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072 第二十六話 色香漂う聖地

 翌朝、目を覚ますと三人の姿はとうに無く、先に起きてどこかへと行っているらしかった。とはいえ荷物は部屋に置かれており、追っ手が彷徨いている街に出るとも考え難い。この修道院内で朝に向かう場所など決まっていた。


 やっぱパンとスープだけじゃなぁ……肉も食いたいっす。


 髪の毛を結び直して身に纏っているバスローブを整え、朝チュンを耳にしながら本日も逞しい中庭のイケメンから目を逸らして食堂へ向かうと、想像通り奥の席で黙々とパンをかじっている二人と、滞在中の面倒見役を任されたらしきシンシアの姿があった。


 昨晩は暗くてよく分からなかったが、改めて食堂内を見渡してみると建物自体は古典的な造りをしているものの、食堂に関してはアーチが連続するトンネル状の天井となっており、ステンドグラスや内装は現代的でポップな色使いをしていた。特に天井がカラフルに塗られていて、床も菱形模様の木組み。流石は若き修道女たちが集うフローラルな場所だなと。


 それは良いのだが、四人のもとへ歩んで行くとミアとソフィアはシスター服を借りたらしく、ネコ耳は気になるものの案外似合っていて目が覚めてしまった。


 二人とも替えの下着と寝間着しか持って来てはいないらしいけども、逃亡犯なのだから身軽でなければならないのは分かるけども、泥棒娘がシスターとはこれ如何に。


「おはよ」


「……んくっ、おはよってなに?」


「お早いですねって意味じゃない?」


「あー」


「納得してるとこ悪いけど、良い朝だねって意味も含まれてるよ」


「ならそう言えばいいじゃん!」


「そうは言わないのが奥ゆかしい祖国の文化でして」


「メンドクサイとこに住んでたんだねっ!」


「まぁね」


 朝の挨拶を交わしながら隣に腰掛け、疎外感を感じながらライ麦パンのスライスにカッテージチーズやスクランブルエッグ、レバーパテを乗せた簡易的なオープンサンドを頂きさっさと食事を済ませると、シスター・シンシアに案内してもらって修道院の中を見て回る流れとなっていた。


 石造りの修道院内はひんやりとしていて、全く趣きが異なるというのに、コンクリート造りだった母校の空気感を彷彿とさせられた。ああ、学び舎という点では同じか。


 バスローブ姿で神聖な場所をうろつくのは場違いにも程があるが、二重の意味で視線が痛いが、こればかりは許してほしい。


 ミアなんかは特に隙きあらば身体を寄せて来て、ソフィアもそれに対抗してわざとらしく腕を当てて来るものの、その反面、前をゆき「この像はですね……」などと案内してくれるシンシアは一定の距離を保ってくれていて、中等部ほどにも見えるその小柄な背中につい好感を抱いてしまった。そうだよこれこれ、これが普通なんだよ。


 シンシアが顔に掛けている眼鏡には鼻当て部分が見当たらず、案の定すぐにずれ落ちてしまうらしく、ことある毎に忙しなく押し上げていた。銀製らしきその眼鏡は非常にシンプルなワイヤーフレームで、耳に掛けるツルの部分には花柄の紋様が彫り込まれており、シンシアの品の良さを物語っていた。


 産業革命はまだ起きていないらしいので、大量生産など未だ不可能であると考えると、宝石職人や彫金師が手作業で作り上げた大切な品であると容易に想像が付いた。


「お次は神殿のほうをお見せしますねっ」


 どうやら修道院と神殿は一本の渡り廊下で繋がっているらしく、一般参拝者の立ち入りが封鎖されている神殿の奥を見学させてもらえるらしい。


 神殿の内部へと続く架け橋のような二階の通路を歩きながら窓の外を見下ろしてみると、まだ昼前だと言うのに神殿の前は沢山の人々で賑わっており、本日もチャリンっとお金の音が聞こえるような気がした。毎日がフィーバータイムだなんて羨ましいことだ。


