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 キャトられたとはいえ、この惑星の世話になっている以上、こちらとしても郷に入っては郷に従えの精神を重んじて、その上で昆虫食のように受け入れ難いものは丁重にお断りするよう努めていた。


 決して感情的な反射反応に身を任せるのではなく、冷静に受け止めて理解し、目を逸らすしかない。反射的にあれこれと感想を言っていたら他者とトラブってしまう。他国のアイデンティティー――つまり伝統文化を先ずは理解尊重しなければならない。


 こちらもあちらも理想主義と現実主義の狭間で葛藤を抱いているのはバカでも分かる。その上でどうするかが問題だ。理想的現実主義でも現実的理想主義でも良いが、非暴力を掲げながらも戦争となったらピンポイントで攻撃してなるべく被害を最小限に抑えカタをつける、そんな折衷案を双方で模索しなければ。


 当事者だというのに問題を放置し続けるのはこちらとしても無責任に思える。まぁ思わされているだけなんだが、無視したくてもできないらしい。


 エルザさんが部屋から出ていくと、このような事を何度も繰り返し考え続け、導き出した結論は結局、渦に巻かれながら”成り行きに任せる”だった。身柄を拘束されてしまった以上、もうどうする事もできなかった。――しかし腹は空くもので。


 夕焼け色に発光する石のランプが小さく灯る部屋の中、今が何時なのかは不明だが小窓の外はまだ暗く、しかし寝付けずにいた。


 警備兵の仮眠用として据え置かれていた簡易的なベッドに横たわって目を閉じていると不意に腹が鳴り、このような状況下にあっても腹が減る呑気さに自分でも呆れてしまう。


「あのー、すんませーん……」


 どちらにせよ緊張が抜けず眠れないので、今は寝ることを諦めて重い身体を起き上がらせると、外側から施錠されている扉越しに声を掛け、どこで待機してるのかは知らんが呼び出してみることにした。すると、


「どうした?」


 即答するのだからビビってしまう。どうやら隣の部屋で寛いでいたらしく、ガチャガチャと解錠してドアを開け、すぐに現れたエルザさんであったが、その格好はピンクのランジェリー姿をしており。しばらく無言で顔を見合わせる金髪姉さんと俺。


 自分からは求めないと言っていたが、内心ではやはり期待しているのだろう。言葉はなくともプレッシャーを感じてイヤになる。他者からなにも期待なんかされたくない。故に、訪れたピンク色の引力に真顔で抗う。


「あ、いや、お休みのところすんません。あの、腹が減って……」


「あ、あぁメシか……。そう言えばそうだな。いま持ってくるから」


 その首元には細いネックレスが掛けられていて、小さな緑色の宝石がキラリと光を反射していた。半透明のランジェリーの下には控えめな胸を隠す下着とパンツ、そして引き締まった腹部には生々しい傷跡が浮かんでおり、箇所と形状からしてミアが残したものであった。


 臓器にまで刃が到達していたハズなのに、まだそれほど日も経っていないというのに、こうして動けるとは一体どうなってるんだ?


 不思議がっている間にも部屋から出ていき、すぐに食事を持って来てくれるエルザさんであったが、サイドテーブルに置かれたのは手のひらサイズの乾パンと、金属製のコップに満たされた真水であった。


 この辺りに店などあるわけもないので保存食が出される予感はしたけども、近衛兵はこんなものを普段携帯して食ってるのかと哀れに思えた。まぁ騎士と言えども捨て駒の兵隊に過ぎないし、贅沢は言ってられないから別にいいけど、


「き、貴公はすっ、その……」


「はい?」


「す、すす好きな奴とか……いるのか?」


 さり気なくそんなコトを訊ねてくるものだから、では早速と乾パンに手を伸ばしたまま困惑してしまった。


 しかし言いたいことは良く伝わったので「あー、特に」とテキトーに返して、律儀にも皿に並べられていた乾パンをバリボリとむさぼり食う。小麦の香ばしい香りが食欲をそそる一方、味の方はと言えばひたすらにプレーンで、自然な甘みが感じられる程度だった。


