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079 第三十話 国境越え

 街を囲む城壁の外、草原に囲まれた街道沿いでシスターと落ち合う為にしばらく待っていると、街明かりを背に暗闇から姿を表したシンシアは例の女神官から賜った自律行動する石像――ワンコのように駆けるガーゴイルの背に乗っており。


 颯爽とやって来たかと思えば砂煙を上げてこちらの前でピタリと止まり、「みなさんお待たせしましたっ!」と、月明かりをメガネに反射させながら顔を見合わせて来るのだった。まさか人を乗せて走れるとは、ついソフィア用にもう一体貰えば良かったと後悔してしまった。


「一刻前。ぴったし」


 どこか眠そうな、あるいはかったるそうな様子で杖に体重を掛けながら、複数の衛星を従えた夜空の月下、文字盤を眺めていた懐中時計をパチンと閉めて懐へと仕舞い、


「金貨は?」


「貰ってきました!」


「ならよし」


 一方のミアはといえば、お決まりの言葉でシンシアを迎えるのであった。一目散に金の心配をして、現場監督が如く腕を組みながらミアが偉そうに頷くと、いよいよ出立となったわけだが。


 今はシンシアが肩から下げているカバンの肩ベルトに目が向かってしまっていた。きっとそれなりの荷物が収納されているのだろうが、その重さのせいもあってか、斜め掛けされている肩ベルトが修道服の布地――ふたつの山が形成する深い谷間に食い込んで存在がより強調されてしまっていて、非常に、とても、目のやり場に困ってしまった。周囲が暗くて本当に良かったと思います。


 そんなコトよりも、まずは目を逸らしまして。これでいったい旅費はいくらになったんだ? 大金持ち歩いて旅するなんて怖ぇんだが。まっ、俺は常識の範囲内だからいいけどさ。みんな金持ちですげーや。


「さ、行こっか」


 こうして、一人と一匹を仲間に加えて夜逃げは果たされた。



 夜逃げ同然で宗教都市を後にすると、保護してもらえるかは不明だが、亡命を果たす為に夜の闇に紛れて大公国との国境線へと移動していた。夢の箱とやらを探すにしても、王宮の手の届かぬ場所でなければ思うようにも動けない。


 都市部から一歩外に出ると石畳の道路は土の道となり、両脇には背の低い雑草が生い茂っていた。馬車の轍がずっと彼方まで続いていて、所々に水溜りまである。まさに田舎道といった趣きであった。


 都市の周辺には田畑が広がっており、主に麦や野菜の類いが植えられていて、そこから更に離れていくと畑もまばらとなって景色が草原へと移り変わり、羊飼いたちの放牧地へと様相が変わる。この辺りも例に漏れず、どこもこんな感じだった。


 広大な草原はどこまでも続いているようにも思えたが、休む間もなく足を進めていくと段々と樹木の数が増えてきて、背の高い緑が林立し始める。きっと更に行くとまた放牧地があり、その先には田畑に囲まれた別の街があるのだろう。


 立ち止まっていると肌寒く感じてくる気温であったが、こうして歩いている間は夜風が心地良く髪を撫で、汗ばむ事もなく距離を稼ぐ事が叶えられた。


 薄白い月明かりに浮かび上がるそんな田舎道、一見して何もないように見えてしまうが、顔を上げて視野を広くすると様々なものがあって、似ている中にも違いというものがあるのに気が付く。


 それは小高い丘だったり、森に視界を遮られたかと思えばふと途切れて遠くの高い峰が眺められたり、野草の花があちらでは白く小さなものが群生していた一方で、こちらでは五芒星形のガクをもったすみれ色の蔓草が一面に生い茂っていたりと、必ず何かしらの変化があって目を楽しませてくれた。全部暗くて良く見えないけど、目を細めればなんとか。


 そんな風になにかしらの変化があったので、街の外はただの田舎などと言ってしまったらお終いではあるが、景色に飽きることは無かった。夜空を見上げれば満点の星空が広がっており、天の架け橋が二つ、交差して存在していることに気付く。


 たとえ人の文化が街を跨いで同一であろうとも、場所によって、あるいは人の趣向によって、自然も建物も、また地域の風習というものも微妙に異なっていた。


 そう、これは放浪旅なのだ。こういったものに目を向けて楽しまなければ気が持たない。中央国からはなるべく距離を離しつつ、各地を見て回る自由気ままな旅をしているだけなのだ。と、自分に言い聞かせて精神の安寧をなんとか保つ。