 眼下にひしめく参拝客を見下ろしていると、それに気付いたのか、ふと立ち止まってこちらと同じように外の景色を眺め、シンシアは語ったのだった。


「昔の人々は、丸く穿たれたこの地に不思議な力が満ちていると考えたのでしょう」


 察するに、この都市国家はクレーターの跡地に築かれているらしく、「ここは、落ち星の跡地に形成された円形都市なのです」と教えてくれた。


 あー、だから街に入った途端みんな喧嘩してたんかな。不思議な力はつまり活力とも言い換えられそうだし、その力が流れ込んできて血が騒いでたのかも。実際に俺も別の方向で……。そんな場所で禁欲でもしたら確かに修行にもなりそうだ。


「今でも地面を掘ると、舞い上がり落ちてきた美しい緑の宝石が得られます。昔は金属加工も難しかったので、指輪の代わりに恋人へと贈り、婚約の証としたと伝わっています。あちらから来た人々は、堕天使の冠から落ちた宝石と見做していたみたいですけど」


 そう語ると人差し指を立てて眼鏡のツルを指差し、「小粒ですが、これです」と、唐草や花々の中に嵌め込まれている小さな緑の宝石を見せてくれたのだった。


「ってことは、この星でも指輪を交換し合う文化があって……シンシアも誰かにプロポーズされたの?」


「いえいえっ、この土地の特産品なのでっ! でも、今では女の子同士で贈り合うことも盛んみたいですね。指輪のほうが安いですが」


 まるで女学生同士の恋愛みたいだな。などと頭の中で呟きながら歩みを再開させたシンシアに着いていき、物欲しそうな顔でチラチラと目配せしてくる真鍮色の瞳を真顔で無視して、神殿の奥に開かれている中庭へ降りると、屋根の上に佇むガーゴイルが周囲をグルリと取り囲んでおり、上方から我々人間に睨みを利かせていた。


 参拝客を迎える神殿の表側はまさに神殿と言った佇まいであったが、その背後にある建物群はどれもが石造りのゴシック建築であった。


「あのグロテスクな怪物の像は、どういった意味なの?」


 ソフィアは師匠に連れられて何度かこの都市に訪れているらしいが、まさか男性像ばかりだと思われた神殿の奥に、怪物の石像が無数にあるとは知らなかったのだろう。興味津々なご様子でそれらを見上げ、シンシアに訊ねるのだった。


「あれは神殿に襲い掛かる邪悪な存在――霊的な魔物が近寄らないようにって意味で昔から置かれているものです。実際的な目的は雨樋なんですけどねっ。グロテスクと言いましたが的を得ていまして、別の名をグロテスク、あるいはシメールとも言います」


 なら狛犬とかシーサーみたいなものか。ここに来て初めて実物を目にするとは思ってもみなかったけど、きっとあれも、あちらから連れて来られた人々が魔獣や魔者から街を護る為に、願掛けみたいな感じで設置したのだろう。……ってか。


「何年前から男児が産まれなくなったの?」


 イコール、何年前から男が連れて来られるようになったのか。見る限り、屋根の上からこちらを見下ろしているガーゴイル像はどれも年季が入っていて、デザインに関しても古風なものに思えた。歴史の時間は寝ていたのであまり詳しくはないけども、あちらの世界で何百年も前に流行っていた過去の遺産だ。


「ずっと昔だよ」


「いやそう言われましても」


 ずっと昔と言われても、若者が言うずっと昔と、年寄りが口にするずっと昔とでは大幅に年数が異なったりするわけで。正確には何年前なのかと疑問に思ってしまった。


「そうね……完全に産まれなくなったのは、だいたい三百年前かしら? 基準歴が制定された頃から少しずつ産まれなくなっていき、まるでそれに合わせるかの如く魔者や魔獣が現れるようになった」


 時を同じくして、ねぇ……。絶対誰かなんかしたろ!


