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 浴室に向かうとそこにはタイル張りの大風呂があり、この修道院で寝起きを共にしているシスターズが一斉に入っても問題が無いのではと思えるほど、桶と椅子が並べられている洗い場も、温泉施設の室内風呂のような浴槽も、とにかくビッグで広かった。


 シャワーは無かったものの固形石鹸まで据え置かれており、木綿の袋に詰められた薬草の類いがいくつも湯に浮かんでいて、清涼感のある香りが湯気と共に立ち込めていた。タオルやバスローブからはぽかぽかとした太陽の匂いが感じられ、非常に心地の良いものでした。


 そこまでは良かったのだが、風呂から上がると道しるべとして廊下に灯されていた明かりがすべて消えており、案の定迷子になってしまっていた。しかし修道院の中は広いとはいえ、来た道を戻るだけなので楽勝楽勝。


 ソフィアの名札を前にしてなにも言わなかったという事は、例え読書家であったとしても読めないのかもしれない。まぁ崇高なるセイ典が専門みたいだし期待は出来ないか。にしても書庫として部屋まで借りてるとは、余程の金持ちだな。


 みなが寝静まった静かな夜、中庭の様子――噴水の中央で勇み立っているイケメン像の尻や、月明かりに照らされた植木等を眺めながら廊下を進んで行き、ドアを押し開けると、


「ぁ、んぁっ……♡」


「ふふっ、ココがイイの?」


「ひゃぃ……♡」


「ならもっとシてあげっ! ゃっ……♡」


「いっしょにっ……姉さまといっッ、きゅあっ♡」


 女子が女子を押し倒して身体を弄り合っていた。ふたりとも白のネグリジェ姿でベッドに横たわっており、脚の間に手を差し込み合って息を荒たげている。


 なんだ、女子プロか。


 真顔で一歩下がり失礼しましたと扉を閉めようとした刹那、


「んきゅッ……!」


「あらあら、姉さまったらだらしない……。ふふっ、フフフッ……♡」


 足をピンっと伸ばしたかと思いきや、ぐったりと脱力して横たわる片割れ。どうやら妹よりも先に体力が尽きてしまったらしい。そりゃだらしない姉だ、非常にケシカラン。


 風呂で身を清めたら汗を流したくなるよなぁ? そうよなぁ……。なぜ百合の花ってこんなにも美しいのだろうか。教えてくれ給え諸君ッ!


 そっ閉じして誰も居ない廊下に無言の叫びを木霊させ、檻の中で興奮している獣のリードを引っ張って全身に沸き立つ衝動を必死で抑え込む。嗚呼カミサマ、なんて素晴らしい贈り物を……エイメェエエンッ!


 扉の先から微かに漏れ聞こえてくる百合っ子たちの嬌声を背にして、月光射し込む目の前の中庭へ目を移すと、剣を天へと掲げながら細マッチョが腰布をモッコリさせており……。


 あのイケメンの銅像はきっと、この街の乙女たちを護ったセイなる戦士。白馬の王子様を夢見るが如く、シスターたちの憧れなのだ。いや、もしかしたら共通の先祖なのかもしれない。同じ男としてゲンナリしました。


(ププッ、お主と同じじゃなっ?)


「うッ……! うっせぇ黙れ……」


 辺りは静寂に包まれているので咄嗟に声を潜め、顔を逸らして暗い廊下を進んでいく。食欲はそういったものよりも上位に位置するらしいし、なにか果物でも食べて落ち着きたい。この街にはバナナみたいなものしか無さそうだけど。


(妾の活力をソチラへと集中させてやろうか?)


「いいです」


(みなぎらなくても良いのか?)


「いいです」


(元気になるぞ?)


「いいって言ってんだろっ!」


(そうか、いいのか……。妾のカラダを一点に集中させればアヤツよりもっと……)


「それはスゴイっすねー」


(そじゃろっ? 妾はスゴイのじゃっ。まー器として使わせてもらっている手前、ヤル時はいつでも協力するからなっ)


 ドーピングハッスルする機会は、多分当分、無い。


 ここが違うならこっちかー。


 なにも見てない聞いてない。すべては並行世界から割り込んできた記憶であると自らに擦り込み、月明かりに照らされた暗い廊下に目を細める。


 するとどこまでも続いているようにも見える廊下には、ミアが残したらしき水滴の跡がぽつぽつと浮かんでおり、その水跡は奥の部屋へと向かって続いている様子であった。これを辿れば元の部屋へと戻れるはず。


 もっと早く気付いていれば、あんな美しい花々も見ずに……。などと後悔しながらも無事に部屋へと舞い戻って扉を開け、踵を返してガチャリ扉を閉める。水跡はこの部屋の前で途切れていたので、ここで間違いはない。


 しかし再び振り返ったそこには、バスローブを椅子の背もたれに掛けて、身体の前にワンピースを広げているソフィアの姿があって――。


 また部屋を……いや相部屋だったか。下ばかり見てたから……ってか。


「あ、ごめ……」


 自らの身体を抱き締めるようにして貧しい胸元を隠し、下着姿のまま頬を紅潮させて俯くソフィア。その身体は華奢で薄く、ほんの僅かに肋骨の形が浮かび上がっていた。


 ロシュー程ではないにしても、透き通った色白の素肌は眩しく、肩や肘など主に関節部が薄っすらと朱に染まっていて、生きる人間としての血潮がその奥にしっかりと感じられる。脚の傷跡以外にくすみひとつ見当たらない、なめらかで美しい肌をしていた。


