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 そうして鍛冶屋を出たものの、宿屋は左の方角にあるというのに右へと進み、再び来た道を遡って門前町へと向かってみせるのだから困惑してしまう。「あれ、こっちだっけ?」と訊ねても、「こっちからでも帰れる」と答えるのみで、細かいことは気にするなと無言の圧を与えられてしまっていた。


 やっと二人っきりになれた事だし、せっかくなら宿に戻る前にデートでもしようって魂胆なのかもしれない。絶対に遠回りしてるよなこれ。まぁ別にいいけどさ。


 出会ってから今の今まで、ソフィアには近寄り難い雰囲気を感じていた。崇高なる思想を持った高尚なお方のようだし、外見上は十代後半に見えても実年齢は三十二才らしいし、表立って感情を顕にすることも稀。


 声を掛ければ普通に話してもらえるけども、向こうからはあまり声を掛けてはくれない。どこか夢想的な眼差しで、心此処に非ずな佇まいをしていた。いつもなにかを思案しているような、そんな雰囲気だった。


 無粋で空気を読めない人間ならばともかく、俺には雑談を吹っ掛ける勇気すらも乏しく、本当に仲良くなれるのだろうかと不安になってしまう。


 子供の頃は誰とでもすぐに友達になれたのに、いつからこんなにも肩身の狭い対人関係になったのだろうか。大人って、自分で自分を制限してしまう悲しい生き物だなって思いました。まる。多分だけど、余計なことなんか考える必要ないんだよな、本当は。


「あの時はありがとうございます。非常にグッスリと眠れまして、お陰様で今こうして元気に過ごさせてもらっております」


 ってな事で、隣のクールビューティーさんに早速話しかけてみるテストぉ! 頭で思っていても行動に移さなければなんの意味もないし、コトは試しだぜ。


「なに急に? よそよそしいからやめて」


「あはい」


 しくじった……言葉遣いまで同時に考えるだなんて難しいぜ。リラックス、リラックス。――あ、そういえばリラックスとチルの違いってなんだっけ? まぁいいや。もういい、変な気を使ってると疲れるわ。


「あのさ、単刀直入でゴメンだけど。俺、どうすれば良いのか分からない」


 なので頭に浮かんだことをそのまま口して相談してみたところ、


「自分を救うのは自分。奇跡的な出来事なんか起こらないし、待ってても幸せはやって来ない。他人からなにかしてくる事も稀。自分からなにか行動しないと結果は得られない。他力本願な救いを待っていたら人生丸ごと無駄になるだけ。自ら行動して幸せの波に乗るの」


 今の状況を察していたのか、あるいは同じ気持ちだったのかは不明だが、思いの外的に当ててきて訊いたこっちが驚いてしまった。


「なにかを期待し、待つくらいなら、アクションを起こしてしまったほうが手っ取り早い。だから私はアクションを起こし、あなたに求められるため努力する。私は私の意志力を行使してその心をこちらに向かうよう現実を変えてみせる。肉体的にも魔術的にも、あらゆる手段を使って誘惑してみせる。ネコよりも先に、誰よりも深く、あなたを勝ち取ってみせる」


 ソフィアの頭に浮かんでいたのは、こちらとはまた少し異なるものだったみたいです。ナニを勝ち取るのかは知らんが、ひと回り年上の実年齢三十二才さんと恋に落ちる自分の姿は……それもアリだと思うけど、現実味が無くてあまり想像は出来なかった。


 未来の自分はどうなっているのだろうか、今は考えてみても予想も付かない。が、お姉さんに甘えて生きるのも良いなと思いました。はい。


「あなたは気に病んでるかもしれないけど、私はなにも期待してないからガッカリもしないよ。無力でも良いじゃない」


「それはどーも……」


 本人はフォローのつもりなのだろうが、心が抉り返されたのは言うまでもない。


「この辺で少し休みましょ」


 三棟の建物によってコの字型に囲まれ、周囲の影が落ちて日陰になっている小さな広場には、背もたれのない簡易的なベンチがいくつか据え置かれており、手押しタイプの屋台車が数台停まっていて、観光客や地元住民らの憩いの場になっていた。とはいえ人気はそこまで多くなく、ゆったりとした時間がそこには流れていた。


 ソフィアの誘いに従って空いていたベンチに腰掛けると、無言で隣に座ったかと思えば、なにを言うでもなく腕の側面をこちらに触れさせるのみ。ナニをされるのかと身構えていたらこれなのだから拍子抜けしてしまう。こんなことを言うのもなんだが、リアクションに困る。


 しかし泥棒猫の過激な求愛行動と同じくらいに胸が高鳴っているのもまた事実であった。なにもされていないというのに、ただ隣に座っているだけだというのに。もしかしたら、すでに術中に引き込まれている可能性もあるのかもしれない。


