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059 第二十二話 鍛冶屋の孫娘

「無事宿も借りれたことだし、まずはご挨拶に行かないとねっ!」


 場末の宿で寝床を確保すると、ソフィアの用事へと向かう前に少しばかりの観光と洒落込んでいた。


 そんな堂々と行動してしまって大丈夫なのだろうかと心配になったが、二人の様子を見るにそこまで心配は要らなそうだし、まぁ大丈夫と信じよう。


 小型とはいえ街中で盾を着けていても仕方ないので、ロシューが背負っていた大きなリュックの横に吊るさせてもらい、荷物と共に管理してもらう事にした。


 人工精霊の使い魔ロシューは物質化を解き霊体になったらしく、そのまま目には見えない姿になっていた。白髪で幼女というのはやはり物珍しくて人目を引くのだろうか。別の髪色にでも変えれば良いのにとも思ったが、一種の芸術品みたいなものだと考えれば自分のセンスを否定したくないのも分かる。


 宿泊所はドアの鍵どころか部屋ですら無いので、俺には関係ないにしても荷物番をしてもらえるのは助かった。他の盗っ人が訪れたとしたら透明な幽霊と出くわすことだろう。ああ、他のってのもまたなんとも……。


(お主とお主とでお似合いであったぞ)


 などと言いやがった川姫も放流したいものだ。


 フードを深く被って俯きながらミアの尻尾を目印に進んでいき、様々な店が立ち並び人混みで活気溢れている門前通りを過ぎると、いよいよやって来た神殿へと続く広い参道の両脇にはいくつものバカでかい彫刻が立ち並んでおり、それは揃いも揃ってみな半裸の男であった。


 長髪の細マッチョも居ればガチムチな男も居るし、インテリジェンスな痩身メガネ男子も居る。おおよそこの参道だけで全女子の需要は満たせそうな勢いだ。


 男の肉体美でも崇めてんのか……? 女子の肉体美を崇めてる中央国から独立してるだけはあるわ。


 ノミと金槌でイチから削り出された彫像や、見慣れた質感の銅像など、製法に関してはバラけている様子であったが、立派な腹筋が浮かぶ像を横目に腹を撫でながら、他の観光客と共に街の北方にそびえ立つ灰色の巨大神殿へ向かうと、身長数メートルの巨人でも詣でられそうなほどの高い入口を構えた神殿は、近くから見ると滑らかなコンクリートで造られており、様式的にもローマの古代建築を彷彿とさせられた。


 そこから中へ入って行くと、広い空間を挟んで一番奥の真正面には髭を伸ばした爺さんの像が坐していて、どうやらあれが主神らしい。参拝者はみなその巨像の前に跪いて祈りを捧げていた。


「ボクたちも旅の無事を祈ってお祈りしよっか」


 旅と言っても亡命企む逃亡犯だし、それに爺さんは良いけど爺さんを囲む木っ端イケメンどもの前に跪くって、なんか……。いや考えないようにしよ。


「そんな事をしている暇はない。私の用事は時間がかかる。少しでも時間を節約する為に早く行かないと」


「はいっはいっ。でもそれが終わったら次はボクに着いて来てもらうからね?」


「了解した」


 滞在時間およそ三分。今のところ王宮の関係者には見付かっていない様子なのに、ゆったりと見て回ることすらも叶わないのかと愚痴。


 イケメン像を前に躊躇していたので助かったけども、調度品や建築物には興味があるし無心で眺めるのも好きなので、少々残念なのもまた事実であった。忙しないものだぜまったく、ヤレヤレはぁはぁ。



 かくして神殿への参拝を済ませると、再び街中へと戻って門前町を抜け、地元民が暮らしている飾りっ気のない裏の住宅街へと訪れていた。


 しばらく杖を突いてゆったりと歩く背中に着いていくと、一軒の工房らしき店舗の前で立ち止まったかと思えば躊躇いもなく扉を開け、中へと入っていくソフィア。どうやらここも馴染みらしい。


「お邪魔する」


「おや、その声は久し振りじゃないか。足音で分かったよ、相変わらずの三本脚。少しは良くなったみたいでなにより」


「おかげさまで」


 ソフィアに続いて工房の中に入ると、屋内だと言うのに真夏のようなむわんとした熱気が感じられ、パチパチと弾ける灼炎の音、そしてそれを煽るフイゴの風の音を背後に、一人の老婆が出迎えてくれた。


