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「それでっ、なにか御用かねっ? ってかちょっと触っていーぃ? 手でいいから手でっ」


「え、あぁ別に。どうぞ」


「おおぉ……、やっぱ手もデカイっすね~」


 あまりにも気軽な感じで言われるものだから断り辛い。ラフな口調でこちらの手をもみもみしているその子の声は、どこか鼻声のような、若干鼻に掛かってるようにも聞こえる特徴的な声をしていた。それは同時に猫のジャミっとした鳴き声にも似ていた。そりゃこんなにホコリまみれの中で過ごしてたら鼻声にもなるわ。


 隣でガルガルしながらポテチが尽きた菓子皿の上で何度も手をスカしてるミアが言うには、ネコの集落で部屋を貸してくれたあのオバちゃんの娘らしい。


 てことは、俺が泊まった子供部屋はこの子の部屋で、俺が寝たベッドもこの子が寝ていたベッドで……ふむふむ、小柄で平ら。清貧って素晴らしいナ。王宮の趣味は暑苦しいのぜ。


「手相はどうかね?」


「いいです」


「高くしとくよ?」


「もっといいです」


 ハチミツジュースを飲ませてくれたあの母親と似て、気さくに話し掛けてくれるのは嬉しかった。ニヤリとした顔をわざとらしく作ってこちらを見上げた少女は優しげな雰囲気をしていて、たしかに母親と似ている気がする。


 生活がかかっているのは解るが、キミの母親は全部タダだったよ、とつい言いたくなってしまったけど。あなたの娘さんは今、旅人をボッタクろうとしています。


「ちぇー。ま、いいや。それで御用はなんだいね?」


「ボクが来たというコトはそういうコト。なにかイイモノ出してよっ。あともういいでしょ離してこれはボクのモノなんだからあっ!」


 いつ誰が誰のモノになったって? などと心の中でツッコミながらミアに腕を引かれた勢いで一歩下がり、解放された祝いとしてポテチを鷲掴みにしていたソフィアから一枚もらう。いつの間に無くなっていたかと思ったらコッソリ独り占めしていたらしい。ミアは気付いていない様子だが。


 ソフィアの隣に佇んで二人でポテチを分け合いながら、ネコたちのやりとりを眺めていると、カウンターの下からゴミみたいな木の枝を取り出し、


「蜘蛛の巣を払うのに最適な珍しい専門道具ですから」


 と言って「金貨三枚」とミアに伝える仲介人だったが、


「そんなの要らないよ。もっと役立つものをちょうだいなっ」


 流石のミアもそこらに落ちてるようなものは要らないらしく、断ってくれたのだった。


 あぁ店舗経営してる系の仲介人ってそういうね。事情は知っていても虚しすぎる……。


「じゃあこれなんてどうだぃ。永遠の輝きを放つ石だよ。――光に照らせばね。くっくっく……」


「いいねそれ、買ったぁ!」


 それは、ただの黒曜石であった。


「ちょい待ちッ! いやたしかに割れば簡易的な刃物になるけども!? もうちょっとこう……最初から使えるものをですね!」


「難しいね、キミ」


「せっかくのお買い物なんだから、もっとイイのを買おうよ!」


「それじゃ意味ないんだけどなぁ……」


「うーむ……、ならこれをやろう。お前と同じ世界からやってきた男の遺品だ。非常に珍しい……がっ! 金貨八枚で許してやる」


 それは使い古された短い鉛筆であった。庶民の街で金貨と言われれば小さくて薄い小金貨のことを暗に指しており、果物やパン、宿や酒場などの価格を考慮するに、おおよそ一枚一万イェンくらいの感覚であった。


 ちなみに銀貨は千イェンであり、銅貨は百、小銅貨は十程度だ。因みにソフィアが所持する革袋の中にいくつも見えた普通サイズの金貨は十万で、それ以上も一応は存在するらしいが、あまりにも高額な場合――それこそ土地や建物を購入する際は銀行に行って手続きするとのこと。硬貨だろうが紙幣だろうが大量に持ち歩くのは重くて危険だし、その方がラクではある。足取りはバレるだろうけども。


「それはお買い得っ! 買うしかない買わないとっ!」


 このヤヴァさを伝える為に少々長くなったが、話しを戻そうとすると、こんな事を無駄に考えていたせいか、なんと気付いた頃にはゴミみたいな鉛筆を超高額で――しかもたった一本の使い古された鉛筆を八万で購入してみせたのだった。


