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そのようにしてお仲間の紹介が終わり、ひとしきり場が和むと、イヌ耳メイドがキッチンから戻って来てスイーツが運ばれて来るのだった。
目の前に置かれたのは木苺のタルトと紅茶、そして白磁のポットに詰められた白い角砂糖であった。まさか角砂糖まであるとは驚いたが、最低限この三つを用意できる程度には文明が進んでいるらしい。
聞くところによると、「砂糖は南の小国から輸入している高級品、紅茶は東の諸島から取り寄せています。ベリーは北の村からの安物ですが」とにっこり顔で語るリーゼロッタさん。材料費のみならず、輸送料まで随分と掛かっていそうな代物だった。
揃いとなっているティーポット、ティーカップとソーサー、そして小さなトングが添えられているシュガーポットまで金縁の紋章入りとなっており、食器類までお高そうだ。
「あそっすか。ではいただきまーすっ」
「いや躊躇無いねキミ……」
おぉ、幸せの粉砂糖。嗚呼なんと贅沢な……。
粉雪が如く振り掛けられている砂糖に感激しながらタルトを摘み、フォークなど無視して豪快にも一息に頬張ると、しっとりとしたジャム状の食感がしたかと思えば、すぐにこんがりと焼かれたザクザク生地へと辿り着き、柔らかくも噛み応えのある甘美に頬がジワリと蕩けて、気が付けば夢中で食してしまっていた。
まさに、酸味の強い木苺――ラズベリーの近縁らしきベリー類とカスタードの甘さがベストマッチ。まったりとした甘さが確固としてあるものの、酸味が良いアクセントとなっていて全くクドくない。
香ばしい小麦とアーモンドプードルらしき香りが鼻から抜けていき、飲み込むと同時にもてなされた紅茶をすするとそれはやや渋みが強く、タルトに含まれているバターの油分をサッパリと洗い流してくれると同時に、失われた水分が補われて喉を潤してくれた。このループにハマって抜け出せない。我、甘味のケモノなり。
もうこんなの一言でいい、うめぇ~!
「お気に召されたようで安心しましたわっ。殿方はどのようなものを喜ばれるのかが分からず、少々不安でしたの」
どうせ一晩の仲、この方々とはもう二度と出会う事も無いだろう。旅の恥は掻き捨てだ。ってな訳で好きなように手掴みで食ってるノンマナー相手でも微笑みを絶やさないとは強い。
そんなことより話し掛けるなよ鬱陶しい。エサ食ってる犬に手を出したら噛まれるんだぞ? 噛むぞ? あぁん?
「おかわりはご所望で?」
「はいっ!」
満面の笑みで空になった皿を差し出すと、わざわざ腰を浮かせて家主直々にタルトを乗せてくれるのだからお優しい。結婚したら奥さんにこうやって餌付けされたいナ。
「キミね? もっと遠慮してもらわないとボクの分まで無くなるじゃん!」
「遠慮知らずも良いところ。私のもどーぞっ」
「アザス」
ソフィアはいいの? とか言って気を利かせたら、やっぱ私も……ってなりそうだから言わない。フルコースでお腹いっぱいでしょ? デザートは別腹って言うけどジェラート食べたから満足なハズ。
ってなことで隣からも餌付けしてもらう。飢えた野良犬なんかじゃなくて、四方八方からエサ貰えるかわいい犬っころになりてぇ! チヤホヤなんかされたくねぇけどぉ!
「男の子ってよく食べますね~。本の通りでスゴイですっ」
「せやろ」
無我夢中で砂糖に脳みそを溶かしながら、それとはなしに気になっていた事をひとつ訊ねてみる事にした。ここは他国なので当事者ではないにしても、近しい立場ではある。噂は本当か確かめてみる事にしたのだ。
「ちょっと小耳に挟んだんですけど、中央国が拡大主義に転じたというのは本当なんですか? いや俺には関係無いと思うんですけど気になるっていうか」
単刀直入にズバリ訊ねてみる。言い出した途端、即座に反応を示して咄嗟に顔を向けてくるソフィアであったが、時すでに遅しと判断したのか、諦めた様子でそっとため息を漏らすのだった。そんなお隣はともかく、返ってきた言葉はこのようなものであった。
「えぇ、土民どもを飼い慣らさねばなりませんので」
うん。……は?
