073
礼拝堂にも似た奥宮の祭壇へ案内されると、マッチョメンな神々が取り囲む中、最も奥の上座に鎮座していた主神らしき木像は、うら若き乙女の姿をしていた。その足元で神官らしき背中が独り跪き、祈りを捧げている。
「男の神しかいないと思ってたわ」
「表の像はこの神殿を建立した初代の王、あちらにおわす方は王に智慧を授けた側近と聞いています。なんでも、荒廃した大地を前に嘆き悲しんでいた折、突如として天から舞い降りたらしく、全てを失った人々を復興の第一歩へと導いた尊いお方と。人智を超えた天の御使いこそが真に尊ぶべきであると考える一派も居りまして、ここは旧神殿、初代の王が祈りを捧げていた場所なのですよ」
その解説やいきさつを考えるに、公になればいざこざの元になるという事で人目には触れないように配慮がなされているらしい。一般には公開していない秘仏みたいなものか。この神殿群の創始者――初代王が奉じていた対象、それがあの御使いなのだろう。
「騒々しく混沌としたこの世界が再び極に偏るその時、言葉を失った人類の前に再臨し、崩れた調和を維持する為に働くと聞いています」
救世主と言えば聞こえは良いが、なんだかサーバー管理者みたいな物言いだなおい……。まぁこの世は光速度を基準に設計されたプログラミング世界とも言われているし、上位存在が居てもあながち不思議ではない。が、誰かに救って貰えるというその発想が気に食わなかった。
「あー、よくある他力本願教ね。はいはい」
「キミって結構冷めたこと言うよね。へそ曲がりなのかな?」
「クリティカル・シンキングは大事。素晴らしい洞察力」
「周りから誰も居なくなる代償の重さが分からんからこそ、的を得られるのさ。やはり孤独でこそ知能は高まるのあ」
「言ってて悲しくなりそう。でも安心して! キミにはボクがいるよ!」
「重くのしかかる重圧……ぐぇ」
「ボクは軽いもんっ!」
「自分で軽いだなんて言えるとは……ネコすごいね」
「そうだけどそうじゃにあもんっ!」
「にあもん」
「繰り返さなくていぃからッ!」
「俺の国って数え切れないほどの神様が居るんだけどさ、その内の一柱、あまりにも地上の世界がうるさくて降臨するのを断ってるんだよね」
「人間も下降し沈殿する物質的な寄り集まり、土くれだものね。故に動物としての本能が発露して行動に表れる。群れて意思疎通を頻繁に行うのも集落を守るため。霊性が進んだ精神性の高い者ほど静寂を好む」
「嫌味に嫌味を重ねないでよッ!」
などと神聖な礼拝堂でわいわいぎゃーぎゃー騒いでいると、
「あらあら、賑やかなお客様が。わたくしったら、つい夢中で」
流石に気が削がれてしまったのか、天使に祈りを捧げていた神官が立ち上がってこちらに振り向き、穏やかな顔を見せたのだった。
ベージュ色の長髪にここに来て唯一のベールを被っている女神官は、およそ三十代前半頃に見える落ち着いた雰囲気のお姉さんで、出るトコ出て引っ込むトコ引っ込んでいた。異性ながら非常に立派なプロポーションだと思いました。
「よ、ようこそい、いらっ……」
「こちらはこの神殿の長。わたし達を束ねる最高職の神官さまです!」
「はぁ、ふー……。ありがとう、シンシァ。わたくしはこの神殿を代表させて頂いておりっ、おります、巫女の神官。俗世に生きる人としての名は持ちません。よ、世捨て人の……神官、です」
こちらの姿を見るやいなや目を丸くして驚きを露わにしたかと思えば、すぐに平静さを取り戻して自己紹介してくれる神殿長の女神官。
その反応は他の方々と似たようなものであったが、しかし語るに連れて整った顔面に汗をにじませ始め、穏やかな微笑を口元に浮かべながらも、苦しげに肩を上下させて呼吸まで速まっている様子であった。