 炉の前に座り込み、真っ赤に色付いた炭へと一定のリズムで空気を送っている若者の背中を見守っていた老婆は、こちらの存在に気が付くと椅子から立ち上がって踵を返し、どこか嬉しげな様子でしわくちゃの顔を緩ませるのだった。


「直接出向いてくるなんて珍しいね」


「生存確認。文句も言いに来た」


「酷いねそりゃあ! わはははっ!」


「それにしても、その眼は」


「あぁこれね、寿命より先に来ちまってね、火の神様に持ってかれちまった。捧げられて光栄なことだよ」


 ソフィアの顔のあたりを見上げながら、お年を召している割にはやだやだと元気に笑ってみせた老婆は、双眸共に白く濁った眼をしていた。どうやらここは鍛冶屋のようだし、長年火を見続けてついには両眼が潰れてしまったのだろう。


 白内障か。爺ちゃん家で昔飼ってた老犬と同じだ。犬だってのに最後はボケて、夜になると寂しそうな声で鳴いてたっけな……。


「私が診ようか? 錬金霊薬を飲めば少しは……」


「いいよいいよ、こういうのも甘んじて受け入れるのがその道ってもの。剣士の傷跡を消すような悪行はよしておくれ。それよりも仕事の話しだろう? 今は別件でね、少し待ってておくれ」


 断るように踵を返して作業をしている若者の方へと歩んで行ったその背中を眺めていると、


「あの子は二代目。母親は嫌がって、あの子を置いて出て行ってしまったと聞いている」


 小さな声でそう教えてくれたのだった。どうやら祖母に見守られながら今は孫娘がやっているらしい。


 育児放棄か……、俺もジジババに預けられっぱなしからの独り暮らしの流れだったわ。


 ミアと比べてもまだ幼く見えるその背中は灯火色の髪の毛を後頭部で縛っており、一方の祖母はと言えば完全に白髪に染まっていて軽くざんばらになっていた。


 そんな話しを聞かされると、髪が白く染まるほど無数の苦労や悩みを重ねてきたのだろうかと思えて仕方がなかった。俺の親は実質的に爺ちゃんだと思っているが、あの子の親は祖母なのだろう。まだ顔すらも見ていないというのにやけに親近感を覚えてしまった。


「あんた、ちゃんとゴーグルは着けてるかい?」


「してるよぉ! ちょっと、やめって……!」


「わははは、ちゃんとしてるねぇ。ゴーグルは忘れるんじゃないよ」


「ハイハイっ」


 モーガンの事を訊ねないということは、もうこの世にはいないのだと察しているのだろうか。炉を覗き込んでいる孫娘の頭を両手で探し当てると、犬でも愛でるかのように後ろからくしゃくしゃにするお婆さん。


 しかし孫娘が熱していた鋼鉄を叩き台に乗せるとその表情は代わり、段々と険しいものへと変わっていった。ついには我慢ならなくなったのか、


「音でわかるんだよ! もっとシャキッとしな! あんたね、人様からお金をもらってるんだからさ、手ぬるいことは許されないんだよ」


「やってるよぉッ! わかってるよぉッ!」


 素人目にはなにが違うのかが全く分からないが、きっと金槌を振りかざす微妙な角度や力加減なりが異なるのだろう。音で判別しているのだ。職人としての長年の経験や勘でそこまで分かるものなのかと感心してしまった。


 幼気な横顔をこちらに見せた孫娘さんはヒィヒィ言いながらハンマーを振り下ろしており、顔中に滴る汗を次々と顎先から垂らして、綺麗に整えられている前髪もぺったりとおでこにくっついている。


 見る限り今は刀剣を鍛えているらしく、人を斬るというよりも魔獣の首を跳ねる為のものであると即座に想像がついた。いくら大戦が終わろうとも鍛冶屋の需要はあるという事か。細腕なのに凄いもんだ。


 そうやってしばらくの間、再び火入れして赤くなった鋼鉄を叩き、ジュッ……という音と共に水へと浸して確認、また鋼を叩く。その一連の流れを眺めていると、


「カンカンうるさいよ……。ボクは出る! 集合場所は宿ねっ!」


 隣で作業を見学していたかと思えば、我慢ならなくなったといった調子でそんな事を言い出し、早くもドアノブに手を掛けるミア。


 その姿を見ると、鋼鉄が叩かれるリズムに合わせて猫耳がピクピクと震えており、眉間を寄せていかにも辛そうな面持ちを浮かべていた。


「あぁうん」


 耳が良すぎるのも大変だな。音に連動して動くなんて面白いけど。

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