「あちらの技術が進むに連れて、私たちはその都度恩恵を受けてきた。一度全てを失ったこの星を救ってくれたのは、あなた達。新しい技術が広まるには何年何十年と掛かるし、再現不可能な技術も多いけど」


 道理で建物や服装、道具に至るまで似通ってるわけだ。純血主義もなにも、精霊と極々一部のハーフ以外、みんなチキウの血入ってんじゃねぇか。


 技術者や研究者を纏めて入れないと夢物語を語る変人に終わりそうだし、文明的にも緩やかに進歩するほか無さそうだ。実際問題、そんな都合良くいくわけがない。俺なんかマヨネーズの作り方すら知らねぇよ。


「ちなみに今は基準歴一六九六年です。この神殿が建てられた年を起点にしているんですよっ? そう考えるとすごい場所にいま立ってるんだなって!」


 そう続けたシンシアのおかげで、古くから存在するこの神殿の権威を尊重し、独立国家として中央国が認めているのも頷けた。というよりも、領地に取り込めなかったのかもしれない。


「我々は今、新時代を歩んでいる事になる。前文明は滅び、真に純血な太古の王が神霊の御力によって神殿を建て、新時代の幕開けとなった。だからここは一種の象徴。当時の記録が一切残ってないから推測するほかないけど、前の文明は魔術と錬金術と宗教が一つだった頃の――完全なる魔法的神秘学問の暴発によって滅んだと云われている。私は想うの、それよりもっと前にも文明が栄えていたはずだって。だから今は少なくとも第三の文明期。ちょっとロマンティストに過ぎるかしら」


「それで時を経て、この神殿もいつの間にか男の肉体美を崇めるようになったと……。そういえば、ドラゴンとかゴブリンは居ないの?」


「ドラゴンは知ってるけど、ゴブリンは分からない。伝承によると、前文明は剣と魔法の時代だったみたいだし、きっとその時代には居たかもね」


 ゴブリンってのはあれだよ、四大の土、ノームの眷属だよ。と口から出そうになったが、咄嗟に口を噤んで言わずにおいた。ニワカがその道の人間に講釈垂れて違っていたなどしたら恥ずかしいからだ!


「そんで異界からやって来た勇者によって魔王が倒され、平穏を迎えた人類の文明は加速。留まるところを知らず、無邪気にも調子に乗った人類は魔法で自滅っと……ナルホドデスネー」


「火のない所に煙は立たない。そういったお話があるのなら、それはあなたの星が抱く過去の記憶か、あるいはこの星の前文明に由来するのかもしれない。人々に語り継がれているおとぎ話や伝説、空想上のホラ話も、その根幹は実在した生物や神霊、実際の出来事が元になっている可能性がある。風化した瓦礫と数少ない口伝しか残ってないから本当に分からないの。リアリストでなければならない魔術師として、一研究者として、どちらにしても断定はできない」


「この惑星の人間は、俺なんかじゃなくて考古学者を積極的に入れるべきだと思いました」


「王宮の人選については謎ね」


 あまりにも見上げ過ぎて首が痛くなってきたので顔を戻すと、今度はなんの気無しに今現在について訊ねてみる事にした。


「でもさ、なら今はなんの時代なの?」


「終焉を迎えてみなければ総括はできないけど、今のところは技術と商売の時代ね。お金が力を持つ時代とも言える」


「なんとも世知辛い時代なことで……」


「剣や魔法による暴力は衰退の一途を辿り、経済活動が支配的になっただけマシとも受け取れる」


 敢えて魔者の存在をスルーしたのは容易に察せられた。あんなの、誰だって目を逸らしたくもなる。などと考えている間にも、


「お次はすごいですよぉ! 一般人立入禁止の場所に入ってしまいますっ!」


 と、明るい顔でツアーを再開させるガイドさん。シスターの権限で奥の祭壇を特別に見学させてもらえるらしい。

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