 口では強気なことを言っているがミアに嫌味を言うだけでなにもしては来ず、逆に気になってしまった。男子との関わり方どころか、人との接し方すらも分からないのかもしれない。奥手なのかとも思ったが、そもそもとして引き籠もり生活を送っていたわけだし、コミュニケーションに慣れていないだけなのかも。


 積極的な行動の割にはしおらしいミアと、口では強気なのに距離感を感じるソフィア。丁度中間あたりの器用な女子が居たとすれば、もっとリアルに好きになっていたかもしれない。ふたりに好意を抱いていないわけではないし、もちろん嫌いなわけでもないが、まさに女友達といった感覚だった。異性に対する引力を強烈に感じているのは事実だが。


「あれ美味しそうだね。やっぱ観光地なだけあって、買い食いできる軽食は人気なんかな」


「そうね。お昼ご飯もまだだし、買ってくる」


「あ、どもっす……」


 無言では流石に気不味いから無難な話題をと思っただけで、別に食いたかったわけでは……いや食える物はなんでも食いたいレベルでいつも腹減ってるから助かるけども! パトロンとしては普通の行動なんだろうが、ただでさえ宿賃に銃の調整に弾丸の制作にと金掛かってるんだから、なんだかこっちが申し訳なくなってしまう。ボッタクリの観光料金だったらどうしよ……。


 ズボンに関しては色気を感じられないし肩ベルトには名札まで貼ってあるが、サラリと風になびく美しい後ろ髪やすらりとした華奢な背中につい見惚れてしまった。


 勝ち取ろうという意欲は薄っすらと感じられるものの、本人もいざなにをすれば良いのかが分かっていないのかもしれない。そういう時こそ凸としての男がアクションを起こして先に進めるんだろうなと他人事。


 こちらに戻ってきて「はい、どーぞっ」と差し出してくれたメシを受け取り、無言でパクつく。おごってもらったホットドックうめぇ~っす。お姉さんに餌付けされるのも良いものだ。――あまりにも妙齢で歳下に見えるけど。


 モグモグしながらそれとなく周囲を見渡してみると、この街の屋台ではソーセージやチュロス等、やたらと棒状の食べ物が売られており、みなニコニコとむしゃぶりついていた。


 ウィンドウ越しにパン屋を覗いた時なんかは特にビビりましたよね。だって全部、細いバケットやスティックパンの類いなんですもの。普通の丸っこいパンは皆無でした。中央国の王都ならば多分逆かもしれない。そういう事なのかもしれない。


 腸詰め肉のパリプリッと弾ける食感や、粉がまぶされているやや硬いパンの歯ごたえ、酸味の強いケチャップやピリリとした辛子の刺激を楽しみながら完全に気を抜いているわけだが、今の状況、冷静に考えてみれば少々おかしな事に気付く。


 呆然と街のベンチに座って食事を摂る光景はなんの変哲も無いのどかなものであるが、この惑星に足を付ける男にあっては異常とも言えるのだ。


 人々に目を遣ると、どうやら女子――それも一人の女子と一対一で行動している間はみな距離を取ってくれるらしく、こちらの事を横目でチラ見してはいるものの、誰も近寄ろうとはして来ないのだ。


 顔を近付け合ってヒソヒソ話されるとなに話してるんだろうって気になるからいっそのこと大声でお願いしたいけども! 食事の邪魔をされずに済むのは有り難かった。


 たしか、デートの邪魔はするなみたいな掟があるんだっけか。迷子になったらミアに見付けてもらえるとしても、それならば街中ではなるべく独りにはならないようにせねば。一対複数の場合もデートとして見做してくれないかな?


「あなたを勝ち取ってみせる……」


「ぶファッ……!」


 うめぇうめぇとエサを食ってるさなか、何を思ったのか持っているホットドッグと見詰め合いながらソフィアは呟き、小さな口でガブリとソーセージにかぶり付くのだった。急にそんな事を言われるものだから、ついむせてしまった。飲み物が無いので胸元を叩き、なんとか腹に収める。


 三十六計逃げるに如かず。じゃあ逃げるわ!


 とまぁこれは冗談だが、情が移ると知り合いの数だけ辛くなるので、好奇な目で見てくる何億もの方々とはなるべく関わらないようにはしたい。


 逃げても状況は変わらないと言われるかもしれないが、きっとその先にはなにかがあるはず。俺はそう信じている。これは積極的逃避であり、決して停滞ではない。後ろにではなく、俺たちは前に逃げているのだ。立ち止まってしまったら、それこそ以前の自分と同じになってしまう。前向きな逃避を続けよう。なにかが変わるまで。


 後ろ向きな逃げの土台に前向きな気持ちが乗っかっているだけなのを自覚しつつ、矛盾を飲み込むが如く残りのホットドッグを口へと詰め込み、立ち上がる。こちらを見上げながらもぐもぐしているハテナ顔にキリッと手を差し伸べると、


「カネくれ! 飲みもの買ってくる!」


 今一番の問題は、喉につっかえたパンだった。

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