「そ、そうか! ならゆっくりと食事を楽しめ」


「ふぁい」


 あれじゃまるでウブな女学生だな……。メシも食事ってより食餌って感じだけど、まぁいいや。


 部屋を出ていく後ろ姿に返しながら一枚二枚と食べ進めていき、パサパサになった口内を水で潤すと、満足したので横になる。……が、寒い。


 ベッドの敷布団はせんべい布団で硬く、掛け布団もシーツのような薄手のものが一枚あるのみ。夏場ならともかく、春に相当するらしいこの季節の夜、シーツ一枚に包まって寝るのは流石に肌寒かった。


 なので、呼び出す。気軽に声を掛けろと言われてあるし、囚人の面倒を見るのも監督者のやくめでしょ! ――本当は申し訳ないです何度も何度もすみません。


 旅するなら最低限毛布は欲しいよなぁ~、そんでやっぱ馬車も! はてさてお幾らなのかしら……。って、もう夢も希望も無いのでした。残念無念また来週。


「すんませーん」


「今度はなんだ!」


 扉を勢い良く開け放ち、またしても姿を表すエルザさん。夜這いでも期待していたのか、それとも隣の部屋を経由しないと外に出られないので不要と判断したのか、それとも脱走したとて周囲は囲ってあるのか。もう鍵も掛けられてはいなかった。


「いやあの寒くて……。毛布かなにかをお借りできたらなと」


「さ、寒いなら……一緒に寝てやろうか?」


「いえ結構です」


「遠慮するな。私も寒かったのだ」


 すけすけランジェリーではそりゃ寒いだろうよ……。


「毛布って無いんすか?」


「……ある」


「ならそれください」


 ベッドに腰掛けて要求してみると、仕方無さそうな様子で部屋を出ていき、毛布を持って来てくれるエルザさん。素直にお優しい人だと思った。


「私のを使え」


「いやそれだとエルザさんが寒いでしょ。他に無いならいいっす」


「それはダメだ。風邪を引いたら命に関わる。上からも厳しく言われてしまうのだ……。かけろ」


 しかも自分を犠牲にしてまで毛布を譲ってくれるとは。もうね、聖人だよこの人。上司の目も気にしてさ、絶対社内で評価高いよね。


「……なら、一緒に寝ます?」


「いいのか!?」


「え、あーまぁ。ナニもしないなら、はい」


 女騎士という名の真面目なキャリアウーマンを目の前にして、つい同情せざるを得なかった。こちらのせいでエルザさんが風邪を引いたら後味が悪いし、後で指示や命令を飲ませるための材料として使われるのは避けたい。王宮絡みに恩は作りたくなかった。


「私からは何も求めないと言っただろう。安心しろ。……好きにしてくれても良いが」


「なら好きに寝させてもらいますんで、もう寝ましょう。その格好、寒そうだし」


「う、うむ……では失礼して」


 女子と就寝するのはそこまで抵抗は無かった。ミアやソフィアとの日々を通じて段々と慣れ始めていた。ただ寝るだけならば、むしろ暖かくて助かる程度。因みに、目を逸らす為の強がりだ。寝れる訳ねぇんだよなぁ。


 とはいえ今は寝るしかない。狭いベッドに背中合わせで寝転び、一枚の毛布に包まり合うと、じんわりとした人間カイロの温もりが背中に伝わってきて、なんとも言えない人間味を感じてしまった。この人もまた、俺と同じ生きる人間なのだ。


 この人めっちゃ体温高いんだが。胸がドキドキして苦し……うっ。こ、この人も心臓暴れさせてんのかな……。あー、そういえばあの時、血気盛んとかミアが言ってたなー。まだ数日しか経ってないのにもう懐かしいや。


