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077 第二十八話 発情したクッマ!

「やっぱ逃げ隠れしてるヤツが白昼堂々ウロつかないわなー」


「大きな都市は人目に付きますからね」


「ならさ、小さな街ならどうよ?」


「小さな街……この辺りだと、北の村が比較的小さいですかね……?」


「あーぁ、早く帰って女王様の寵愛を受けたいぜ」


「聞いてますか?」


「わーてるわーてるっ、東だろ? あたしに任せとけって」


「大振りのシュナ……。その名を返上せねばですねっ!」


「中ぶらりんなオメーに言われたくねぇーよ」


 その頃、近衛兵の二人――薙刀組は、四人……否、五人が街を出るより先に独立国家を後にし、街の近くにある小さな村へと赴いていた。市中を見て回るが見当たらず、王宮の手には渡すまいと視線を反らして「男は見掛けませんでした」と騙る娘たちの分かりやすい嘘にも気付けず。非常にポンコツである。


 肘や膝など最低限の関節部のみに銀色の防具を身に着け、柄の色が異なる薙刀をそれぞれ肩に担いでいる踊り子と巫女は、そうして村に入ると宿屋の一階に併設されている酒場へと迷いも無く向かい、意気揚々と、では晩ご飯と洒落込もうとしていた。


「百人斬りの隊長も近くに居るんだろ? あたし達はゆっくりしよーぜ」


「あの方たちは国境沿いの警備、私たちは見回り。役割が違います」


「国境に炙り出す為に使われてるだけじゃねーか。駒かよッ」


 不満気に愚痴りながら椅子に座って奥の厨房へと片手を上げ、「メシ。大盛りで頼む」と、向かい合うおかっぱ越しに片手間な調子で伝えるシュナだったが、しかし女将から返ってきた言葉は無情で辛辣なものだった。


「申し訳ありませんが、人殺しに食べさせるものは御座いません」


「アァン? 人殺しって、誰が、誰をだよ?」


「私の夫は殺されました。夫の友も……。あなた方が、男をです」


「あたしゃ誰も殺してなんかねぇよッ! いくつだと思ってんだよババァ!」


「三十ほど、ですかね」


「二十四だわボケがよぉおおッ!」


 その鍛え抜かれた豊満な肉体に反して、薙刀組は、若かった。おかっぱ娘は童顔なのでともかく、カスタード色の髪の毛を耳に掛けている褐色姉さん――シュナに関して言えば、面長で眼付きも垂れ目に鋭く、年齢を間違われてもおかしくはない顔付きをしていた。つまり老けがお……妖艶なお姉さん顔をしていたのだ。


「私たちは新米。男狩りには参加していません」


「そうでしたか、それは失礼申し上げました……」


「失礼ってんなら超大盛りな? 料金は払ってやるけど、普通盛りの金額しか払わねぇから。あとサービスとして蜂蜜酒も頼む。二人分な?」


「ではお詫びにそれで……」


 ここぞとばかりに女王に見込まれたふたつの巨峰を突き出してシュナが椅子の背もたれに腕を掛け仰け反ると、申し訳無さそうに目を伏せてそそくさと背中を見せる酒場の女将。


 年頃の娘たちが唯一の男を奪い合っている一方、男と女とが闘い合った大戦の傷跡は未だ根深く、王宮の紋章が刻まれた鎧を身に着けている者は、男に虐げられていた人々を除き、どこに行っても毎回このような扱いを受けていた。


「ったく、アタシだって男とらぶりてぇーっての」


「こうなる事は承知の上。王宮の外は所詮この程度の民度。今は我慢です」


「ま、超大盛りなら全て許すわ! 毎回失礼されて詫びられてぇ~」


「考えが貧相ですよ。資金は頂いているのですから普通に……」


 カッコ、見た目に反して。という言葉を他の客たちが心に抱いている最中、どこまでも逃亡犯を追い掛ける根性と腕力のみが強みとは言え、流石に耳に入ってくる異常には気付いたらしく、


「うん、まー、外が騒がしいのは分かる」


「……ですね」


「魔獣だよ! あんたら二階に避難しな!」


 近所に暮らしているらしき住人がフライパン片手に酒場の扉を押し開け、店内に声を響かせるのだった。確かに宿となっている二階の部屋に入って扉を閉め切れば身の安全は確保され、やり過ごす事も可能であろう。しかし二人は薙刀携える近衛兵。間髪入れずに逃げ惑う他の人々のようにはいかなかった。


「これから腹ごしらえだってのによぉー……」


「ほら行きますよ。もっとお腹を空かせて美味しく頂きましょう」


「空腹は最大の調味料ですかっと……。だりぃなぁ……なにも食ってねぇからダメかもー」


「ハイハイっ」


 一般大衆から恨まれている王宮の近衛兵とは言え、公職として見過ごすわけにもいかない。魔獣退治も武器を持つ武芸者の役目であり、数少ない感謝される機会でもある。それは過去の王宮が犯した失態を償うものでもあり、王宮の支持を回復させる絶好のチャンスでもあった。


 座ったばかりの椅子からダルそうに立ち上がり、薙刀携えて二人が外に出ると、店前通りの先にはかなり大きなクマらしき魔獣の姿があり、見る限りではその巨躰一体だけのようだった。


 夜の暗闇の中、住居の弱い光に照らされているその魔獣は、全身の輪郭が大量の細い毛に覆い隠されており、まるでクマのぬいぐるみが如く丸々としている。二本の脚で地面に立ち、モザイクがかって見えるソコも同様の様子であった。


