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エルザさんはいい人だったし、罪悪感は一応あった。なので自身を正当化する為に心の中で言い訳じみた雄叫びを上げていると、三叉路を駆け抜けて一本の道と合流した折、「ありがと」という言葉と共に顎が軽くなったかと思えば、
「あなた達! 乗って!」
人のものとは異なる複数の足音と車輪が跳ねる音、そしてこちらに呼び掛ける誰かの声が後方から聞こえてくるのだった。
ぜぇはぁしながら何事かと振り返ると、灰銀の体毛をしたオオカミの群れが眼前にまで迫っており、みな長い舌を伸ばして俺と同じようにハァハァしていた。
その光景を前にして一瞬ビビってしまったが、よくよく見ると犬ぞりが如く束ねられているオオカミたちの後ろには屋根付きの立派な馬車――ならぬ黒い犬車が引かれており、小窓から一人の娘が顔を出してこちらに呼び掛けているのだった。
オオカミたちが横を通り抜けて犬車が急停車すると、扉が開け放たれると同時に「いいから乗って!」と促され、
「乗ろうっ!」
顔を見合わせたミアの合図を機に、四人乗りの豪奢な車へと詰め乗っていく。
「ほんっとウンザリだよッ! なんか不慮の事故で死んでほしい!」
先に乗り込み、えんじ色の座席に腰掛けると同時に愚痴るミアであったが、そんな事は無視してソフィアを背中から降ろし、備え付けられた踏み台に足を乗せて中に失礼させてもらうと、向かい合わせの座席は肌触りの良いベルベットで、砂埃に汚れているであろう格好のまま座るのは躊躇われてしまった。
しかし乗れと急かされている状況下でそんな悠長な事など考えている暇も無く、右にミア、前の席にソフィアと貴族らしき風貌の娘という配置で座ると、ふとシンシアがこちらまでやって来て、
「あれ、シンシアさん……?」
「はい?」
「あの、ガーゴイルさんが居りますような……」
「弾とか矢が飛んできたら怖いので」
「あー……」
いくら背に乗れようとも、そういった飛び道具の前では確かに無防備。車内の方が安全と判断したのだろう。隣で不満を漏らしているミアをむぎゅっと押し潰すようにして席を空けると、では失礼と乗り込んでくるのだった。
こうして四人乗りの車に五人で詰め乗り、貴族娘が背後の小窓をノックすると、その先に座る御者さんの「ハイヤッ!」という掛け声を皮切りに発車する犬車。
早速ガタガタと揺られ始めた車内であったが、座席のクッションはふかふかのふかで座り心地は抜群だった。女子二人に挟まれて窮屈なこと以外に不満は無く、檻の中とは比べ物にならない程だ。
――ちなみに人工精霊は硬いガーゴイルの上。死なないのならどこでもいいだろう。荷物は頼んだ、ロシュー。
ガーゴイルの背に乗って犬車と並走している窓の外から目を戻し、助けてくれた貴族らしき娘を見ると、麗しき娘はミアと同程度の年頃をしており、フリルが飾り付けられている白と水色のドレス、そして亜麻色をした細くて緩い縦ロールの髪型が印象的だった。
「むっぎゅ~♪」
閉ざされた空間に腰を落ち着かせるやいなやこちらの片腕を胸に抱き、胸当ての硬い感触を上機嫌に伝えてくるミアはともかく、目の前に座ってその足先をこちらの足先へとわざとらしく触れさせながら、真顔で小首を傾げてみせるえっちなソフィアはともかく、
「ご挨拶が遅れました。わたくしは大公国にて領地を分け与えられ、この辺り一帯の管理を任されております小貴族・商いのペレッタと申します。何者かから逃げておられるご様子でしたので、心配になって……お声をお掛けしましたの。わたくし、殿方のお姿は初めて目にしましたわっ」
「あ、そうなんっすね。それはそれは」
とかなんとか社交辞令的に自己紹介している、鳥のペレットみたいな名前の娘もともかく。
そんな事よりも、もう片方の腕の側面に当たる、背の低い割にはこの場で最も豊かなシスターの柔らかさや、おさげの金髪から香る石鹸の香りに気が取られ始めていた。本人はまったく気にはしていないらしいけども。
シスターは他の方々とは違って積極的に迫って来ることは一切無く、今のところではあるが、興味すらな……いや男×男なご本を愛好しているらしいのでそれは無いとしても、単純に異性として好みではないのかもしれない。
だとしたら悲しい気もするけども、普通の女子と同じように一定の距離を保ってくれる事に好感を抱きつつあった。この惑星に来て一番の常識人かもしれない。
やはりムキメキマッチョ、いや細マッチョ? 知的なメガネ男子でもないし、熱血な友情漢でも無いしなぁ……。逆に気になってしまう。人間とはなんて、ワガママ。
そんな事を考えている間にも、靴のつま先に触れさせていたソフィアの足は徐々にこちらへと伸ばされて来ていて、気付いた頃には脚の間へと入り込んでいるのだった。ふくらはぎの辺りを密着させてスリスリと擦り合わせており、机の下で戯れるハニトラかよと。
「傷付いていてもそういうコトできるんっすね」
「傷跡が疼くの……。こっちの脚だけど」
「そっちなんかーい! じゃあコレはなんだよ教えてくれよ三十二才!」
「たわむれっ?」
「何故に疑問形……。ってかミアもそろそろ離してよなんか汗を感じる」
「ボク、アセナンカ、カカナイモン」
「そっすか……、そんで離さないのね」
一方のシンシアはといえば、こちらの会話に参加するでもなく終始外の景色を眺めていた。
普段は落ち着いた面持ちで接してくれてはいるものの、内心では結構シャイなのか、それとも疎外感を覚えてしまっているのか。自らの鞄を縦に置いて脚で挟んでいるところに、人に対する思い遣りの心が感じられた。
過ぎゆく景色へと静かに目をやっているそんなシスターに、惹かれ始めていた、気がする。強引に求められると引いてしまう一方、かといって微動だにもしないと押したくなってくる。
腐っているとは言っても声色まで柔らかくて可愛らしいのだから仕方ない。恋愛感情などとっくに忘れているから断言は出来ないけども、もしかしたら一目惚れかもしれない。
それにしても、なんだかみんな、不器用だ。