 脳内にあった意識を外に向けた時には既に卓上には金貨が八枚置かれており、ミアの手には短い鉛筆が握り締められていた。遅かった。すべてが遅かった。まぁ俺の金じゃないからいいけどなんか悲しいよそれは。


「私はこれをくださいな。”普通の金額”で」


 トチ狂った金銭感覚について考えていた隙にも、手のひらに盛られていたポテチを食べ終えたのか、内部に火の付いた炭を保管できる懐炉をどこからか探し出してきてカウンターへと置くソフィア。非常に大切な箇所で語気を強めて念を押すあたりに、やはり実年齢三十二才さんはシッカリしてんなと。


 そうだよそうそう、そういうのだよ。女の子は冷えやすいみたいだし実用性バッチリ! さすが天才錬金魔術娘カッコ実年齢三十二才さんカッコ閉じィ!


「普通の金額なら銀貨五枚だよ。古いけどそれ銀製っすから」


「わかった。買わせてもらう」


「なら磨き布も付けとくね」


「なら六枚出す。お菓子をご馳走になった礼」


「ならもっと出せば良かったなぁ~」


「ふふっ、そうかもね」


「ミアも少しは見習おうよ、ソフィアみたいにああいうのをだな……」


 などと冗談を言い合って談笑している二人の姿を眺めながら、鉛筆を肩掛け鞄に入れているミアに小言を吐くと、


「うるさいねキミ! 女の子にとってお買い物は心の洗濯なんだよ?」


 キッと睨み上げられてしまった。ミアもやってしまったと即座に思ったのか、語気を弱めて唇をむっとさせ、「いいじゃんこれでも……」と鞄の蓋を丁寧に閉めるのだった。


 金のかかる洗濯なことで、と新たな小言が浮かんできてしまうが、世話になってる手前、こちらも少しは寄り添ってあげた方が良いのかもしれない。お互いに反省かな。


 まぁともかく、ここは見た限り質屋、だよな? ならもしかして……。


「あの、コレって売れます? 出来れば両替したいというか、換金したいというか……」


 唯一ポケットの中に入っていた祖父の形見――年季が入って艶が浮かんでいる小銭入れを取り出すと、中の小銭をすべて取り出してカウンターに広げる。


 額にして六八九イェン。弁当プラスお茶代以上の金額になれば儲けもんだ。いちいち女の子にねだるのもイヤだし、屋台のメシくらいは自分で買いたい。


「おぉ……それは君の国のコインかね? だとしたら買い取るよぉ」


「マジっすか! えーっと、いかほどで……?」


「すべて合わせて……金貨二十枚かなっ。こっちも商売なんでね、買い取りはこのくらいになっちゃうんだよ。ごめんね」


「いやいやいや!」


 ここは場末の質屋。なので金貨はつまり小金貨を指していて二十枚だから……二十万くらいじゃん! 昼食代が中古車とは!


「す、すごいっすね……」


 ここは荒波立てず穏便に。この取り引き、確実に成立させなければ。嗚呼、ふっ、フルぇッ! ……ニヤつくな冷静に真顔ポーカーフェイッシュ。


「使えないとはいえ希少だからねぇ~。蒐集家には人気なんだよ。久し振りに仕入れられて誇らしいさね。コレを店に並べているかどうかで、その店の質がわかる。質屋冥利に尽きるよ」


「そうなんっスねッ!」


 軟弱者でも体育会系の声が出るんだなって自分でも驚きました。


「キミ、今すっごい顔してるよ? ほらあそこに鏡あるから見てみなよ」


「ん? でもあれ曇ってるじゃ……いやぁ~! ホントだイイ鏡があんなところにぃ~! 目利きのプロだね! ここは!」


 売る際にはどれほどの値段を付けるのかは知らないが、金銭的に自立出来るのは嬉しかった。これでいちいちおねだりしなくても好きな物が買える!


 まずはそうだな……下着かな。仕立て屋に行って似たようなやつ、トランクスを何枚か作ってもらおう。そんで服も上下で似たような物を。ズボンはこんなにポケット要らないから安めに抑えて……。


 いくら洗濯時だけとはいえ、下着なしでズボンを履き、ズボンなしで下着だけというのはイヤだった。想像しただけで侘びしかった。この悲しさが分かる人はきっと経験者。


「はいっ、それじゃ金貨二十枚ね」


「おぉ~……」


 差し出された金貨を素早く受け取って小銭入れに仕舞い、今までに感じた事のないズシリとした重さを確実にポケットへと入れる。


 店を出てからも俺の右手はポケットの中のボロ財布と共にあった。本物の金など初めて手にしたかもしれない。

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