランドまでの宿泊には、野宿とかもあったりするの?」
「そうですね。極力そういう事のないようにしたいなとは思っています。最低限の片道の旅費は、王城から出ていますので。しかし立地的に、どうしても野宿をしなければならない事は何度かあるかもしれませ――」
ガタンッと大きく馬車が揺れた。
馬の嘶きと共に、馬車が止まる。
外を見れば、王都の門から外に出て少し経ったところのようだった。
昼下がりの窓の外、いつの間にか森の中に入っていたようで、馬車が通れるほどの幅の道を走っていたのだとは思うが、木々が近い。
「馬車の中にいてください」
そう言って、セズが馬車の外に出た。
レーナの顔が強張っている。
がやはりこちらを心配する様子はないし、そんな奴相手に俺だってわざわざ心配したいとは思わない。
少しして、言い争うような声と共に、金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえた。
え、ちょっと待って。
もしかして……。
俺たちの馬車、襲われてる?!