「デケェくせに、アソコはちぃーせぇんだなぁ?」


 人語など理解出来るはずもない魔獣と言えど、その声が意味するコトはなんとはなしに理解したらしく、窓ガラスが割れるほどの野太い咆哮を上げて怒りをあらわにすると、鋭利な黒爪を月夜に光らせて周囲の家屋に当たり散らかし始め、無惨にも破壊された住居の壁板が地面に散乱していくのだった。おそらくシュナの煽り言葉が無ければ、多分修繕費用として金貨数十枚が失われずに済んだことだろう。


「はいはい、まぁ人間サイズで言えばフツーだよフツー。見たことないし知らねぇけど」


「お、お下品ですよ姉さん……!」


「うっせぇ処女!」


「わ、わたしはもう……というか姉さんだってっ!」


「なんだ? 精霊にでも捕まってヤられたか?」


「……いきますよ!」


「あいあいっ」


 こうしてゴングが鳴り、薙刀組VS発情したクッマ! の闘いがファイッ! された。


 先に行動を取ったのはシュナであった。長柄を肩に担いだまま地面を蹴り、怒り狂う魔獣目掛けて一直線に猪突猛進すると、間合いに入ると同時に片足の側面を前に突き出して急ブレーキを掛け、駆けていた慣性を利用して薙刀を大きく振るい、


「グワァアアッ……!」


 キラリ光る切っ先は目にも止まらぬ速さで魔獣の片腕を切り落とし、周囲には先ほどとは異なる悲痛な咆哮が響き渡るのだった。


「ちょこまかしたのは苦手だが、コイツは図体がデカくて助かるぜ」


 血飛沫から逃れるようにして後方へと飛び退き、魔獣との間合いを再び取ると、地面にゴトリ落ちた筋肉の塊にも目もくれず、


「ミコトもちゃんと殺れよッ!」


「姉さんが大振り過ぎて近寄れないんですよ!」


「あぁああん? ……ったく、ならコレでどうよ、コレで」


 薙刀の柄を短く握ってわざとらしく小振りしてみせるシュナ。左右にぶらぶらと切っ先を振るその動作は、およそ三メートル以上にも及ぶ巨大な魔獣を目の前にして行うようなものではなかった。そこに緊迫感も緊張感も無く、まるでおちょくるかのように刃を振ってみせるのだから、おかっぱ女子――ミコトもあきれた様子で「はぁ……」と肩を落としながら溜め息を吐き出し、


「ならお次はわたしが参ります」


 このままだとラチが明かないと踏んだのだろう。大真面目な顔で遊んでいるシュナを退けて一歩前に踏み出ると、今ではもう立派なオトナの女性となったミコトは、自身にとって思い出深き記憶をなぞるように薙刀を振るい始め、自らを中心にして流麗かつ華麗に刃の軌跡による鋭利な衣を形成し、


「たしかに小さいですね?」


 脳内にこびり付くヒンヤリとした感触と比べながら魔獣を煽ると、片腕を失ってもなお闘志を燃やし続ける魔獣は、半ば自暴自棄的に、あるいは恐怖から身を護る為の攻撃としてか、もう後が無いというのに黒爪を突き立てて柔肉に襲い掛かるのだった。


 しかし突き刺そうとした勢いが災いしてか、無惨にも爪先から肉球、手首から腕へと順々に、また粉々にみじん切りされていく己が肉躯。それは拾い上げてキレイに洗えば、熊肉のスープがそのまま作れるほどであった。


「エゲツねぇなぁ……」


 シュナの言葉通り、周囲に飛び散るドス黒い血肉の光景は悲惨で凄惨なものだった。だと言うのにミコトの身体は少しの飛沫も受けてはおらず、腕先から飛び散る細かな血飛沫すらをも次々と薙ぎっており、その顔は冷静そのもの。畏怖すらも感じられる淡々とした眼差しをしていた。


「でしたら、ケリをつけて差し上げたら如何でしょうか?」


「メシも待ってるし、アレじゃどう変化へんげするか分かったもんじゃねぇしな……。そうしてやっかぁッ!」


 眉間を寄せておぞましい光景を眺めていたシュナは流石に哀れに思ったのか、しばし呟くとふと声を響かせてヤル気を見せ――たかと思った次の瞬間、唯一の武器である大切なはずの薙刀を、まるで投げ槍が如く盛大にぶん投げて、失われた両前脚の断面から滴る血液を凝固させて幾本もの小枝を形成し始めているクッマの額へと、見事命中させるのだった。


 前後に貫通する形でクッマの頭を挟んで薙刀が突き刺さると、こうして、天へと顔を向けているモザイクと共に後ろへと倒れ、闘いは幕を閉じた。


「これで熊汁が出てきたら食えねぇかも。うぇっ」


「皆さん、もうよろしいですよ。終わりました!」


「本当に申し訳ないねぇ……。超大盛り、タダでいいよ」


「マジか! もう腹ペコだぜ……」


 嬉々としてシュナ&ミコトが酒場に戻ると、女将が振る舞ってくれたのは、言うまでもない。


「……食う、か?」


「わ、わたしはパンだけで良いです。わたしの分も良かったら、どうぞ……」


「お、おう……」


 二人してゲンナリしたのも、言うまでもない。


「あぁ~、熊の手ってうめぇんだなぁ~……。ほろほろ崩れるぜ……」


「わたしは木っ端微塵にしましたけどね」


「咀嚼するとそうなるなぁ~……」


 本日のメニューは熊の手のホロホロ煮、熊肉のステーキ、希少部位・熊の睾丸の丸焼き、ボソボソとした黒パン(バターの代わりに熊の脂を使用)でございました。

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