思ってもみなかったキツイ言葉にタルトを皿に落とし、微笑み絶やさないその顔に愕然とする。まるで当たり前のように言ってのけた貴族娘は続ける。
「中央国の周辺に限りませんが、この世には少数で構成される集落が未だ複数存在しております。そういった寄り集まりは通貨を用いない非効率的で野蛮な生活を送っていることも多く、ちょっとした天候の変化で飢饉に陥ってしまうのです。そういった飢えに喘ぐ危うい状況にある方々を支援するのもまた文明人の務め。拡大主義と言いますが、より慈悲深く、より寛大になったと言った方が適切ですわっ。すべては女王陛下の慈愛ですのよ? ですから……」
リーゼロッタさんが更に吐き捨てると、ふと紅茶をすすりながらリーゼロッタさんに手をやって言葉を遮り「後はわたくしが」とバトンを奪うペレッタさん。終始目を伏せていてリーゼロッタさんに視線を向ける事は無かったが、冷静に語り始めた彼女の中に一種の苛立ちが透けて見えるような気がした。
「中央国の王都には様々な種族が集まり、活気に満ち溢れておりますが、しかしその寛容さも施策の一部。王宮は紛うこと無き純血至上主義。ここで言う純血とは、この星に産まれた人間――つまり普通の人を指します。それは同盟を結び、姉妹関係にある大公国も同様。わたくしたちは純然たる精霊たちを崇敬しておりますので、その点では異なりますけどね」
ミアやイヌミミメイドが居るこの場で平然と語るのだから異常だ。
「この惑星ならではの血を護り、純然たる血脈を綿々と受け継ぐ事を目的とする、その尊き使命をわたくしたち貴族は担い受け、次世代へと継承し続けているのです。血脈の保存とでも言いましょうか。人間という種の存続ですね。変な血が交じるとどうなるか分かったものではありませんし。もちろん、シコティッシュ様のように別の大地から訪れた者たちを卑しいと言っているわけでは決してありません。必要不可欠で大切な存在、別の大地に産まれた同じ人間です。男狩りという一時の暴挙も収まりましたし、貴族一丸となって、何があろうとも全力でお護りします」
続けて言った「――できれば血を濁す輩とは距離を取ってもらいたいところですが、そこまで言ってしまったら例え他国の人間とはいえ、お連れしてしまった手前ワガママとなりますね。この国の人々は王宮のように無理強いはしませんので、どうかご安心を」という言葉がミアに向けられているように感じられたのは気のせいだろうか。
王宮をはじめとする貴族連中は自分たちが世界の中心だと思い込み、昔ながらの伝統的な生活を送っている人々を指して発展途上だと言い放ち、土民であると見做しているのは充分に察せられた。
真に”人間”なのは我らであり、手を差し伸べて先進文化を広めることは一種の救済であると思っているのだ。それどころか、なんと慈悲深き我ら……などと悦に浸ってさえもいるみたいだし、自己肯定の頭しかないのだろう。
こんな事は言われなくても容易に想像が付く。中央国という名称も傲慢さの現れか。言うなれば王宮は一種の象徴なのかもしれない。自分たちを中心とした世界政府の樹立を成し遂げる為に、思想の統一を目論んでいるのが透けて見えた。善の名を借りた悪だ。
それは文化的侵略であり、伝統文化の破壊である。そう指摘するとどうせ激昂し、地に這いつくばって生きている者共の尻を叩き、規律を与え、”人”のように起立させてやっているのだ。これの何が悪い? と返す声もまた、ありありと聞こえてくるような気がした。
社交辞令の塊なだけあってこんなこと流石に言わなかったし言えないだろうけど、余裕で推察できる。そもそもとして思想からして異なるのだから指摘したところで話しも噛み合わないだろう。――俺の考え過ぎだって? そうであって欲しいよ。
直接的な名指しは避けていたものの、少数民族――つまり獣人族を見下す行いは、特にネコミミ族を虐げる言動は許せなかった。もっと酷い輩もいるとソフィアが言っていたが、なるほどこういう事かと。聞かされていた話しと実際に目にするのとでは段違いでイラッとするな。
レッテル貼って簡略化しなければ認識に支障が来たすのだろう。先入観や固定観念でモノを判断しているのだ。経験則や統計的な大を見ておおよその判断を下すのは理にかなっている。それは解るが、あまりにも単純すぎるし、現実は例外だらけだろうに。
その傲慢さ、世界の救世主、指導者、道徳の執行者を気取っているのが気に食わない。全てその頭に”歪で偏った”が付随するのは言うまでもない。指導という名目で圧力を掛け、支配したいだけじゃないか。
そんな事を考えて勝手にイラついていた折、だから言ったでしょ、とため息の音が静かに聞こえて来たのだった。バトンタッチしてからの流れがなんだか不自然にも思えたが、そんなのはどうでもいい。貴族のご立派な発表会を黙って聞いてやってるだけでも我ながらに偉いと思う。
「しかし私、いや私たちは寛大な派閥。本来メイドというものは名誉ある仕事。そのメイドにこうやってイヌミミ族を雇っているのは私くらいですわっ」
言葉を選んで世間的に認知されているのだろう事実と、聞こえの良いことだけを口にしているが、その口振りからして意識の根底にある差別主義的思想からはまだ抜け出せてはいない様子であった。
とはいえ、ミアが目指す世界に一歩近付いているのならば目を瞑るしかない。最初はこんなものだ。イヌミミ族も独立国家で門番してたし、いい流れなのかもしれない。と、前向きに受け取って気を癒やす。
保守点検として悪い所は是正し、善いものは維持するのが最もな理想ではあるけども、貴族内の物好きや意識の高い派閥、改革主義のリベラルからも革新は始まるのだと思うし。まぁどっちにしろ何様のつもりだよとイライラするけど。
機嫌が収まらないのでお菓子をバク食いして叫び出しそうな口を必死で塞ぐ。手掴みでも別にいいだろ野良犬は貴族じゃねぇし。未だになんか語ってる貴族の言葉など意に介さず、蓄積されたストレスを発散させる為にバク食いし続け、失せた食欲を否定する。人間サイズの小さな胃袋にムシャクシャした。純血主義とか言うクセに純血を捧げようと躍起になるのはなんなのマジで。
「庶民向けの宿では警備が心配です。今宵はお泊りになってくださいなっ」
大皿の上でカットされていたタルトを食い尽くす勢いで甘ったるいそれを黙々と食していると、どうやらと言うか、やはり今晩はこの屋敷に泊まらせてもらえるらしい。優雅なティータイムが台無しになってしまったが、貴族とはなんなのかはよーく知れた。あまり長居するのは良くない気がする。
でも屋敷を出た後はどうするか……まぁ明日のことは明日考えよう。一晩寝かせてもらって朝食を頂いたら早々にサヨナラさせてもらうわ。
宿賃と食費の前では、憤りなど無に等しかった。




