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扉の隙間から物珍しそうに顔を覗かせてこちらの事を観察していたシスターズをシンシアに押し退けてもらい、長い廊下を進んで空いていた部屋へと案内してもらうと、噂を聞きつけた寮長らしき壮齢の方が間も無くやってきて優しげに歓迎してくれるのだった。部屋は相部屋だが、今までもそうだったし流石に贅沢は言ってられない。
「浴室は廊下に出て右へ真っ直ぐに進み、左の角を曲がって更に右の突き当りです。脱いだものはそのまま脱衣所に置いておいてもらえれば、明日の夕暮れ時までには。タオルやバスローブもお好きなものをお使いください。喉が乾いたらそこの水差しに入っているお水を。消灯時間は……そろそろ過ぎてしまいますね。そうだっ、浴室へと続く廊下の灯りは消さず、道しるべとしましょう。あっ、そうそう洗面所は廊下を出て左に進み……」
「あとはわたしが説明しときますので、寮長はお休みになられてください」
「あらそう? ならお任せしちゃおうかしら。ではみなさま、ごゆるりとお寛ぎくださいね?」
シンシアに止められる形となっていたが、部屋を出ていく女性にペコリ礼をして見送ると、では早速お風呂タイム。と洒落込みたいところではあったが、みなと一緒に入るわけにもいかず――悲しきかな、ちっこい子供のようにみんなで仲良くとはいかなかった。
そんな年齢はとっくに過ぎてるし、こちらのコトを考えてか、ロシューもあれ以来ずっと女の子の姿だし。まぁちっこいからセフ……いやギリアウト寄りのセウトかな。
「俺はいいから先に入りなよ。みんな出たら最後に入るから」
「女の子たちのダシが染みたお湯が飲みたいんでしょ? それともそのお湯で……」
「発想が変態過ぎんだろ! いいから先に入れや!」
どちらにせよ風呂くらいは独りでくつろぎたい。少々言い方が乱暴になってしまったが、こうでも言わないとなかなか後に引かないのは経験則から察せられるようになってきていた。ってな事で後はよろしくとシンシアに目配せすると、
「行きましょう、こちらです」
「連れないなー」
文句垂々にしっぽをくねらせているミアと、「二発しか込もってないけど、銃は置いとくから。なにかあったらブチ抜いて」などと恩着せがましく言って懐を探ったかと思えば、青ざめた顔で大切な杖を手放して体中をパンパンと叩き、ハッとした様子で「やっぱいい……」と肩を落とすおっちょこちょい。そして杖を拾い上げて主人に付き従うだけの物言わぬチビを引き連れて、先に風呂へと向かってくれたのだった。あぁ息切れしそ。
それから暫くの間、砂埃に汚れているズボンでまっさらなベッドに腰掛けるのも躊躇われたので、洗濯してもらえる事をいい事に床へと座り込んで小銭入れを取り出し、仕立て屋に料金を払った事によって金銀銅となってしまったゼニを数えてみたり、刻印されているデザインなどを観察して独りの時間を潰していた。
見ると金貨には両腕を広げた女神の姿が、銀貨には偉人らしき女性の横顔が、銅貨にはこの街の神殿らしき建物が描かれており、それぞれの裏には植物のつるに囲まれたこの星の数字らしきものが刻まれていた。
言語に関してはこの惑星全体で統一の言葉が使われているらしいが、果たしてこの通貨はどこに行っても通用するものなのだろうか?
まぁ別惑星のお金とは違って、国によって異なるとしても流石に両替屋で交換してもらえるだろうけども、手数料、取られたくねぇなぁ……。ただでさえ少ないのにボッタクられたら堪ったもんじゃない。数字だけでも覚えといた方がいいかも。
あぐらに肘を乗せて頬杖を突き、指している場所でなんとなく何時かが分かる振り子時計の音を小耳に聞きながら、時計と硬貨に使われている数字は同じものなのだろうかと床に広げたそれを眺めている間にも、ゆったりと流れる時間は刻々と過ぎていき、
「なにもなかったよねッ!?」
まるでカラスの行水。ナイフがぶら下がった腰ベルトを片手にドアを開け放って、静まり返っていた部屋へと賑やかさが舞い戻ってくるのだった。
髪の毛をびしょびしょにしたまま姿を現した濡れ猫のバスローブは胸元がはだけていて、腰巻きの帯も乱雑に結ばれていた。どんだけ急いで出てきたのかと。
「なにも無かったよ。他の三人は?」
額的には決して小さくない小銭をそそくさと仕舞いながらミアに訊ねる。別に盗まれたとしても奢ってもらえば良いだけなので気にはしないけども、寂しくお金を数えてたんだね可哀想ぉ~みたいな目で見られたくはない。
「そろそろ上がるんじゃない? あの修道女は自室に戻るから、代わりに良い夜をって言ってた。キミもお風呂上がったらボクとイイ夜、しちゃう?」
「ならすれ違い狙って俺も行こっかな」
「キレイに磨かれたキミの銃でボクの心臓をブチ抜かれたい」
そんなコト真顔で言わんでくれ……。
「ズキュンドキュンしぃ~たぁ~いぃいい~っ!」
ベッドの上に女の子座りしながら、前屈みになってこちらの事を見詰めていたかと思えば、敷布団を叩いて頭から滴る水滴を周囲に撒き散らす駄々っ子。
「ったく、仕方ねぇなぁ……」
ベルトに手を掛けてガチャガチャと外し始めると、突然の行動にピタリ身動きを止めて「ふぁっ……?」と変な声を上げたミアの姿も構わずに、腰からスルリとベルトを引き抜き、
「そんなに欲しいならくれてやるよ。んじゃコレ、預かってて」
本当は肌身放さずに持っていたいところだが、持って行くわけにもいかないので財布とベルトをミアに預け、風呂場へと向かう。
「あ、あーねっ!」
「そんじゃま、行ってきっ……ま!?」
それを両手で受け取り、数秒ほどポカーンっとしていたかと思えば、やっと状況を理解したらしいミアを置いてそそくさと背中を向け、部屋のドアを引くと、
「ひゃむっ……!? びっくうぃしたぁ……」
そこには頭にタオルを巻いたソフィアの姿があったのだった。バッタリと顔を見合わせてお互いに驚きの声を上げ、数秒間、肩を跳ね上げて固まってるソフィアと無言で見詰め合ってしまった。
ビビったぁ……。てか言えてない言えてない。
「お、お風呂、いい湯だったよ」
「そ、そっか。それは楽しみだなー」
気を取り直して部屋に入ってきたソフィアと、その背中に隠れていたロシューに道を譲ると、棒読みで応えながら廊下に出てそっと扉を閉める。
普段はなにを見るにしてもシラけたような眼差しをしているその瞳は、まぶたを開き切っていないから曇っているように見えるだけで、パッと大きく見開けば美しいアメジストの輝きがそこにはあるのだと知った。