 脳裏には未だに女神官の色っぽい素肌の残像が残っており、その肌色を振り払うために、もう少しだけこの惑星について考えたい。


 あちらの世界と比べて動植物の姿形も微妙に、ときに大きく異なっていた。犬や猫の類いはヒトと同じくこちらにも存在するが、イヌに関してはどの個体も耳が垂れていて、ほとんどが狩猟犬だった。


 イヌ好きなので見掛けた際は嬉しかったものの、一歩人里離れれば人に付き従うイヌの祖先、オオカミ達が蹂躙跋扈しており、体躯はイヌよりも大きく、耳はピンと立っていた。


 それだけでも問題であるわけだが、あろうことか魔者に血を分け与えられ魔獣と化した個体まで存在しており、より深刻な被害が各所で発生していた。これはもう言うまでもないか。


 他の動物の姿も異なっており、卵を産み廃鶏となったら食用にもされるニワトリの類いなども、少しばかり異なった姿をしていた。トサカがやけに大きくて多くは灰色をしており、羽根はそれよりもやや暗い色。まさに烏骨鶏とニワトリの中間みたいな雰囲気だろうか。


 ニワトリは脚の下半分に羽毛が生えていなかった気がするが、こちらのニワトリに類する鳥類は脚の先まで羽毛が生えており、肉が付いていた。羽毛や一部の内蔵、鋭い爪が伸びた足や骨以外は大体食えるとのことで、大きなトサカの部分だけが店に陳列されていたりもする。コリコリとした食感で美味しいらしいが、まだ食べるだけの勇気はない。


 違いはニワトリだけではない、家畜として飼育されているブタに似た生き物はあちらよりも毛が長く、薄いベージュ色の体毛をしており、ウシの類いも同じく薄茶色で長めの毛に覆われていた。きっと冷涼な気候に適応した結果なのだろう。


 ウマは馬であったが、かなり巨大な図体をしており、大きな荷馬車を引くにも一頭で事足りるほどだった。とはいえ人が乗馬するには大き過ぎるが故、主に荷引き用であり、その役目はシカとヤギの掛け合いのような見慣れぬ生物等に任せられていた。


 頭に生えた一対の角は時に螺旋を描いていて、あちらの馬と同程度の体躯をしており、脚腰も強く、軽快に岩場を跳ねて移動するのである。全部聞いた話だし我々は徒歩だが。


 同じく聞くところによると、長く生き永らえて人語を口にするようになった太古の竜の生き残りが、どこぞの山奥でヒッソリと暮らしていると噂されていたり、これまた絶滅に瀕しているらしいが、巨人族――あちらから訪れた人々による別名・ネフィリムという存在も確認されているとのこと。


 天使と人間の娘の間に産まれたとされているが、一体どうやって人間の身体で巨人を産み落としたのだろうか? 取り敢えずその娘がスゴイ事だけは分かる。


 なお、その巨人族は人間と比べてかなり長命なものの、ヒト属と同じくある時を堺に男児しか産まれなくなり、最後に人間と交流を交わしたのは二百年以上も前とのことなので、今ではもうとっくに滅びているかもしれない。「神様ってイジワルだよね。人間と巨人が交われたら丁度良かったのに」そう語るミアの言葉が印象的だった。あちらに巨人の女など居らぬし、それと比べたらまだ人類には救いがあると言える。


 これは体感なので微妙なところだが、ここに来てからやけに身体が軽く感じられた。惑星が小振りで僅かばかり重力が軽いのか、それとも酸素量が多いのかは定かではないが、地球の周りを回っていた複数の小衛星はただ一つの月を残して地球に落下し、惑星全体の質量が増加して重力は増大、酸素を供給していた森林も失われて酸素量も低下、舞い上がった粉塵が空を覆い隠し寒冷化。


 ――故に恐竜などの大型生物は活動できなくなり絶滅……という話もあった気がするし、もしかしたらそれが起こる前の環境に近いのかもしれない。


 本当に竜や巨人が今も存在しているのだとすれば、あながち間違ってはいないのかも。別に月面歩行みたいな事が出来るほど軽くはないし、気の所為レベルで息切れしにくい程度だけど。


 こうやって考えてみると……うん、いいなこの星! もしかしたら腰痛になる人も少ないのでは? 実際にお年寄りなんか見ててもみんな背筋伸ばしてピンピンしてるし。読書で首とか痛くなってたけど、そういうのも無いかもしれん。


 惑星の環境や動物の類いから離れてみても、少し異なった部分があることに気付く。未だ産業革命を迎えていない、あちらで言えば近世くらいの文明に見える街には上下水道が行き渡っているらしく、入浴の文化があるらしかった。


 それ故に規模は様々だが、各街には少なくとも一軒は公衆浴場があるとのこと。いずれにしても混浴オンリーであり、実質的に女子専用の入浴施設となっていた。

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