078 第二十九話 アトラの鳴動
アトラです。自分のことを名前で呼ぶのはなんだか恥ずかしくなりつつある、思春期真っ只中のアトラです。新たな一人称を模索中です。趣味は手芸です。今日はワレらメイドの紹介をしたいと思います。朝です、いま着替えてます。
メイドたちは起きてるあいだ、古っぽいモノクロームな服を着ていて、女児はカチューシャを、センパイたちは色のちがうリボンを、そして一人前のお姉さんたちは胸元に一人前の証、銀のバッジを着けています。見習い、新人、一人前。それだけ覚えてればいいです。
わたちは黄緑色のリボンを受け継ぎました。面倒見役のセンパイはこの前マジューに食われたから、他のみんなよりいち早く手にしちゃいました。なので、小さい頃から着けていたカチューシャはもうポイです。でもまだ新人として認められていないから、センパイたちは色々な結び方をしてるけど、目立ったらなんかヤなのでかんたんな片結びにします。幼年部の宿舎なのにリボンだから、アトラだけ、ひとりぼっちです。
「やだなぁ……」
――でもっ、気を取り直しまして……。
しゅぴっ、アトラですっ。今日もおケイコでごじゃーます。ナゼにメイドが鍛えねば……。
「こらアトラ! しっかりしろッ!」
「はいぃ〜ッ!」
「なんだその声は! ハイだろハイッ!」
「ハイですハイっ!」
「よし。まぁ良くないが、来い」
いきますよ! この前お尻ペンペンした仕返し……! あでも、なんか途中でヘンな気持ちになったんだっけ……。
勢い良く駆け出したかと思えば、アトラが振りかざした木刀はフラフラと落ちていき、切っ先がストンっと地面を小突くのみだった。
「なんだその振りは!」
「す、すみあせん……」
「踏み込みはいいんだがなぁ……。お前、向いてないよ、剣」
「あっはい。知ってます!」
そうですよねぇん……。でもっ、早く新人として認められないと!
「お前、飛び上がって後方に着地してみろ。こうだ」
そう言うと、高くジャンプして空中でクルリと回り、また顔をこちらに向ける一人前のセンセー。そんなに大きく無いのにおっぱいが揺れた気がするスゴイ。
「むりですっ!」
「ム……ならこれはどうだ」
今度は両手を広げて、風車みたいに横に回ってみせるセンセ。馬のしっぽみたいな髪の毛が地面のホウキだよあらら。
「むりです!」
「やってみないと分からないだろうが!」
「ヒッ……。だってそんあの……」
「あん? まずは挑戦をだな」
「だって……失敗したら頭から地面にっ!」
「なら首で着地すれば良いだろ」
ムリムリムリ……! 全力で顔をフルフリシェイクで目玉がグルグルゥ~……うわ、世界回るのたのち。この状態で走り出したら絶対おもしろいっ! かけだしたいっ! その先へ!
「魔法も無理だし、剣も無理だし、銃もお前が後ろに飛んでくし……」
「そんなこと言われてもぉ……」
「まぁまぁ、お止しなさいな」
ハッ! おねえさま先生!
落ち込んで地面を見ていたら、そこにはあらあらまぁまぁと優しいおねえさま先生がいました。目が細くて微笑む顔しか見たこと無いけど、ひんにゅーセンセーよりも優しいから大好きです。
「訓練では身が引き締まらず、素質が開花しないのも致し方ありません」
ウンウンウンウンウン。
「故に、実践あるのみ。野に放ち、単独で追わせましょう」
……ハイ? 野に放つって……あ、あぁペットの小鳥をね! ふー、よかった、人間で。
「それもそうか。よし、ではお前は今日から偵察に行ってこい。これでも姉妹。念話は出来るよな?」
「え、あの、えと……、その……」
(後ろに魔獣がッ! 危ないッ!)
「えっ!?」
急ぎ振り返って木刀を構えるが、なにも居ない。やった、このトシマやりくりややった……。
「できるな。おおよその位置は教えるから、見付け次第尾行し、逐一報告しろ。お前は、なにもするな」
「まさか……一番のデキソコナイを敵地に送り込むつもりですか教官!?」
「自分で言うな自分で……」
「で、いつからでござますか」
「今日だ。昼メシ食ったらランドセイルに荷物を詰めて、出て行け」
「ランドセル……」
「あぁん? 私の発音に文句でもあるのか?」
「無いデスッ!」
「では見付けて来い。頼んだぞ、アトラ」
「外の世界を見て回るだけ。本当になにもしなくて良いのよ? アトラちゃんまで失うわけにはいかないもの」
名前を言われると、現実を……この現実から目を逸したいっ! ――あでも、王宮が総力を上げてもまだ見付からないってことは、もう死んじゃってる可能性もあるんだよね。もし生きてても、見付けられなくても仕方無いよね。ならこれは……自由気ままにふりーだぁむ!? キラピカスタァが落ちてきたぁ!
「アトラちゃんにもきっと、なにか得意なものがあるはず。それを探しに行くのよ。どう? ステキでしょ?」
ハッ……きらっきらっの星がいっぱいで眩しすぎるっ! もうなにも視えないよ!
「でもでも、どこを目指せばよいのですか?」
「北、らしい。最後に見掛けたのもそちらの方角だ」
「ですが、もしもし他の国に入っていましたら……」
「そんなものは関係ない。アレは我ら王宮のモノだ。我々を拒む国もおるまい。余計な心配はいらんから行ってこい」
「誠心誠意ガンビャリマス」
「お、おう、頑張れよ……」
「頼んだわよアトラちゃんっ? 魔獣と出くわしたら逃げるのよ?」
ワレは国をもまたぐ天才偵察員。ふふふ、幼年部のモノドモよ、精々棒でも振るってるがイイ……。
「なんだか厄介払いみたいになっちゃったわね……」
「いいさ、どっちにしろあいつはリボンに相応しくあらねばならない。ここでは、私にはもうお手上げだしな。あいつの道は外にあると信じるしかない」
「そうね。……ほんとに大丈夫かしら」
※誤字脱字はございません。