あまりにも具合悪そうにキョドっているので「大丈夫っすか?」と訊ねると、「ハっ……」と全身を硬直させて息まで止めており、少々過剰反応にも思えた。この人はきっと、男アレルギー。しらんけど。
にしても世捨て人って。まぁ僧名制度の無い出家みたいなものか。きっと意地の悪い人々からそう揶揄されていて根に持ってるんだろうなって。最後は自分から言うようになるよねうん。
「シンシア、その方達にもっとお教えさしあげたらいかが?」
わたしは部外者ですとでも言わんばかりに人任せにすると、天使像を背にまるでハンバーガーショップの店員みたいにニコヤカな顔で棒立ちして、それ以降は口を閉ざしなにも物言わぬ女神官さま。早く注文を決めないと迷惑かかると思って急ぎメニューへと目を落としていた事をふと思い出してしまった。ぎこちないスマイルで圧かけるのやめて。
「では、そうですね……。この神殿の経緯はお伝えしましたが、わたし達は過去の偉人というよりも、その上に居られる太陽神を崇めています。太陽神とは男神であり、わたしたち神殿のシスターズはそれに仕える巫女であり、妻でもあります。なので主神は太陽神となりますね。太陽光線という精子が母なる大地に降り注いで受精し、作物が芽吹き生育するのです」
そう語ると、シンシアは続けた。――歳不相応にも反応してしまった諸君、仲間だ。
「すべての万物は元を辿ると一つの根源へと至りますが、このあたり一帯の国々で信仰されている神様は大まかに三柱挙げられます。それは大地の地母神と、泉を初めとする水の女神、そしてこの二柱と共に作物を育む太陽神です。この三柱がすべて揃わないと人類の営みは存続できませんので、役割分担して崇めている感じですかねっ」
って事は、川姫って案外貴い子女だったり……? 確かになんか偉そうだしなぁ。
「わたし達が崇拝する太陽神は姿形を持ちません。なので、同じく太陽神を崇めていた天の御使いを通じて祈りを捧げる形を取っています。地母神や水の女神と同じく、太陽を崇める巫女神を見ればまた女神であるのですが、この神殿を中心とした、独立した教区を発端とする都市国家は根本的にその男の神を祀っていますので、男嫌いの王宮はあまり近寄りませんね」
たしか天照大御神も元々は太陽神に仕える巫女神で、のちに同一化されて太陽神になったんだっけか。なら目の前に佇むこの御使いも本来は太陽に仕える巫女で、知恵を授けたとか言ってたけど正確にはなんらかの習合――シンクレティズムなのか。
「てか地母神と水の女神とでウハウハだな太陽神」
「わたし達巫女が崇める太陽はぽかぽかとしていて穏やかな微笑みの象徴ですが、水の女神は恵みをもたらすと共に氾濫を起こし、地母神である処女神はそれに引けを取らないほど恐ろしいのですよ? その象徴を上げると、純血・愛欲・闘争。すべて処女を表す言葉です。ザクロを手にする豊満な女性像で描かれますが、その本性は血に飢えた鬼女でもあるのです。ザクロは、子どもの肉の代わりなのですよ」
そういえば王宮内の絵画でもなんか持ってたような気がする。敵対している訳では無さそうだけども、相手から毛嫌いされたらこっちも反発したくなるわなと。女神は嫉妬深いから女人禁制にしている島や山があったけど巫女が女神に嫉妬しとる。いったい誰が正妻なんだよ太陽神。
更にディスる流れで聞かされた所によると、表向きでは信心の自由を認めてはいるものの、女神を信仰している女王の周辺や貴族連中は他国にもそれを布教し、この惑星全体の統一宗教となるべく目論んでいるらしい。
とかくこの世は多様性に富み、各々が独立した価値観を有している混沌とした状態が健全であると考えている。だから、中央国の我らに従え、我らに合わせろ、我らに染まれという上から目線なやり方には反対だった。手を取り合いパズルの凹凸を埋め合うのが本来の人間であるはず。ハグレモノとしてそうあって欲しいだけなんだけど。
