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097 第三十七話 丸出しの欲望

 いつ眠ってしまったのかは定かではないが、目を覚ますと椅子に縛り付けられていた。そう、月明かりが差し込む部屋の中、拘束され監禁されていた。記憶と異なるのは手足のみだったはずの縄がぐるぐると腹にまで巻かれていることだ。はてさてなぜに?


「あれ、え、たしか脱走して……全部、あのご馳走も夢だった、のか……?」


(なにを寝惚けたこと言っとるっ! 睡眠薬を盛られたのじゃ!)


 まー逃げてる最中に犬ぞりみたいな馬車が通り掛かって助けられるだなんて、そんな上手い話し無いよなー。ってか空腹満たされた美味しい美味しいラズベリータルトまでが夢だったなんて嘘だろおいッ! などと愕然としながらぽつり呟くと、聞こえて来たのは川姫の声であった。周囲を見渡すが姿は見えず、どうやら身体の中からぎゃーぎゃー言っているらしい。


「それでまたこの状態っと……」


(うぬっ! 遅延性の毒でみな眠らされて、お主は小城に連れ去られたのじゃ。これでも早起き、解毒の手助けをした妾に感謝じゃなっ?)


「あ、なんかありがとうございます。って事はここは貴族の屋敷じゃなくて……」


 お茶を頂いてみなで食べていたのは覚えてる。それから確か爪を整えて……今に至るらしい。手助けという事は直接的に解毒してくれたわけじゃなくて、血流を速めて新陳代謝を活発化させた感じか? だとしたら肝臓ご苦労さまです。話してたら目が覚めてきたわ。


 室内を眺めてみると漆喰らしき白塗りの天井や壁にはレリーフが施されており、古めかしい絵柄で翼の生えた少女やフリルの模様が描かれていた。黄金の額縁に入れられた肖像画がズラリと並び、白の壁に映えている。先代の方々が見守る中このような真似をするとは悪い子たちだ。


「それで、なんで未然に防げなかったの?」


(解毒で手一杯だったのじゃ! 阿呆か!)


 番犬失格だな。にしても少しは良い人だと一瞬思ったりもしたのに。やっぱりみな目的は同じなのか。心を許すことは、身を委ねることはできぬのか。


 まぁ善意で他人を助けるわけもないかー。あー疑心暗鬼になりそ。何回連れ去られたら気が済むんだ男って。もう名札とか着けてくれないかな、私は味方ですって。反王宮派ですって。――いや反王宮派だとしても関係無いか……。


 だがだが俺には幼女が居る! 基本的にはいつも黙ってるからつい忘れてしまうけども、今度こそは前回使えなかった幼女のミラクルパワーで易々と脱出してみせるッ! ――結局人任せなのは許して。


「川姫、たすけて」


 なので、へるぷみーと助けを乞うてみたのだが、


(妾の身は水。覆い隠す事しか出来ぬ。あ、でも濡らす事も出来るな。弾く事もできるぞ!)


 期待は出来そうになかった。いくら金属を腐食させられる水であったとしても、見たところ真新しいこの足枷が朽ちるまでに何年掛かることやら。


「つまり無能と言うコトか……」


(なにを言うとるっ! 手錠と足枷を外されたら即座にあやつらを溺死させてしまえば良かろうが!)


「うん、殺人はやめようね、うん」


(そうか、なら妾は知らん)


 あーもーどーすっかなー……。


「そうだ! ならさ助け呼んで来てよ! 出れるでしょ?」


(蒸発するからヤじゃ)


「あーもーホント使えねぇなおいっ!」


(妾はユーノーじゃわッ! 何度助けたか覚えてないのか? このボン○ラめ!)


「あ、それ死語なんでやめてください。口が悪いよチンチクリン」


(お主も悪いではないかぁッ! もう知らん! 妾は寝る!)