「起きてます……?」


「ん、どうした?」


「男と寝て平気なんすか? 王宮って男嫌いなんじゃ……」


「うん? 私は別に平気だぞ?」


 天井に顔を向けて答えたらしく、声の聞こえ方が変わった。


「そうなんっすね。ならその首から下げてるのって」


「これか? これは母の形見、祖国の特産品さ。お前たちが経由したあの街だ」


 やはりなにかしらの手段で情報は伝わっていたらしく、”お前たち”とはいったい何人の人間を指しているのかが気になってしまった。滞在していた目的を追求されて知られでもしたら、あの二人のみならず、経済的な手段で反乱を企てているネコ達にまで危険が及びかねないので、せめてもの恩義として急ぎ話題を変える。


「そうなんすね、俺も財布は爺ちゃんの形見ですよ。それじゃ、男狩りのエルザってあの子が言ってたのは?」


「あぁあれか、男狩りのエルザなんて名ばかり。一人も殺したことは無い」


「え、そうなんですか!?」


 めっちゃ興味ありますとでも言わんばかりに食い付き、そこまで興味のない自分語りを子守唄の代わりにねだる。


 俺はもう捕まってしまったから手遅れだが、親切に接してくれた方々に迷惑が及ぶのだけはどうしても避けたい。どの誰にもありがとうを伝えていない気がする。ならば最低限このくらいは。


「当時十四の細腕に、百人もの逞しい男連中を倒して回れるとでも思うか?」


「言われてみれば確かに、ちょっと無理があるかも」


「私の母は子供の頃に亡くなってな、そういった残された子供らは孤児院か修道院に入るのが一般的なんだが、なんで母を奪った神様に跪かないといけないのかと子供ながらに思ってさ。私はとにかくそれが嫌で、一人で旅に出たんだよ。当時はまだ身分証も無くて、大公国には入れなかった。ならばという事で通行証の必要が無い王都へ行き、給料の良い募集を見掛けて王宮の近衛兵となった」


 続けてエルザさんは語っていった。


「それから数年が経った頃、私のお師匠がな、遠征隊に参加すると言うんで、見学がてら着いて行ったんだよ。最初は危険だからと止められたが、みなの世話をするということで強く願い出て、お師匠を根負けさせた。あれは義勇軍だったし、メイドも少なかったから余ってなかったんだ」


「なるほど。でもなんでそんな異名が?」


「結局それで、遠征隊に参加した騎士たちは次々と敗れていき、最後に生き残ったのは非戦闘員の私だけ。みなの手柄を一挙に引き受ける事になったんだよ。最後はお師匠と男とで相討ちだった。この目で全てを見た。あんな悲劇はもう起こしてはならない」


 悲しみを抱えてひとり凱旋し、百人もの敵を葬った男狩りのエルザなんて異名をつけられたら……。


 魔者の脅威もあるというのに人間同士で殺し合い、市民からも散々憎まれて来ただろうに。他人の身の上話など興味も無かったが、気が付けば引き込まれてしまっていた。


「でも、素直にそう説明して回れば……」


「何度も説明したさ。でも聞いてはくれなかった。王宮には次世代に向けた一種の武勇伝……伝説が必要だったんだ。特にあの子なんかは目をキラキラとさせてな、全く信じてはくれなくて……。今ではもう諦め、男狩りのエルザという役を担っている。上に立つ者としても好都合だしな」


 何度も説明し、諦め、そしてあの子やみなが一種の夢や希望を抱いている事を悟ったのだろう。本当に優しい人だ。そんな恨まれ役を、例えみなの誤解だったとしても引き受けるとは……。確かにオカシナ奴らも多そうではあるけども、王宮にもマトモな人物がちゃんと居るのだと改めて実感させられた。


「あの、良かったら抱き締めてあげましょうかとかなんとか……」


 完全に同情してしまった。両親を失い、民を護る立場だというのに民衆に恨まれ、更に重責まで担うなんて不憫でならない。……とか心を寄せていたらもう寝てました。寝息は大人しいのね。

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