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「本当に神様なんて居るのかねぇ……。居るとしたら、なんで戦争とか不幸なんてあるんだよと思うのですよね、無知蒙昧な愚か者としてはやっぱ」
「人間は己の努力において向上進化すべきであり、他人に助けられても意味がない。だから実際の宗教は他力本願では決してないし、それは叶わない。食事をもらうのではなく自ら得るための工夫をしなければ、いつまで経っても貧しいままなのと同じ。病や不幸などの向かい風も、それもすべて意識を高めるためのチャンスとしてある。痛みを知れば人の苦しみが身を持って解り、心の底から優しくなれる。そうやって人々の意識は向上していくの。まだ発展途上だから争い合うだけ。みんな未熟なの」
「宗教者と魔術師とでは言う事が少々異なるのを知りました」
「神に恋い焦がれている者と、その力を借りて自己の目的の為に業を行使する魔術師。崇敬の念が足りない、神を侮辱していると言われちゃうのが魔術師。だから言ったでしょう、三つ巴の不仲なの」
「他になにか聞きたいことはお有りですか?」
一通りこの街の信仰を解説すると、声を潜めて語るソフィアには目もくれずに訊ねてくるシンシア。聞こえているとしたら気の使い方が絶妙だなと思いました。
「夢の箱について訊ねたい。あれは本当にあるの?」
すると今までこちらの肩に肩を寄せて小さく語っていたソフィアは身体を離し、そんな事を訊ねてみせたのだった。まさか言い出しっぺがそれを訊ねるとはこれいかに。自分で言っときながら確証を持てずにいたのだろうか。
まぁおとぎ話に登場する実在不確かな物体みたいだし、確信は持てないのだろう。それこそ自らを納得させるために人間が作り出した虚構の産物である可能性も大いにある。
「それについては、わたしにはちょっと……」
しかし一介のシスターと言えども、おとぎ話については詳しくないらしく、申し訳無さそうに「ごめんなさい」と顔を下げるのだった。そんな折、
「わたくしがお教えいたしましょう」
困り果てているシンシアの背中を見て流石に黙っては居られなかったのか、ふと沈黙を破って口を開く女神官。
「そちらの方のほうがお詳しいかと思いますが、童話は寓話。一般には隠されたものでありますが、今の時代に必要なのもまた事実。お伝えしてしまってもよろしいでしょう。極一部の人々に受け継がれておりますお話に寄りますと……」
そう語り始めた女神官によると、夢の箱という宝物はどうやら実在するらしく、この惑星からすれば完全部外者であることもあってか、その存在についての伝承を教えてくれたのだった。語るも他人事、聞くも他人事。故にきっと、聞かせたところで良くも悪くも転じないとでも思ったのだろう。
「夢の箱は現実改変をする禁忌の秘儀。根源と直接繋がっています。それは四角い箱で、ある種の象徴。魔術師さんの言葉通り、人の意識はみな深層で接続されていますが、そこへと正確に働きかける事は困難を極め、個人が与えられる影響力も少ない。故に古代の人々はそれを使用し、現実改変を行っていたと云います。しかし、頼り過ぎてどうにもならなくなってしまい、海に沈んだとされています」
語る女神官の顔は、無表情だった。まるで感情が見えなかった。そうでもしないとまたキョドってしまうとでも思ったのだろう、緊張を緊張で誤魔化しているのが薄っすらと察せられた。
「悪用されぬよう、その存在は一般には秘匿されているとされています。なので在り処については誰も……」
まさに実在不確かな隠秘、オカルトだな……。
話している本人も”信じている”レベルで確信しているわけではなさそうだった。幽霊や妖怪、各地の神話や物語などが実話であると信じている人達と同じようなもので、信じている反面、心のどこかでは作り話の単なる伝承・伝説であると思っているのだ。
故に、一般には秘匿されていると言いながらもサラッと話してしまえるのだろう。それはソフィアも同様。こちらとしては藁をも掴む思いだが、ソフィアはロマンを追い求めているだけのように思えてきた。誰も実在するだなんて思っていないのかもしれない。本人は本気で夢を見ているんだろうけども。
「愚かな人類は、この星の意思に粛清されたのね」
「そうとも取れますね。陰陽どちらに偏っても不健全。きっと光に偏り過ぎたのでしょう。この世には影である魔王も必要なのです」
「いやほんとに魔王なんて居たんか……。ってことは、異界からやってきた光の勇者も……」
「比喩です」
「あ、さいですか」
「しかし、今の時代を見ても魔王は居らず、昔と比べて悪魔も少ない。光が支配的なのも否定はできません。それが故に、不均衡をもたらす魔者が不均衡なこの世に染み出して来たのかもしれませんね」