 わらわって多分、妾のほうじゃなくて童女だよな絶対。あんまり話してると頭おかしくなるって言ってたし、これ以上はやめとこ。精霊っつっても水の身体を持つ幽霊みたいなもんだし、そりゃ相手してたらおかしくもなるわ。


 そうやって川姫と言い合っている一方、隣の部屋からは娘たちの喧嘩声が聞こえて来ており、誰が最初となるかで今まさに揉めているらしかった。まるで希少なフルーツを取り合うみたいだ。見目麗しい方々であったとしても、切羽詰まって言い争っちゃうような人間は御免だよ……。


 やはり向こうから近寄ってくる奴らは全員アレだ、逆ナンだ! 奇跡の出会いも計算された演出! でもそりゃそうよな、何かしらの目的が無いと他人なんかに話し掛けようとは思わないし、手も差し伸べないもんな。損得勘定の無いシスターが例外だったんだ。そんで逆に言えば、こちらからアプローチをかけた人物ならば比較的マトモかもしれない。


 言葉通りの”健全な”一般市民を巻き込み、その良心を利用する形になってしまうが、そこはなにかお手伝いでもして償いまして。一部の関係者以外には逃亡している事を知られていない様子だし、これからは貴族や兵士なんかの上と繋がっていそうな人間には絶対に警戒だな。人間不信になりそ。


 美味しい話には罠がある。他人なんか信用に値しない仮想敵。でも俺は人を信じたかった。信じてみたかった。その結果メシに釣られる形でコレでは、ただ愚かなだけではないか。安い出費で唯一の存在を得られるのなら笑いが止まらない事だろう。本人たちは言い争ってるみたいだけど。


 これは例え、老いぼれの婆さんであったとしても信用はできない。孫娘の為にお節介を焼いている可能性が高いからだ。残り少ない寿命を懸けて危険も顧みず、凡人には到底思い付かないような手段で無理をしてくるかもしれない。孫可愛さにジジババが無茶するのはよくあること。むしろ婆さんには警戒したほうが良いだろう。


 もう初っ端から信用出来るのは仲間の知り合いのみだ。知人として今までに築き上げてきた信頼をぶち壊す事になるわけだから、もし魔が差してしまったとしても心理的な抵抗は大きいと考えられる。


 あーあ、世知辛い世の中から連れ去られて参りましたが、こちらもまた同様に世知辛いものでした。ある種のパラダイスではあるけど、みなが求めているのは俺個人じゃなくて子孫繁栄だし、人が肉体を持つ人間である以上、生理的嫌悪感からは逃れられないし。


 好きかどうかの判断基準はペロれるかどうか。ミアやソフィアでギリなんとか、ロシューは人間じゃないから余裕だけど、男の姿を見せられた後では……。


 人間の肉体としての不潔さを思うと、どうしても嫌悪感が拭えなかった。見ず知らずの人間ならば尚更だ。


 そういったものを全く感じないのは川姫くらいかもしれない。だってただの水だし、一心同体だし……。どちらにせよ使われてポイされるのは御免だ。もう嫌になる。反吐が出るぜ……。


 とはいえ悪いのは人じゃない。この惑星の環境だ。原因は不明だが、男児が産まれない不幸。そして更に追い打ちをかける魔者の存在。王侯貴族の思想が歪んでいるのも事実ではあるが、それは環境によって導かれた結果でしかない。


 人を恨んでも根本的な解決には繋がらないと頭では解っているつもりだ。夢の箱を手に入れて根本から変えなければ抜本的な改善は望めない。実在すると信じて前進するしかない。


 考え過ぎて吐き気がしてきた。多分胸焼けだと思うけどこれさ、王宮の言いなりになって解放された後も今と状況は同じく……なんだよね? ならさ、もうさ、俺の人生とっくに終わってんじゃん。


 しかし思考を重ねたところで、このような状況ではなにも打つ手が無く。今は隣の部屋から聞こえてくる娘たちの会話に耳を傾けるほか無かった。

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