「にしても虚構の存在を崇めるだなんて、まるでアイドルを推すようなもんだな」
ふと頭に浮かんだ言葉を意図せず口にすると、即座に反応を示したのは隣でふむふむと話しを聞いていたソフィアであった。
「神を、虚構……? 存在不確かな存在に対して、見えないから居ないと断言するのは単略的に過ぎる。正しくは一種の象徴と言うべき。想定され得るものを無いと口にするのは効率的かもしれないけれども、探究心を失った非科学的態度に他ならないし、それこそ無神論という信仰になってしまう。因みに私は全ての始まりであり全てでもある全一の一者を奉じているけれど、始まりのみならず、今でもなんらかの法則や現象として発露、発現していると考えられる。この世の人間は三種類に別れる。宗教者、科学者、そして魔術師。それぞれ相容れない三つ巴の関係。特に魔術師は排斥されがちだからこの場ではあまり語ることは叶わないけれども、少々二者の肩を持たせてもらう。あなたは、何者?」
興味関心が終始そちらに向いているのは分かるけども、人に聞かせるのが目的というよりもアウトプットする事を目的に喋ってるような気がした。特有の早口ではないだけまだマシだし、自分の考えを知って貰いたいだけなんだろうけどさ。まぁこういう時は、
「おかげで客観性に乏しい発言をした事に気付けたよ」
関係のある事柄だけに反応するのが得策。じゃないとまた長くなるし。この星に来てから身に付いたのは、人のあしらい方でした。
「人はなぜ虚構を生み出すのか。単なる作り話であったとしても、ウソもまた人と人とを結び付け、一致団結させる。でなければ他部族に負けてしまう。帰属意識を抱かせる為の神話でもあるの。真偽なんかどうでもいい」
「理不尽だらけの世の中、自分たちを納得させられる何かが必要なんだよ。それがたとえ、虚構であったとしてもね」
ソフィアが満足げに口を閉じた事に安心していると、今まで黙っていたかと思えばふと呟くようにして語るミア。
突然やって来る不幸や恵み、天変地異など、人類にはどうしようもない運的要素を神様のせいにしてスッキリするのは、人類共通の習俗なのかもしれない。きっと人間にはそういった本能的な欲求があるのだろう。理不尽な現実を飲み込んで納得したいのだ。
人は弱い生き物、そうでもしないと心がもたない。人の生死や争い事なども含め、その原因は真偽不明な宇宙人でも未来人でも影の組織でもなんだって良い。ミアの言葉が一番的を得ているような気がした。
「因みにミアはなにか信じてたりするの?」
「ボクは直感かな。未来の自分」
キザにキザを重ねたかと思ったら、表情一つ崩さずに無言の横顔で天使像を見上げ、真顔でドヤるキザネコ。その姿を横目にジトっていたら、
「人もまた神の一端であり、枝葉。根源からの発露であり、奥深くで接続されている。直感は天啓だから、ネコもあながち間違ってはいない」
あろうことか本業に認められて、顎を上げミアの鼻は更に高くなっていくのだった。人間の愚かさにメスを入れる鋭い考察だったのは認めるけども……。
二人にサンドイッチされて並びながら、ミアが見上げる先を同じように眺めてみると、書物を手にしている御使いの像には天使のような翼は生えてはおらず、それどころかやけに貧乳でチビな気がした。
一見して普通の少女のようにも見えるが、その表情は伏せ目がちで静かな佇まいをしており、どこか大人びていて畏怖すらも感じられる。なのできっと、ビタミンD不足。
その一方、周囲を取り囲むイケメン像の肩からは大きな翼が生えており、あちらで目にしていた天使像と似たような造形をしていた。
天の御使いの名前は知らないし、イケメン達との関連性も不明だが、どこに行っても似たような神を崇めてるあたりに人類の共通性が垣間見える気がした。遠く離れた各地に似たような神話が残されているのと同じだろうか。