 そうやって約三秒間ほどその姿に見惚れている間にも、手にしたワンピースを手繰り寄せて清貧な身体を更に隠しており、こちらも我に返って慌てて背中を向けると、


「ハレンチ……」


 今日び聞かない言葉で恥じらってみせるのだった。


 背中を見せてしばらくすると布切れの音がし始め、やけに居心地が悪い。


 自分から胸元を見せてくるミアの場合、見方によっては幼気な親族の子や、意地悪な同級生のようなノリと換言出来るものであったが、女子としての一般的な反応をされるとこちらまで意識してしまう。


 せっかくバスローブを貸してもらえたというのに、その年季の入った浅葱色のワンピースでしか眠れないのだろうか? 上は着けないというか、そもそも着ける必要も無いらしい。


 そういえばミアも胸元開けば無いしなぁ……。下は履いてて良かった、主にこっちが助かった。部屋を見た感じミアの姿は無いので、お宝探してどこか彷徨いているのだろう。あの盗っ人め。いやまぁ勝手な想像だけど。


 しかし、ふと思ってしまった。羞恥している素振りを見せてはいたが、気を引く為に純粋な乙女を演じている可能性もあって。本当に三十二才ならば動揺はしな……いや咄嗟のデキゴトだったしそれは別として、果たして肌を見られた程度であそこまでアタフタ……もしてなかったけど、頬を染めてじっと俯き、健気にも恥じらうだろうか。思春期の娘じゃないんだし、少々過剰反応にも思える。


 音からして既に着替え終わったらしいが、そのままソフィアに背中を向けていると、テクテクとこちらまでやって来てジーッと見上げてくるロシュー。


 その姿はゴシックな黒服に変わっており、どうやら風呂を出るのに合わせてソフィアが気分で変えたらしい。傍らに立ってなにも言わずに見上げてくる姿は、まるでなにかを欲する犬のようだった。


「え、なに?」


 しかし答えは返って来ず、銀色の瞳はただ無言でこちらを見上げるのみ。ただそれだけ。


 ロシューはいいよな、服が破れても再構築してもらえるんだから。あー、見るな見るな……。無言で見られてると更に気不味いのだが。なんか悪いコトしたか? ……したか。


「あのさ、生きるのが辛いんだけど、どうしたらいい?」


 ロシューは多分バグってるだけなので無視しまして。背中越しに声を掛け、今も今までもずっと心に抱いている質問を投げ掛けて反応を窺う。


 突然こんな重い話しをするのもどうかとは自分でも思ってはいるけども、昂っている心を自らの手で意識的に突き落とし、冷静さを取り戻さなければ可笑しくなりそうだ。意図的に賢者タイムを誘発させなければ、このままでは周囲に翻弄されて身を滅ぼしかねん。自分一人ならば兎も角、そうもいかないし。


 これでテキトーな返しをする奴はこちらの事をテキトーに考えてるし、困った素振りで悩み釈然としない奴は、普段からなにも考えていない幸せ者か、他人の目を気にする臆病者かのどちらか。――まぁ裸を見てしまった事を追求されるのを回避する為なんだけど。


「人は生きているだけで辛苦を味わう不幸な生き物。だから、幸せになる為の努力をしなければならない。もっと大きな幸せで上塗りするの」


「でもどうやって幸せになったら良いのかさえも分からんのですが」


「それを模索するのもまた人生。人それぞれだから答えはない。結婚して家庭を持つのが幸せな人もいれば、孤独に研究を重ねる事に幸福を覚える人もいる。生きる理由を探すのと同じように、どうやって自分を幸せな状態へと導けるかを考え続けるのが、人間の正しい生き方だと思う。時には妥協も必要だけど」


「まぁ価値観は人それぞれっすもんね」


「人生まるきりヒマつぶし。好きなように生きればいい」


 思ってたよりも、いや、思っていた通りに語ってくれたという事は……人を試してごめんなさいしますゴメンナサイ。ソフィアはやっぱり、いい人でした。あちらで暮らしていた時に聞きたかったな。


 人の心が透けて視える読心術の使い手になりたいッ! 旅仲間まで疑ってたら気が休まらないや。


「実年齢ってウソじゃなかったんだ」


「薬漬けの少女、ウソであったならどれほど良かったでしょうね。……あら」


「おっと、お風呂上がってたんだね」


 奇をてらって自滅している最中、扉の前で棒立ちしている愚か者を避けながら部屋へと戻ってきたミアは、いつものように抱き着いて来るでもなく、誘いを掛けて来るでもなく。


 何食わぬ顔でベッドに向かったその横顔は、どこかスッキリとしたご様子を浮かべておりました。


 おトイレに籠もって火照ったカラダを慰め……鎮めていたのだろう。そう、心や感覚とひとり向き合い、顔を洗ってきたのだ。――多分。

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