062 第二十三話 ボッタクリの仲介人
最もカッコ悪い言葉をカッコ良く言い放ち、一番安かった銅貨三枚のボッタ水で抗い難き苦しみを解消させると、「わたしにもちょーだい」と真顔で言ってきたソフィアに間接キッスを交わされていた。
まぁそれは良いとして、宿に戻ると宿泊所の外壁にもたれ掛かり、暇そうな様子で後ろ手に足を振っている姿があって、なんだか幼馴染との約束をほっぽり出して彼女とデートしていたリア充の気持ちに陥ってしまった。もう夕暮れ時も近付きつつあり、思いの外ゆったりしていたらしい。
「遅いよ!」
「ごめんごめん。それじゃ行こっか」
待ちくたびれた様子で苛立ちを露わにしたミアに謝り、ぷいっと顔を反らして歩き出した背中に着いていく。きっとお腹が空いているのだろう。嗚呼、可哀想に。超美味かったなぁ……。
「ままぁみてぇ~、おとこぉ~」
ミアはメシを食えばどうせ元気になるだろうから良いとして、正直物足りない腹具合に頭を悩ませていたそんな折、表通りとはまた違った日常感のある雰囲気を肌で感じていると、ふと明るい声が住宅地に響き渡り、
「シっ、見ちゃいけませんっ……」
ちっこい子どもの声を受けて前を行くネコがジロリと睨みを効かせたのだろう、こちらを指差した無邪気な我が子をまるで庇うかのように抱きしめて、家の中へと身を隠す母子。ミアに限って言えばナイフをぶら下げてるし、そら目に毒だろう。――軽くショックだったけど。
にしても”ママ”か……。初等部の低学年くらいだったけど、今まで見た中で最も幼い子どもだった。”数年前に”絶滅宣言が出されたらしいし、探せば案外ちびっ子も居るのかもしれない。きっと最年少組。いや隠れ男子の子供じゃなくて、新たに連れて来られた先輩二人どちらかの子である可能性もあるのか。
大勢の男を狩っている一方で、従順な男に仕立てるために実験を行うのは折衷案なのだろうけども、男を狩りながら新たな男を連れてくるだなんて矛盾してるし、自分たちに都合の良いように人間を調教するだなんて狂ってる。王宮としても変化する民意を前に葛藤を抱えて苦しんでいるのだろうけども、ご立派な大人でも一本筋を通すのは難しいらしい。まったく落日が眩しいぜ。
あまり考えたくはないので目の前の現実を意識的に眺めて周囲を観察してみると、あちらから連れて来られた男どもの影響を受けているのか、街並みや人々の服装は完全に洋風のそれに見えた。
しかしその一方で、火焔のような形をした文字は縦書きとなっており、看板の類いは総じて縦長の形をしている。これは今までの街においても全てがそうであった。
「文字の方向ってどうなってるの? 縦書きっぽいのは分かるけど」
「左から右だよ。じゃないと書いてる途中で手で擦っちゃうじゃん」
「たしかに」
こちらに顔を向けるでもなく教えてくれたミアにそうとした応えられなかった。早くどうにかしないとご機嫌斜めでめんどく……可哀想だ。この惑星でも右利きが多いのを知った。
「おじゃまするよー」
などと考えている間にも肉球印を暖簾に掲げた一軒の店の前で立ち止まり、言うよりも先に扉を開けて暗い店内へと入っていくミア。
なにか一言くらいこの店の紹介でもしてからドアを開けてほしかったが、今は顔を合わせたくないらしい。もしかしたらとっくに匂いでバレているのかもしれない。ソフィアと小休憩した事に焼いているのだとしたら、こういう時はどうすれば良いのかと。
「私といちゃらゔデェトしていたのが気に食わないのよ。ネコもまだまだ子供ね」
それを聞かれたら絶対にキレるから黙っててくれませんかね? まぁそそくさと入っていった背中には届いてないみたいだからセーフっぽいけど。ソフィアの声が気怠げで命拾いした。みなお疲れですわ。
「いらっしゃぁぃ」
ミアに続いて店内へ入ると、借りている宿にも負けず劣らずで薄暗く、まるで占いの館かと思えるほど弱い明かりしか灯されてはいなかった。
奥から微かに聞こえてきた、喋るのもダルいとでも言わんばかりにやる気のない声に出迎えられ、一歩踏み入れた店内をぐるり見渡してみると、屋内は突き抜けの二階建てになっていて傍らには階段があり、時刻のバラけた無数の時計が壁中を埋め尽くしていた。
古道具屋……いや骨董屋か?
