ヴェタン王国はウソの国
夜のヴェタン王国は、音が少なすぎた。
風は吹いている。旗も揺れている。
だが、人の生活音だけが、綺麗に抜け落ちている。
ラグナは屋根の上を歩く。
足音は消していない。
消す必要がないからだ。誰も、追ってこない。
いや――正確には。
「見られていない、わけじゃないな」
視線がないのではない。
視線を向けないことが、徹底されている。
街灯の下、建物の影、窓の奥。
気配は確かに存在する。
だが、こちらを認識しない。
否。
認識してはならない、と決められている。
ラグナは一度だけ、足を止めた。
「……壁か」
昼間に見た外壁より、内側の壁の方が厚い。しかも、新しい。
補修ではない。増設だ。
国を守るための壁ではない。
「中の何かを、閉じ込めている」
ラグナは壁に触れない。触れれば、反応が返ってくる。
それは、旧制度館で感じたものと同質だ。
あの場所には、意志が残っていた。
「フィネラ……」
墓ではなかった。
封印でもない。
もっと制度的な何か。
ラグナは視線を上げる。 旧制度館の屋根が見えた。
月明かりに照らされ、歪んだ影を落としている。
「建築様式が、合わないな」
年代が違う。
まるで、何度も作り直されたような形。
その瞬間。
耳鳴り。いや、音ではない。
情報が、揺れた。
「空間が……軋んでいる」
理解する。
ここは、ただの建物ではない。
旧制度館は、制度そのものを固定するための装置だ。
法を保存する場所ではない。
適用対象を保存する場所だ。
「誰を人として扱うか」
「誰を記録に残すか」
それを決める場所。だから、触るなと。
触れれば、選別が始まる。
ラグナは笑わない。
「秩序の、完成形か」
その時。
背後に、気配。
薄い。
だが、明確。
ラグナは振り向かない。
三つ。
屋根の縁。
鐘楼の影。
通りの奥。
「敵意はない……観測か」
誰かが、測っている。
ラグナは、あえて歩みを進める。
旧制度館へ。
途中、地面に刻まれた紋様に気づく。消されかけている。
だが、完全には消えていない。
「……魔法陣じゃないな」
円環。
線。
数式のような配置。
「識別式か」
人を分類するための刻印。
ラグナは足を止めない。
「今は、触れない」
だが、確信する。
この国では、夜に何かが行われている。
秩序の名の下で。
旧制度館の裏手に回る。
入口は閉じている。
だが、閉じられていない場所がある。
「地下……」
空気が冷たい。
そして、微かに血の匂い。
その時。
頭の奥で、声が重なる。フィネラではない。
もっと多い、もっと無名。
『ここにいる』
助けて、ではない。
「なるほど……」
ラグナは静かに息を吐く。
「これは救出じゃない」
世界の裏側を、掘り起こす行為だ。
ラグナは、地下へと続く階段の前に立つ。
その一段目に――
「おっと。部外者が迷い込んでいたようだ」
「貴様は、神父か」
「御尤も」
そう、目の前に居たのは旧制度館を案内した神父だった。
「四葬聖教の幹部クラス、というわけか」
「違う」
「……黒のメンバーか」
「正解だ。私は、黒のメンバー第八席・ベレブ」
「そうか……ただの埋め合わせか」
ラグナはそう言い放った。
「今なんと言った」
「ただの埋め合わせ。だと言った。耳が遠いのではないか?」
「埋め合わせだと?言ってくれるではないかッ!!」
その時、手裏剣が飛んできた。
だが、ラグナには通用はしない。
指と指で挟み、止めた。
「チッ……効かないか」
「ナメるな」
その会話を最後に沈黙が流れる。
「……少し、この国について話そうか」
「聞かせろ」
そうして話し始めた。
「まず、この国は……ウソの国だ」
「秩序の国ではない、と?」
「それすらもウソに過ぎない」
「治安が良いのはなぜだ」
「記録から消している」
「……」
またしても沈黙……とはならなかった。
「国を守る壁は見ただろう?」
「ああ。とても妙だった」
「その感は優秀なようだ……そうだとも。実に妙だろう」
「理由は、我でも察しが着いた」
「言ってみたまえ。ラグナよ」
「作っている」
その一言で十分だった。
「正解だ。そうだ。二年に一度壁を厚くしている。理由は―――」
「この国の呪いを閉じ込めるため」
ラグナは神父の言葉を遮り言った。
「そこまでわかっているか」
「ナメるな、と言ったはずだ」
「……」
ラグナは続けて言う。
「フィネラを死んだとした理由は、邪神龍の怒りを鎮めるため。そうだな?」
「……それは違う」
「ほう?言ってみろ」
「フィネラが生きているのは事実……。ただ、呪いの媒体はフィネラだった」
「……英雄にはふさわしくないから、と?」
「一理ある。だが、もっと深い」
そこで会話が終わった。
「さて、終いだ。ここからは私ではなく、コイツラに託す」
そう言い、神父は消えた。
「ヒャッハー!!」
目の前には二人の男。
「監視していたのは貴様らか」
「御名答!!俺等は強いぜ?」
「強い、か。も勝敗は決まったのに、か?」
「なッ―――」
何かを言おうとした二人の首が落ちた。
ボット、と言う鈍い落ちる音。
そして、目の前に転がってくる生首は綺麗な赤色の血がついていた。
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(今回は内容超深いぞ!!)




