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「散らかってますが、その身は隠せます」


 四階建ての賃貸らしき建物の三階角部屋、その一室を借りているらしく、階段を上って内開きの玄関を押し開けると、壁際に靴を脱いで「土足禁止です」と横顔を見せてくる小柄なシスター。


 ミアと比べて少しばかり背の低いその子は、ふんわりとした髪質の金髪お下げに翡翠色の瞳、そして品の良い丸眼鏡が印象的だった。どうやら一時的に匿ってくれるらしい。


 この惑星に連れ去られてから、靴を脱ぐように言われたのは初めての事だった。何故かと思いながらも、状況が理解出来たので今はお言葉に甘えて隣に靴を揃え、室内に誘う背中に従って部屋へと入っていく。


 するとそこには、足の踏み場も無いほど無数の書物が散乱しており、ベッドの上もまた同様に埋め尽くされていた。その光景はまさに本の山――いや、積み上げられ林立する本の密林だ。


 なるほど、本が汚れないようにって事か。


 部屋の傍らに置かれている机の上はもちろんの事、大量の書物がそこら中に積み置かれており、何度言っても足りないほど本だらけ。天井にまで届く高い書棚にも色取り取りの背表紙がギッチリと詰まっており、その下の床が僅かばかり沈み込んでしまっていた。


「お、襲ったりとかしない、よね……?」


 しかし今重要なのは、己の貞操への心配。すぐさま逃げられるようにと部屋の入口に立って、案の定本の山を崩してしまっているシスターのお尻におずおずと訊ねる。


「襲う? 誰が、誰をですか?」


「いやあの……。キミが、俺を……」


 あちゃー、ま、いっか。という心の声が聞こえてきたその子の雰囲気を一言で言い表すならば、ボランティア部の子。そして俺は住処を持たない迷子の野良犬。


 優しい声色の割にはどこか作業然とした眼差しをしていて、出逢ったばかりの他人としての距離感がひしひしと肌に感じられた。みな距離感がバグってるからつい忘れてしまっていたが、これが普通の感覚なのだ。本当に分からないといった顔でこちらを見上げた瞳に答えると、


「わたしは禁欲を徹底してますので、ご心配には及びません。わたしにはこれもありますし」


 散らかった床を更に散らからせながら、ベッドの上に置かれていた栞が挟まれている分厚い鈍器を手にして、革製の赤い表紙を見せてきたのだった。


「それは?」


「小説です!」


「もしかして、ここにある本全部?」


「そうですよ? 中央国の画家が描いている薄い本は主観的に描いたとしても、あくまで読者は傍観者に過ぎません。しかし小説は、全てを廃し文字のみである事によって物語の中へと入り込み、想起された五感でありありと楽しむ事が出来るのです。書物は、別世界への扉なのです」


 待ってましたと言わんばかりに嬉々として語っているその子に依れば、本を日焼けさせないために外の光も入れないとのことで、せっかく三方向に窓がある好条件の物件なのにカーテンはすべて閉め切られていて、ここもまた例に漏れず薄暗いものであった。


 隙間から差し込む細い光は空気中に漂う小さな埃を映し出しており、眼鏡のフレームや美しい金髪に光を反射させている姿はどこか幻想的であった。


 一番悪い日焼けの仕方しそう。この街の人間は薄暗いのが好きなんか? 鍛冶屋も自然光で仕事してた気がするし。


「という訳なので、この部屋での食事は禁止。日が暮れたら移動しましょう」


「でも二人……いや三人? が……」


「なら他のシスターズに探してもらいましょう。見付かるまで保護いたします」


 今は取り敢えずこの子を信用するほか無いか。活字中毒の変態っぽいけど、男の肉体を狙うドヘンタイズよりかはずっとマシだ。


「よいしょっと。わたしは”シンシア”です。修道院でシスターをしています」


 本棚の前に積み上げられていた書物の上へと椅子のように座って、改めましてと自己紹介してくれるシスター――改め、シンシア。大切な本を尻に敷くのは良いらしい。


「シンシアね。俺はまぁ、キミとかあなたとか新人クンって呼ばれてるよ」


 床に散乱していた本を拾ってスペースを空け、シンシアの前に正座すると、イチ男子として今更ドコとは言わないが、小柄な割には比較的豊かに突き出している女子的箇所につい目が行ってしまい、非常に困ってしまった。――多分丸っとした上向き。


 自分の眼球だというのに少しでも気を抜くとそちらへと向かっていくのだから飽きれてしまう。いつもの二人はその点ではラクであるからタスカルワー。


 気不味さを誤魔化すために少女の真似をして積まれていた本を開いてみるが、案の定読めなかった。普段は目を逸らしている疎外感を改めて突き付けられた気がした。俺だけが異物なのだ。魔者共と同じく――。


「これはどういう話なの?」


「男と男のアレコレです」


「え、もしかしてコレ、全部……?」


「せうですが?」


 さも当たり前かのように真顔で答えてみせたこのシスターは、可愛い顔して脳内では美少年あるいは年上相手に、フンッ……! と腰を突き出し、最後にうっ……してるらしい。


 その顔を見上げてみると口の角からは微かにヨダレが垂れており、非常にお腐りになられておられるご様子でした。

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