鶏と卵みたいな話だなおい……。
「なら魔者は、魔王の座を狙ってるってこと?」
隣のソフィアに顔を向けると、コクリと頷き。
「定まりえる場所はそこでしょうね。一六九六年もの人類史に於いて、ずっと空席だもの。あるいは男の座、かしら」
淡々と語り、また女神官も淡々と続けるのだった。
「悪魔の力がもっと増大しなければ、この世への干渉が増えなければ、人々の気持ちは別として、この星の運命は崩壊へと向かってしまいます。時には悪魔の残虐なる力が人類の生存には必要なのです。元居た場所、漂っていた狭間、漂流していた時空の先へと魔者を追い返すには、天の神々、地の人間、そして地下の象徴である悪魔が協力しなければ、とても……」
「この世界に元から存在する悪魔たちに魔王として君臨してもらった方がマシってことか……。まぁでも、その夢の箱とやらを入手したら全部解決なんでしょ?」
「そ、そうですね。残念ながら、場所は定かではありませんが……」
急に話し掛けられ、ビクッと肩を揺らす女神官。やはり意識的に冷静を演じていたらしい。そんなにビクビクされると野獣にでもなったかのような気分になってしまう。あなたは美女ですか、確かに紛う事無き美人ですねはい。
かくして、亡命を果たすよりも先に次なる目的は決まったのだった。追っ手から逃げながら童話に登場する所在不明なお宝探しに精を出すだなんて馬鹿げているかもしれないが、今はこれしか頼るものがない。
今の俺達には目標が必要だった。藁をもすがる思いで探すしか手がない。本当にあるのだとしたら無視できない話しだ。
それに合わせて王女様と意見を交換し、どうか自暴自棄な行動には走らぬようにと伝えるために、中央国の人間――それも王宮内の近しい人物を探し出して説得し、こちらに引き込まなければならない。ソフィアも考えてくれているらしいが、あれから音沙汰が無いしどうしたものか。
「しばらく滞在されてはいかがでしょうか。わたくし達は歓迎いたしますよ?」
「お言葉は嬉しいけどね、オサ、ボクたちは亡命しなきゃならないんだよ」
「そうですか……」
此処は敵に囲まれてるも同然。例の二人はこちらの存在に気付いていない様子だったが、ミアの言う通り、いち早く国境を越えて他国へと亡命しなければお宝探しもへったくれもない。
「では、あなたも旅に出て世界を知りなさい」
「いや、え?」
これから先の事を思案していると、こちらがつべこべ言う隙も与えずにシンシアを差し出す女神官。本人も急いで振り返り呆気に取られていたのは言うまでもない。
「とはいえ、あなたは喘息もありますし、塀の外は危険です」
女神官と向き合って微動だにもしていないシンシアと顔を見合わせながら続けると、
「番犬として一匹、あなたに与えましょう。来なさい、キメラの怪物よ」
目を伏せながら両手をパシンッと叩き合わせたかと思えば、ふと中庭の方から重い物体が地面に落下する音が聞こえ、走りくる獣の足音が近付いて来てこちらの頭上を黒い影が飛び越えていき、
「それって……」
屋根の上から人々を見守っていたガーゴイルを呼び出してみせたのだった。
「これは人と言う名の神殿を護るガーゴイル。睨みを利かせ、建物を守護するのならば、人もまた護れるはずです」
女神官の傍らにおすわりした黒灰色のそいつは、どこか狼みたいな見た目をしていて背中には悪魔の翼が生えており、立派な二本の角が頭に生えていた。
尻尾は尾長猿や豹のように細長く、後ろ足はトラのように逞しく、眼のデザインはトカゲのよう。体躯の表面には体毛を模したザラザラとした細かい彫りが施されており、まさにグロテスク様式。
どうやら魔法の類いで動いているらしいが、まるで犬のように頬を女神官の腹に撫で付けていて、動物的な意思を持って自律行動しているように見えた。
化け物には化け物で対抗か。ガーゴイル――つまりグロテスクな化け物の姿をした動く石像を旅のお供に一体貰えるのは助かるけども……。ミアに目配せすると、しばらく考え込む素振りを見せたのち。
「その子の分の旅費は貰えるんだよね?」
「はい、百枚ほど金貨をご用意いたします」
「しかたにゃーにゃあー。んにゃらば着いてきにゃしゃい! こむしゅめっ!」
ダラダラとよだれを垂らして胸を叩くのだから飽きれてしまう。
「あなたも外の世界で修行してきなさい」
「は、はいっ!」
かくして、男を崇める宗教国家で、BL好きの変態シスターが仲間に加わったのだった。
世知辛い世の中、お金は全てを解決するんだなって思いました。自分を信じてるとか言ったけど金銭崇拝じゃねぇかよ。とは言えなかったです。お肉がいっぱい食べれるのなら一人くらい増えてもいいや。うっは。




