083 第三十一話 教師と出来損ない
結局捕まってしまった。遂に、王宮直々の近衛兵に捕縛されてしまった。
国境の見張り台にある簡易的な牢屋は、ド辺境なこの地にあって流石に鍵が錆びていたらしく、渋々な様子で大公国側に建てられていた警備用の詰め所に連れて行かれると、椅子に座らされて手足を縛られ、飽きれ顔で腕を組む金髪お姉さん”エルザ”さんに監視されていた。
大公国側に属しているらしき警備隊の方々は誰も権利を主張したりせず、ただ黙々と口を噤み中央国の人間にこの場を明け渡していた。まさかこんな形で越境することになるとは皮肉だが、同時に馬鹿らしくも思えた。
牧場にあるような木製の柵を設けて自らのテリトリーを主張し合い、わざわざ同じ大地を分割して別け隔てなければ喧嘩になるだなんて、子供じみた人間の滑稽さを彷彿とさせられる。領土を定めてこそもたらされる平和も沢山あるのだろうが、あっさりと国を越えてしまったのもあって、こんなものに挑んでいたのかと。
「アイツはどうした?」
「逃げましたです!」
そんな折、遅れて戻って来たかと思えばこちらの姿をジロリと横目に睨み付け、すぐに真面目な顔を作ってエルザさんに報告する赤髪娘”ルゥナ”。その言葉を聞いて一瞬薄情にも思えたが、生首でも見せられたら本当に理性がぶっ飛んでしまうかもしれないので、まぁ良しとする。とにかく生きて逃げられたのなら良かった。
「そうか。だが目的は果たせた」
「しかしっ! お姉さまのお身体に傷をつけた賊ッ! 決して許してはなりません!」
「私はもう平気だ、忘れろ。あとは公安にでも任せておけば良い」
「わたしが忘れません! それに、まだ……」
「いやとにかく、お前は急ぎ王宮へと戻り、報告して来い。檻も忘れるなよ」
「はいっ!」
「それじゃ頼んだぞ」
「はい、お任せあれです!」
中央国のみならずこの惑星にとって重要な男の追跡・捕縛は、王宮直属の近衛師団が行っているのは把握していたが、犯罪者を取っ捕まえる警察的な外部組織も存在するらしい。まぁそんな事より、
「おいてめぇ、お前のせいでお姉さまのお身体に傷がついた事、忘れてねぇだろぉなぁ?」
敬礼するでなくシャキッと姿勢を正してみせたかと思いきや、まるでヘビのような眼差しでこちらに詰め寄ってきて、あからさまに見下しながらドスを聞かせてくるヤンキー少女。コイツがただのガキならなんとも思わないが、その実力を見せられた後で凄味を効かせられると顔を背けるしか無かった。
「別に俺がつけたわけじゃ……」
「アァン? もっぺん言ってみろやッ!」
つい口から漏れてしまった責任逃れの言葉を受けて、傍らに置かれていた机を乱暴にも足蹴にし、ヒステリックにブチギレてみせる不良娘。この子はエルザさん以外の前では言葉遣いが変わるらしい。中等部ほどの小娘だというのに、その態度は大の大人を相手にしたものではなく、完全にヤクザのソレであった。これではまるで脅迫尋問だ。
「俺のせいじゃねぇですごめんなさい!」
「テメェのせいだっツってんだろがッ!」
「私はもう平気だから早く行ってこい……」
理不尽だが謝るしかなかった。今のところは常識的な感じがするエルザさんに助けられて、ほっと胸を撫で下ろしていると、
「はいです! ……おい穢れ腐ったゲス男、お姉さまのお身体に指一本触れてみろや。コレだから、コレッ」
黙ってれば可愛い顔をぐっと近付けて来て、吐息が吹き掛かるほどの至近距離で小声に脅し、自らの首を手刀で掻っ切ってみせるルゥナ。他の方々とは違い男に興味も無いようだし、二人っきりにされでもしたら事故を装って本当に斬り倒されてしまいそうだ。腰から下げている剣の柄頭には赤い結晶が取り付けられており、視界の隅にチラつく物騒なソレがとにかく恐ろしかった。
「ほら脅すな脅すな。お前の心配はよぉく分かったから、早く行って檻でも持って来い」
「只今持って来ます! お昼には戻りますね!」
肩下まで伸びる真紅の髪をツーサイドアップにしているのは、年頃の女の子らしくて可愛いとは思う。でも、中身が狂気的に破綻しているのでは意味がない。少女が纏うヤバそうな雰囲気にエルザさんも狼狽えた様子を浮かべているというのに、本人はまったく気にもしていないのがまた深刻さを物語っていた。
そんなルゥナが部屋から出て行くとエルザさんと共に肩を撫で下ろし、心底安堵し合ったのはもう言うまでもない。
とにかく歩きまくって、とろいとは言え荷馬車にも乗せてもらったというのに、上への報告や檻の準備等があるにしても、早馬で往復十二時間程度の距離しか稼げていなかった事に愕然とした。
あの時荷馬車から降りずに移動し続けていたら、ソフィアとの出逢いは無かったとしても、今頃はもっと遠くにまで行けていたかもしれない。今考えたところでもう遅いけど。




