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 そうこうして国境沿いまで来たは良いものの。


「あちゃー」


「すべてお見通しってわけね」


 深夜だというのに国境警備隊の数が異様に多く、関門へと続く街道には検問も敷かれている様子であった。無数に灯されている松明の明かりを前にこれ以上は進めないと判断し、木陰に身を隠しながら思案する。爪を噛みながら苛立ちを抑え、国境を警備するという概念を持ち込んだ先人どもを恨んだ。


 ここから最も近い隣国は中央国に忠義を尽くす大公国らしいので、出国しても気は抜けない。しかしそれは表向きで、裏では王宮を恨んでいるかもしれない。出国されると厄介な事になるから、これだけ厳重に警備しているとも取れる。あくまでも希望的観測だが、例えこじつけであろうとも希望は捨てたくなかった。


「うーん、これはダメだね」


 一旦大公国の領地に入って更に先の国を目指すつもりだったが、これでは難しいかもしれない。オオカミよりかは一回り大きなガーゴイルに乗って移動しているシンシアの姿がやけに目立つような気がしたので、無言でハンドジェスチャーをしてもっと隠れるようにと伝える。


「ここを抜ける事が出来ないなら、野宿をして更に国境沿いを行くしかない。最も手薄な場所を当たったつもりなのにこれとは。あなたってホント大人気ね」


「ゴメン、野宿はもうゴメン、ムリっす」


 嫌味なのか何なのかは知らんがソフィアに直ぐ様言い返し、それだけはイヤだと伝えさせていただく。なによりもこの人数だと巨大な毛皮に包まったとて誰かが腹を冷やすことになる。そうなれば最悪として脱水状態を引き起こし、足を止めている間にもし見付かってしまったとしたら、どうすれば良いのか。


 王宮の人間は有能揃いであると前提を立て、ここまで考えた上で行動しなければ本当に捕まってしまう。手足を縛られて好きでもない奴らとなんて――ミアやソフィアともお別れだなんて、それこそ御免だ。お互いに思惑を抱いているのは重々承知、こちらとしても都合の良い助け人とは縁を繋ぎ止めておきたい。


「わたしが囮になりましょうか? この子って速いんですよ!」


「でもキミ喘息持ちでしょ? 壊されたら走れないじゃん」


「賜ったばかりなのに縁起でもないこと言わないでくださいよぉ……」


 国境は辺境も辺境、見渡す限りの大自然の中にあった。とはいえ森林や丘も少なく、基本的には平地で隠れる場所もあまり無い。暗くて良くは見えないが、きっと昼間に訪れれば豊かな水と新鮮な草木が美しく、空の青と草原の新緑が一面に広がっている事だろう。そこは、小さな林が点在しているだけの草原地帯であった。


 勿論の事、木々と国境線とが被っているとしたら密入国され放題なので考えにくいし、もしそうであったとしたら重点的に厳重な警備がなされているはず。ほふく前進でもして雑草に身を隠しながら行くのが最も安全なのかもしれないが、リスクはやはり大きい。この場に居る全員、おそらく同じような事を考えていた。


「箒に乗って飛べたりはしないの? 空から行けばすべて解決なんだがなぁ……」


 しかし、そんな都合の良い話しがあるわけも無く。


「なにそれ童話? 真実を教えてあげる。それは、エクスタシー。危険な軟膏を塗って股を擦り付け、昇天するのに合わせてアストラル・トラベルをしていた。ゆえに、それは子供騙しの比喩。夢のような寓話を信じる者に識る資格は無い。相応しくない者を振り落とす為、寓意としてバラ撒かれたものと推察する」


「一気に夢から冷めました。でもまだ夢が残ってるみたいで良かったです」


「夢ではない。けどそう思っているのが身のため。一度染まったら骨の髄まで染め上がってもう普通の人生を、普通の人間としての意識が持てなくなってしまう。実社会から遊離しても良い事はない」


 とかなんとか語ってるが、どうしたものか……。現実を突き付けられて落胆っすよもう。――頭にブーメラン刺さってる上に、この場に居る全員が社会性に乏しい気もするけどまぁいいや。


 木陰から顔を出して目を細め、松明の数とその位置を確認してみると、どうやら道という道に検問が敷かれているらしく、国境に沿う形で遠くの方まで警備隊が等間隔に並んでいる様子だった。すべてがキレイなまでに封鎖されており、お迎えする戦法であると薄々察せられた。


 だとしても国境を越えて亡命しなければならない。これ以上時間の流れに身を任せていると今後増々人員が増えるかもしれない。みな、理想と現実の狭間で最善策を模索していた。


「うぅ~……。お荷物が多くてウンザリだよもうっ!」


 流石にミアも痺れを切らしたのか、金銭的に支援してもらっている都合上あまり強くは言えなさそうな様子ではあったが、結構ヒドイ事を口走って苛立ちを露わにすると、一人なら余裕なのに! といった調子で、身を隠している樹木の幹をつま先で小突いてみせるのだった。


「私は医者としての通行証がある。身軽なほうが良さそうだし、先に越境させてもらう」


「わたしも、聖職者の通行証を貰ったので……」


 しかし薄情なのはミアだけではなかった。ミアにお荷物扱いされて癪に障ったのか、なんと今更そんな事実を告白して先に行こうとする二人――いや正確には三人と一匹。


 たしかに王宮からすればノーマークであろうし、ロシューが男の姿さえしていなければ問題ないはず。わざわざ人目を掻い潜って国境を越える必要など二人には無い。正面から堂々と行けるならそうしたほうが良いし、どちらにせよ脚が悪いソフィアと喘息持ちなシンシア、そして超目立つガーゴイルを連れて出入国を企てるのは難しい話しだ。


「そうしてもらえるなら助かるよっ」


「じゃあ、あちらで待ってる。捕まらないでね?」


 一度話しが決まるとそれからは早かった。ミアと視線を交わしてから念を押すようにこちらを一瞥すると、ふとなにか思い付いた素振りでソフィアはその場にしゃがみ込み、ロシューが手にしていた鞄を開いて、


「これあげる。使わなくて済むならいいけど」


 油紙に包まれた小包を一つミアに手渡し、犯罪者の手助けをしてみせるのだった。逃亡犯のパトロンとはいえ自らが罪人になるのは御免、かと言って大切な観察対象の身柄が拘束されたらそれはそれで困る、という事か。道案内はともかく、モノによる支援まで受けると共謀犯としての意識が芽生えてしまった。

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