流石に店なだけあって足の踏み場は確保されているものの、古びたタンスや宝箱のような箱の上には降り積もった雪が如く灰色のホコリが被っており、商品棚の代わりにされているタンス、その上に置かれた絵付き皿や色ガラスの小瓶、紙箱に敷き詰められたいくつもの羽ペンや、天井からぶら下がっている恐竜だかドラゴンだかの骨格標本も全てまた同様であった。ここで深呼吸しては絶対にダメだと直観的に察せられた。
途中で踊り場を挟んで折れ曲がっている階段の下――一番奥のカウンターへと向かったミアに続いてオンボロな商品群を避けて行くと、唯一明かりが灯されているカウンターは綺麗に磨かれていて、美しい木目が浮かんでいた。ここの店主はきっと、自分が普段過ごす周辺だけをキレイにするタイプ。
「食っちゃ寝していい生活送ってるね? それボクにも頂戴よ」
「いっすよぉ~」
しかしそこには誰の姿も見当たらず、ミアの背中の他に聞こえてくるのは気の抜けた声だけ。はてと思いミアの隣に並ぶと、カウンターの下からふと木製の菓子皿が現れ、一瞬見えた女の子の手がポテチらしきそれをミアの前に置くのだった。
「いやぁ~これ高いのにっ……。ひょいぱくっ、ひょいぱくっ」
うまうまとポテチを食ってるミアを横目にカウンターの下を覗き込んでみると、その先は椅子ではなく、ベッドになっていた。いや正確には背後の壁と一体化した長椅子が据え置かれていて、フードを被った少女がそこに横たわって暇そうにポテチを食べながら書物を読んでいたのだ。
油とおそらく塩が付着した指をぺろぺろ舐めて平然とページをめくり、アイボリーに酸化した紙を更に痛め付けてやがる。紙は貴重なのではないのかと。
「この子は?」
「……んっく、仲介人。ひょいぱくっ……うっみゃぁ~♪ ぱりぱりうみゃぁでゃ止まらにゃぁ……ぱくぱくぱく」
ソフィアの向かう先は師匠との軌跡として、パリ、ザク、モシャと口の中から良い音を聞かせ続ける名古屋人が立ち寄る場所は、
「えっ、おとこっ!?」
急ぎ身体を起こしてフードを肩に落とし、猫耳をピンっと立たせる店主。そう、ネコミミ族の関係であった。どうやらここは、カネのチカラで蜂起を企むネコミミ族の出先機関――仲介人が営む質屋らしい。
とっくに声変わりを済ませた男の声に反応を示して顔を見せたその子は、思ったよりも若く、仲介人という割には案外普通の娘さんであった。
「この子はあれ、キミが泊まった家の娘だよ」
そう紹介してくれたミアの背後から手が伸びてきたかと思えば、サッとポテチを掴んで一口かじり、口元を隠しながらもぐもぐするソフィアさん。紫水晶を彷彿とさせられる瞳で(私はいいから)と伝えられたので目を逸らし、仲介人さんに目を戻す。
「確かに似てるよーな?」
「どもっす」
その姿を観察しながらポテチをつまんでみると、某ハンバーガーショップのポテトのように油の旨味がなかなかに強く、これは動物油脂も入ってんなとすぐに察せられた。ネコが夢中になるのも解かる気がする。仲介人ではなくポテチの観察になってしまったので気を戻しまして。
落ちてしまったフードを被り直したかと思えば、やっぱいいやと言った顔で被ったばかりのフードをすぐに脱いで再びタレ耳を見せた挙動不審なその子は、短く切り揃えられたミルクココアのような前髪にエメラルド色の瞳をしており、ジト目と同色のネイル、そして三日月型の黄色い髪飾りが特徴的だった。
白の襟付きブラウスに緑のマントを羽織っていて、銅と革に彩られたスチームパンク風の格好をしている。ここは質屋みたいだし、絶対にただの趣味だと思う。
タレ耳で帽子などが被れる娘はこうやって街に出て人々に紛れ込む道を選ぶ割合が多いのだろうか? 尻尾はロングスカートでも履いてたら分からないだろうし。




